前代未聞の悪質行為の奥に見えた日本の大学スポーツの問題点

それは「ラフプレー」で片付けてはいけないと思うほどの悪質な行為でした。映像をご覧になった人も多いともいますが、プレーとはまったく関係ないところで無防備な相手にタックルに行く様は、「暴力」といわれても仕方のない行為。横浜DeNAベイスターズ前球団社長で、大学スポーツの構造改革を提言している池田純氏は、このプレーを「あり得ない」と断じ、真相究明の重要性を述べた上で、それ以上に本質的な問題があると指摘します。

「監督の指示があったなんてこともありえないことですが、指示があろうがなかろうが、このプレー起きてしまったこと自体がありえませんよね。あらゆる問題が内在されすぎていて、監督はさておき、タックルをした選手や、日大フェニックスの選手、さらには日大の学生、日大ブランドにまで波及は大きく、“学生がかわいそうだ”と思わざるをえません。ものすごく根深い問題だと捉えています」

世間の声は「加害者」側である日本大学側に非難の声が集中していますが、池田氏はこの問題はそれ以上に複雑で、考えるべきことが多々あると言います。

「監督が悪いんじゃないかとか、選手が悪いんじゃないかとか、監督が指示したとか、選手は監督から言われたとか、真相究明も大切ですが、こうなると刑事事件として扱うしか道がなくなってしまいます。刑事事件になった場合、その後の大学スポーツの発展のための構造改革に議論が進むのか、大学スポーツ界の手を離れすぎてしまうことを懸念せざるをえません。その後、いかに大学スポーツの現状の構造を体系的に把握し、本質的にこの問題を捉え、構造改革を成し遂げることができるか。たとえ問題が複雑で時間も労力もかかったとしても、それこそが、現代にふさわしい構造への大転換に向けて、大学スポーツ界の旧来型の構造から正しく発展していくための改革につなげることができると考えています」

この“事件”を受けて池田氏は、旧知の仲であるアメリカで活躍するアメリカンフットボールの日本人関係者と連絡を取ったそうです。

「アメフトの世界はもちろん、大学スポーツについてもよく理解している方に話を聞きましたが、『アメリカでこういうことが起きた場合はどうなりますか?』と聞いた時の答えが、まさに日本の大学スポーツ、大学スポーツ界に構造的な問題があるという証でもあるなと感じました。彼は『池田さん、そんなこと聞かれても答えようがありませんよ。だってアメリカだったら、まずこんなことは現在では絶対に起きませんから』と言っていました」

アメリカンフットボールの本場であり、NCAA(全米大学体育協会)という大学スポーツを統轄する組織がしっかり機能し、かつスポーツの文化、仕組みが確立されているアメリカでは、こんなプレーは起こり得ないといいます。

「彼は『(もはや現在では)想像もつかない』と言っていました。学生も監督もこんなプレーをやったら、ましてや指示なんてしたら、どういうことになるかわかっている。NCAAやリーグには、第三者の立場から客観的に裁定を下す権威があり、どのような処分や裁定がなされるのかが明確で、どれくらいとんでもないことになってしまうか、こうした構造を理解した上でプレーしている。権威がどこにあるかといった構造を理解している。だから絶対に起こらないんだそうです」

アメリカでもし万が一こんなことが起きたら、まず選手は即退場。アメリカのスケジュールでいえば土曜に試合があって、2日後の月曜にはアメフトの統括協会から裁定が出て監督と選手の処分が決まっている。日本の現状のように、各大学がそれぞれの対応をして、何の処分もないまま時間が過ぎていくというのはあり得ないというのが、アメリカの現場をよく知る人の声です。

一方日本では、協会、連盟の対応としては監督が集まり、共同宣言を出した程度にとどまっています。

そもそも存在しない客観性 裁定を下すのは誰?

池田氏は、こうした声を踏まえて、日本の大学スポーツの構造的な問題、現在も連綿と続く旧来型の構造の問題を指摘します。

「まず、アスレチックデパートメントという、大学ごとに各スポーツ部(体育会)を一元的に管理する組織が大学側にも必要です。日本ではまだあまり知られていませんが、アメリカの大学には当たり前のようにあります。その組織では、大学内のしがらみ以上に、NCAAやリーグの理念などを大切にし、大学のスポーツ発展という目線で判断、意思決定、運営がなされています。大学のスポーツ目線で、内外に連携をとる構造があり、今回の日大でのようなことも起こりにくい。日大の今回の対応をみても、内向きなのは明らかです」

日本では不祥事や体罰、最近話題のパワハラがほぼ表に出ることがありませんでした。内部告発があっても、責任の所在ははっきりせず、連帯責任で曖昧になってしまうことも少なくないのが現状です

「しかも、大学との連携というよりも個別の競技の上下関係で成り立っている部活内の構造はさらに内向きです。あらゆる構造が内向きで、その中の人間関係などもがんじがらめです。しかもそれが自浄作用どころか、悪い方向に判断が働く場合もあります。各部の活動は各部が把握しており、大学側から統括管理されていない可能性が高いわけです。アメリカでは真逆の構造で、各大学の他にNCAAが、アメリカ全土の大学スポーツを管理しています。権威の構造が真逆なんです」

客観性を持つ統括団体ということでいえば、ちょうど日本でも「日本版NCAA」設立にスポーツ庁が乗り出している最中です。

当該監督やコーチが謝罪、辞任を表明するなどの動きはありましたが、「指示した、指示していない」という個別の問題や、日本大学アメリカンフットボールの体質的な問題、監督の個人的な問題で片付けられてしまう可能性は低くありません。試合を主催した関東学生連盟では、規律委員会を設置して、関係者からヒアリングを行うなどの調査を進めていますが、個別の対応の前に、競技団体、大学スポーツ全体を監視、統括して行く組織の存在こそが、顕在化していない問題のあぶり出しや根源的な再発防止策につながるはずです。

<了>

取材協力:文化放送

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毎週木曜日レギュラー出演:池田純
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VictorySportsNews編集部