以前と比較すれば練習時間は短くなっているが……

今年3月、スポーツ庁が策定した「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」。
このガイドラインには、全国の運動部が適切な運営を行う上で必要な指導の在り方や休養の設定、環境整備などが示されている。

その中でも興味深いのが「適切な休養日等の設定」という項目だ。それによると、部活動における「適切」な休養日設定は、
 ・学期中は最低でも平日1日、土日1日の週2日以上の休養日を設ける。
 ・1日の活動時間は平日が2時間程度、週末も3時間程度。
 ・長期休業(夏休みなど)中も学期中と同じ休養設定を行う。さらには運動部活動以外の活動を行えるよう、ある程度の休養期間(オフシーズン)を設ける。
というもの。

筆者は主に野球をメインに取材活動を行っているので、その他の部活動に関してこのガイドラインが全国でどの程度実践されているかは分からない。ただ、策定から約3カ月がたった現在、少なくとも「野球部」に関しては今のところ、ほぼ効力はないと言っていい。

一昔前の野球部といえば「盆と正月以外は休みなし」という、いわゆるブラック部活の温床でもあった。それは、否定できない。強豪校に所属する多くの野球部員は、毎日休みなく練習に明け暮れ、早朝から朝練を行い、放課後は日が暮れてもなお、練習を続ける――。

そういう時代も、確かにあった。

ただ、現在は強豪校の野球部でも、週に1日は休養があり、練習時間も以前と比較すれば短くなってきているところがほとんど。

とはいえ、今回策定されたガイドラインが推奨する「週休2日」、「長期的なオフシーズン」を採用するまでは至っていないというのが現状だ。

現場に漂う「練習を休むことへの恐怖」

結論から言うと、筆者は部活動における休養は、絶対に必要だと考えている。週休2日やオフシーズンの導入が「適正な休養期間」かどうかは別にして、現代の高校球児はやはりまだ、忙しすぎる。

週休1日とはいえ、休養日は平日が一般的。当然、学生は日中に授業があるため、放課後の数時間が1週間で唯一の「オフ」になる。土日は強豪であれば毎週のように練習試合が組まれ、泊りがけで遠征に行くケースもある。

部員たちは野球だけでお金を稼ぐプロではない。当然、野球以外にもやるべきことが多くある。そう考えると、完全なオフと呼べる時間が1週間のうち数時間しかないという現状は、やはり改善の余地があるだろう。

前述の通り、高校野球界には以前と比べればまだ「休養の必要性」が浸透しつつある。それでも、スポーツ庁が推奨する休養期間と現場の意識に乖離が生まれるのはなぜか。

理由はいくつかあるが、そのひとつに「練習を休むことへの恐怖」があるように思える。

誰が言ったか、野球界には「練習を1日休んだら、取り戻すのに3日かかる」といった格言めいた言葉が存在する。最近は実際にこの言葉を発する指導者はあまり見かけないが、それでも、そういう思想のもとで現役生活を過ごしてきた現役の指導者の中に、練習を休むということに抵抗を持つ者がいても不思議ではない。

1日休めば、取り戻すのに3日かかる――。

ということは、週休2日を実践すると、取り戻すのに6日かかる計算になる。1週間は7日しかないので、これでは取り戻す時間が足りなくなってしまう。

高校球児が実際に部活動を行うのは、入学した4月から3年生の夏までの実質2年3カ月あまり。この短期間で技術を向上させようと思えば、休みを極力減らし、技術向上に時間を費やしたいと思うのは、ある意味当然のことだ。加えて、高校野球は甲子園に直結する夏の大会があり、それが終わるとすぐに翌年のセンバツに向けた秋季大会が行われる。センバツに選出されれば、今度は春に全国大会を戦う。ほぼ1年中、「負けられない戦い」に身を置いているのだ。

となれば当然、「長期的な休養(オフシーズン)」を設定することにも無理が生じる。

そんな高校野球の現場に、今よりももっと休養の意識を根付かせるためには、休養がもたらす「メリット」を明確に提示するしかない。

休養のメリットは「故障の予防」だけではない

実は、ガイドラインには「なぜ休養が必要なのか」、明確かつ具体的な理由は記されていない。

ただ、「合理的でかつ効率的・効果的な活動の推進のための取組」という項目に、以下のような記述がある。

「運動部顧問は、スポーツ医・科学の見地からは、トレーニング効果を得るために休養を適切に取ることが必要であること、また、過度の練習がスポーツ障害・外傷のリスクを高め、必ずしも体力・運動能力の向上につながらないこと等を正しく理解する」

現在のところ、休養日を設定する理由としては、報道を含め、どちらかというと後半にあたる、
「過度の練習がスポーツ障害・外傷のリスクを高め~」
この部分がフィーチャーされることが多い。

