文=井川洋一

“政治的な決断”に欧州のエリートたちは一斉反発

「我々は21世紀に生きている。だから、ワールドカップも21世紀仕様にしなければならない」

 1月9日、FIFAは理事会を開き、2026年ワールドカップから出場枠を48チームに増やすことを「満場一致」で決めた。冒頭の言葉は、会長を務めるジャンニ・インファンティーノが決定後の会見で語ったものである。フットボール・エグゼクティブの出世街道を一気に駆け上がってきた46歳のスイス人は、その会見でこう続けた。

「フットボールは欧州と南米だけのものではなく、グローバルなものだ。4年に一度のフットボールの祭典には、世界中からより多くの国の代表チームが出場できた方がいい。これはポジティブ(な決定)だよ」

 しかし本人も認めているように、何か大きな決断を下す際には、すべての人々を完全に納得させることは難しい。当然ながら、ネガティブな反応もある。即座に異議を唱えたのは、ドイツ・サッカー協会や欧州クラブ協会、スペインのラ・リーガなど、欧州のエリートたちだ(民主主義の原理に基づいた投票で重要な決定がなされた後、既得権益層や知識層がそれを容認しない態度を見せるのは、昨年の英国のEU離脱やアメリカ大統領選挙にも似た構図だ)。彼らはこの決定を、スポーツを第一に考えて下されたものというよりも、政治的な理由によるものだと、異口同音に断じた。

 その背景には、昨年2月のFIFA会長選挙がある。汚職や腐敗が横行していた旧理事会の実態が決定的に明るみとなり、多くのFIFA理事が職務停止や追放処分に。ゼップ・ブラッター元会長とその後任の有力候補と目されていたミシェル・プラティニ元UEFA会長も、200万スイスフランの不正送金を咎められて失脚した。するとUEFAで事務局長としてプラティニの右腕を務めていたインファンティーノが、元上司の代替候補として会長選挙に立候補。そして主に中小の協会──その多くはワールドカップ本大会の常連ではない──の票を集め、見事に当選したのである。

 インファンティーノは彼らに、ワールドカップ出場枠の増加やFIFAからの分配金の増額を約束し、マニフェストにも掲げた。だから当選した後には公約を守らなければならない。とはいえ、そのために出場枠を増やすのであれば、またしても重視されたのはスポーツそのものではなく、政治的な名誉や個人の欲ではないのか。それでは結局のところ、「ブラッターと変わらない」(ラ・リーガのハビエル・テバス会長)。FIFAの新会長も保身のためにこの重要な決定を下したのではないかと、疑われているのだ。

アジア枠は4.5から8.5へほぼ倍増!?

©Getty Images

 かつてニューカッスルなどでGKとして活躍し、現在はESPNの解説者を務めるシャカ・ヒスロップも「FIFAの政治的な決断」と同調したうえ、「全協会(211)のうち、約4分の1が出場できるような大会となれば、出場できても達成感がないだろう」と否定的な感想を述べた。

 また『World Soccer』誌の元編集長で、AIPS(国際スポーツ記者協会)のフットボール部門のチェアマンを務めた英国人のベテラン記者ケア・ラドネッジに尋ねたところ、「よく言われていることだが、出場国を増やすことによって、フットボールのクオリティーの低下が懸念される。そうなれば、このスポーツのイメージが損なわれ、ひいてはテレビやスポンサーとの契約にも悪影響を及ぼすのではないか」と見解を示してくれた。

 一方で、ディエゴ・マラドーナやジョゼ・モウリーニョ、オットマール・ヒッツフェルトといった現場のビッグネームたちは、この新たな案を支持している。1986年ワールドカップをほぼ独力で制した左利きのアルゼンチン人は「これまでに本大会へのチャンスがなかったチームも希望を持てるようになる」と興奮気味に話し、マンチェスター・ユナイテッドを率いるポルトガル人指揮官は「完全に賛成だ。クラブを率いる監督として、試合数が増えるなら異議を唱えるけれども」と言い、バイエルンで3冠を達成したドイツ人の元指導者は「理にかなっている」と認めた。

 モウリーニョが話したように、新しいフォーマットになっても、1チームが消化する試合数は増えない。16グループに3チームが振り分けられ、上位2チームが決勝トーナメントに進出。つまり決勝まで進むチームの試合数はこれまでと同じ7で、グループステージで敗退するチームはむしろ1試合少なくなる。大会の総試合数は64から80に増えるものの、開催期間はこれまでと同じ32日間で、会場も同じ数のままになるとインファンティーノは訴えた。

 各大陸の出場枠は5月の理事会以降に協議される見込みだが、一部のメディアは次のように予想する。欧州(55協会):13から16へ、アフリカ(54協会):5から9へ、アジア(46協会):4.5から8.5へ、南米(10協会):4.5から6へ、北中米カリブ海(35協会):3.5から6.5へ、オセアニア(11協会):0.5から1へ。

 我々の代表チームが属すアジアは、アフリカと並んで増加数が最も多くなると予想されているのだ。その背景にあるFIFAの狙いとは何か。

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井川洋一

1978年、福岡県生まれ。スポーツジャーナリスト、編集者、翻訳家。学生時代にニューヨークで写真を学び、現地の情報誌でキャリアを歩み始める。帰国後、『サッカーダイジェスト』で記者兼編集者を務める間に英『PA Sport』通信から誘われ、香港へ転職。『UEFA.com日本語版』の編集責任者を7年間務めた。欧州やアフリカなど世界中に幅広いネットワークを持ち、現在は様々なメディアに寄稿する。分析や論評、翻訳だけでなく、人物を描くのも好き。