後継者候補は何人もいたが…

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サオリンこと木村沙織さんは、バレーボールファンでなくても知っている人気と実力を兼ね備えた選手だった。木村さんは2017年3月に引退した。引退を発表する前から、「ポスト・木村沙織」については当然、何度も取り沙汰されたが、いまだに木村さんを超える存在は現れていない。

ポスト・木村沙織で一番早くからメディアに(主にフジテレビに)フューチャーされてきたのは、古賀紗理那(21歳・180cm)である。木村さんと同じく、レセプション(サーブレシーブ)をこなす大型ウィングスパイカー。熊本信愛女学院時代から注目を集め、2015年にはワールドカップで活躍し、「これでポスト・木村沙織は決まった」と思われていた。しかし、翌年に行われたオリンピック世界最終予選とワールドグランプリでは精彩を欠き、リオデジャネイロオリンピックの12名からは落選してしまう。2017年スタートした中田久美ジャパンでも、当然登録メンバーには呼ばれ、合宿もワールドグランプリもこなした。だが、国内で最も注目を集める世界大会、グラチャンにはメンバー入りしなかった。足の故障が原因とされている。昨シーズンのNEC優勝に貢献し、MVPを受賞したが、全日本のキャリアで見ると、まだまだポスト・サオリンには距離がある。

サーブレシーブするポジションではないので、木村と役割が違うが、ポスト・サオリンで注目を集めたもう一人の選手は、宮部藍梨(19歳・181cm)。ナイジェリア人の父を持ち、驚異的な跳躍力とパワースパイクが特徴だ。日本バレーボール協会の集中強化対象「Team CORE」の一人となり、2014年10月のアジアユースバレーボール選手権(U-17カテゴリ)では、優勝に大きく貢献し、MVPに選出されている。

2015年1月、春高バレーに1年生エースとして出場し、初優勝に大きく貢献した。 この歳の4月には、高校生で全日本に選出された。しかし、ワールドグランプリで全日本シニアデビューしたものの、その後は腰痛に苦しみ、離脱。リオデジャネイロオリンピックには、候補にも選ばれていない。進路が注目されたが、実業団入りはせず、神戸親和女子大学に進学した。現在はアメリカの南アイダホ大学に留学し、プレーしている。中田ジャパンには選出されず、本人もかなり落胆したと言われている。

ポスト・サオリンの最新版(?)は、木村さんと同じ下北沢成徳で春高バレーを連覇し、木村さんと同じ東レアローズに入団した黒後愛(19歳・180cm)だ。サーブレシーブも担当するウィングスパイカーで、弾ける笑顔とパワフルなスパイクが魅力の選手。Team COREのメンバーに選出された。2015年には全日本ユース代表に選出され、2015年8月に開催された第14回世界ユース女子選手権大会に出場し、ベストサーバーに選出。2017年の中田ジャパンにも招集されたが、中田監督は「今年はアンダーカテゴリで頑張って欲しい」とのことで、試合に呼ばれることはなかった。グラチャンには呼ばれるかも? という話もあったが、結局は未選出に終わっている。

突出した存在だった木村沙織

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ここまで、主だった「ポスト・サオリン」を紹介したが、なぜそれが実現しないかといえば、やはり木村さんがあまりにも卓越した存在で有りすぎたことが理由としてあげられるだろう。2003年に「スーパー女子高生」としてシニアデビューし、以後、昨年引退するまで、全日本の主力、後半にはエースとして日本を牽引してきた。彼女はサーブレシーブができる長身アタッカーだったが、子供の頃はそれほど身長が高くなく、レシーブの練習を主にやってきて、成長期にぐっと背が伸びた特異な存在だ。

また、最初の全日本の監督が、柳本晶一監督だったことも大きい。柳本監督は短期的な力をつけることに長けた監督だった。そしてもう一つ。監督というよりも、選手のプロデューサーとしての手腕に長けた人でもあったのだ。「メグカナブーム」といえば、それまで男子バレーの方が上だった人気を逆転させたきっかけとなった。このときの女子バレーは、確かに一般人をも巻き込み、ワクワクさせる力があった。メグカナはもちろん、闘将吉原知子、仕事人佐々木みき、世界最小最強セッター竹下佳江。その中に「スーパー女子高生」サオリンもいたわけだ。

今の中田ジャパンはどちらかというと逆で、170センチ前半のウィングスパイカーにサーブレシーブさせ、大型選手はサーブレシーブを免除されている。また、黒後をグラチャンに呼ばなかったことでもわかるように、小型のベテランで手堅く勝つ方法をとった。若手のニューヒロインが呼ばれていれば、また違うブレイクもあったのではないだろうか。

もう一つ、木村さんは「無事是名馬」を体現するような選手だったこともある。大きな怪我をほとんどせず、ずっと全日本の主力として走り続けた。怪我がちだったメグカナよりも、最終的には国民に認知されることになった。もちろん、28年ぶりのオリンピック銅メダルの最大の功労者でもある。人気・実力・ルックス。すべてを兼ね備えたスーパーヒロインに対抗するのは相当骨が折れることではある。

上では挙げなかったが、やはりポスト・サオリンの一人として目されていた石井優希は、「目標は木村沙織さん」と答えて、当時久光製薬スプリングスの監督だった中田さんに「目標はもっと高く持て」と叱咤激励されたという。そろそろ「ポスト・サオリン」という言葉から、選手もメディアも解き放たれるべきなのかもしれない。

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中西美雁

名古屋大学大学院法学研究科修了後、フリーの編集ライターに。1997年よりバレーボールの取材活動を開始し、専門誌やスポーツ誌に寄稿。現在はスポルティーバ、バレーボールマガジンなどで執筆活動を行っている。著書『眠らずに走れ 52人の名選手・名監督のバレーボール・ストーリーズ』