要は、「練習しすぎると故障につながりますよ。だから、しっかりと休養を確保して故障を予防しましょうね」という論理だ。

ただ、この理由では正直、「弱い」。

故障のリスクは、もちろん過度な練習からくる部分もあるが、現時点で週1日という「ある程度」の休養を確保している多くの野球部からすれば、「そんなことは言われなくても分かっている。故障につながらないよう、気を付けながら練習すればいい」というのが本音だろう。

故障予防についてはすでに全国的にも、もっといえば高校生より下の世代である小中学生の段階からさまざまな意見が取り交わされている。今さら、スポーツ庁が「故障の予防」をうたったところで、のれんに腕押しな気もする。

では、休養のメリットをさらにアピールするためには、どうすればいいのか。

(C)Getty Images

求められるは「パフォーマンスの向上と休養の関係性」の証明

筆者は「故障を予防する」というネガティブな理由ではなく、
「トレーニング効果を得るために休養を適切に取ることが必要であること」
この部分をより深く、ロジカルに説明すべきだと考えている。

「1日休んだら、取り戻すのに3日かかる」とは真逆。むしろ、技術の向上において休養がより効果的だという考え方だ。

これが科学的に実証されれば、全国の部活動に「休養のメリット」を、より直接的にアピールすることができるのではないだろうか。

例えば、大谷翔平は高校2年時に座骨関節の骨端線損傷を発症。同年冬はほぼ練習をせず、回復のために睡眠時間の確保と食事に力を注いだという。その結果、2年春の時点では最速147キロだった球速が、3年夏に160キロまで伸びた。体も大きくなり、これがのちの大活躍につながることになる。

大谷翔平の場合は故障というアクシデントによって偶然生まれた「オフシーズン」だったが、もしこれを意識して行うことができたら――。

これも故障つながりではあるが、投手がヒジの靭帯を損傷、断裂した際に受けるトミー・ジョン手術。復帰まで1年以上かかり、長いリハビリが必要になるが、手術後は平均して球速が上がるというデータは、多くの野球ファンもご存知の通り。靭帯の再建手術により、以前より腱が丈夫になるから、という見方もできるが、長いリハビリ期間をある意味「長期のオフシーズン」と捉えるとどうだろう。

体を休めることは、故障を防ぐだけでなく、技術、パフォーマンスを向上させる――。

科学者でもなんでもない筆者ですら、思い当たるふしはいくつかある。スポーツ庁が本気を出せば、これをよりロジカルに示すことは決して不可能ではないはずだ。

例えば、ウェイトトレーニングの分野では筋肉の「超回復(一度損傷した筋肉は修復する際、以前よりも大きくなる性質)」が科学的に実証されており、休養がパフォーマンスの向上に効果的であることは広く知られている。

「野球の技術」は目に見えない部分、あいまいな部分が多いので、確かに筋肉のようにデータや研究だけですぐに効果を実証するのは難しいかもしれない。

それでも、パフォーマンスの向上と休養の関係性を証明できるのであれば、これを導入しない手はない。

救いと感じられるのは、高校野球の現場で今回のガイドラインが決して「全面的に否定」されているわけではないということだ。

先日、今春センバツにも出場した静岡高校の栗林俊輔監督に取材をした際、雑談の中で今回のガイドラインについて少しだけ話を聞いた。

「時代が変わっていく中で、部活動の在り方も変わっていく。週休2日というのもそう。もちろん、難しい部分はあるかもしれないが、チャレンジはしないといけないと思う」

こういった指導者は、おそらく全国にも潜在的にはまだまだいるはず。

そういった指導者の背中を押す意味でも、休養の必要性を「故障の予防」だけでなく、「パフォーマンスの向上」というポジティブな部分からアピールしていくことが、今のスポーツ界には求められているのではないだろうか。

<了>

「週休2日」は日本の部活をどう変える? 求められる保護者の役割と導入の意義

3月14日、スポーツ庁が検討を続けていた「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」を策定し、HP上で公表した。これにより、日本の部活動はどう変わっていくのだろうか? 米国で子どものスポーツからプロスポーツに至るまで取材を続ける谷口輝世子さんに、米国のユーススポーツ事情と、ガイドライン策定によって近い未来に起こりうる変化について執筆いただいた。(文=谷口輝世子)

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花田雪

著者プロフィール 花田雪

1983年生まれ。神奈川県出身。編集プロダクション勤務を経て、2015年に独立。ライター、編集者として年間50人以上のアスリート・著名人にインタビューを行うなど、野球を中心に大相撲、サッカー、バスケットボール、ラグビーなど、さまざまなジャンルのスポーツ媒体で編集・執筆を手がける。