亜熱帯化する日本の夏 早急で抜本的な対応が求められる
青い空に白球、蝉の声にサイレンと、爽やかな汗を流す高校球児。日本の夏の風物詩といえば、“甲子園”だが、酷暑のなかで連日行われる大会に「危険だ」「選手も観客も熱中症に十分配慮すべき」という声が挙がっている。なかには「ドーム球場で行うべき」「開催時期をずらしてはどうか?」など、100回の節目を迎える大会の根本的な見直しを迫る意見もある。
「近年の日本の暑さは、私たちの経験則では測れないような次元の違う暑さです。ベイスターズで仕事をしていた数年前もすでに異常な暑さを感じることがたびたびありました。ハマスタ(横浜スタジアム)は人工芝ですから、なおさらですよね。昼からの練習ではグラウンドレベルで熱気が球場全体に溜まって、立っているだけでも汗だくになるほどでした。日差しが落ち着いても、ホームのベンチは強烈な西日に襲われるので、すだれをかけるなどして急場を凌いでいました」
池田氏は夏の甲子園の是非、熱中症リスクへの対応策を議論する前に、日本の気候の変化を前提に置かなければいけないと言う。
「“亜熱帯化”というレベルで日本の夏が暑くなることを事前に予測していた人は、そういなかったと思います。ここ数年で異常気象が多発していますが、ここまで多発するともはや“異常気象”とは言えませんよね。今後も同様のことが起こるという前提で考えるべきです。夏の暑さに関しても、現状に即した対応が求められますし、実際にそういう対応をせざるを得ないでしょう。こうした前提で議論が盛んに行われることは、基本的には必要なことだと思います」
甲子園だけが過酷で異常なのか? 夏休み開催が多い学生の大会
池田氏は、オープンな議論が行われることは「基本的には大歓迎」としつつ、高校野球、甲子園だけをことさらに取り上げて「特殊で異常な環境」と揶揄する昨今の風潮への違和感を口にする。
「甲子園は良くも悪くも議論の対象になる大会です。それだけ注目度が高いとも言えますが、甲子園が『熱中症対策の遅れの象徴』といった具合にやり玉に挙げられてしまうことには、少し疑問を感じていますね」
“学生スポーツ”では、スケジュールが組みやすい夏休みに大会が行われることが珍しくない。例えば、29競技32種目で行われる高校生のスポーツの祭典、インターハイ(全国高等学校総合体育大会)も酷暑の東海地方で現在開催中だ(7月26日〜8月20日、三重・愛知・岐阜・静岡・和歌山で開催)。
「プロ野球はナイターで行われていますが、それでも大丈夫か?と心配になるほどの暑さです。高校野球、甲子園に限らず、他のスポーツの大会もこの暑さは同じように危険ですし、試合だけではなく練習にも熱中症のリスクはある。議論の前提として、『甲子園だけが異常』なのではなく、日本の気候が急激に変わってしまったこと、それに対してあらゆる対策をしていかなくてはいけないという認識を持ち、スポーツ界を見渡した上で冷静で総合的な議論と判断が必要だと思います」
ドーム球場で開催される大会は本当に“甲子園”といえるのか?
確かに、近年の「ブラック部活問題」など、高校野球を日本の古い体質の象徴として取り上げる声も多く、熱中症対策として挙がっている意見のなかには「旧来の高校野球のイメージ」から大きく脱却する意図が前面に出ているものもある。
「常識や旧弊にとらわれないアイディアや意見が出てくるのはいいことだと思いますが、これまでの歴史や経緯を考慮しないで劇的な変化だけを求めてしまうと、これまでせっかく培ってきた“甲子園”という伝統やブランドが危機にさらされてしまう可能性があると感じます」
池田氏が指摘するのは、抜群の知名度、認知度と併せて、人々の心に焼き付いている“甲子園”のブランドイメージの重要性だ。熱中症対策は待ったなしだが、球場に足を運ぶ熱烈なファンだけでなく、夏の風物詩として高い認知度を誇る夏の“甲子園”のイメージや、高校球児が甲子園で夢を追い続けてきた文化や歴史が毀損されるような事態は当然避けるべきだと言う。
「いろいろな意見があるなかで、個別の意見を取り上げるのは誤解を生むかもしれませんが……」
池田氏が「あくまでも個人的な意見」とした上で例として挙げたのは、「ドーム球場でやればいい」という意見への疑問だった。炎天下でのプレーの熱中症対策としてドーム球場、主に京セラドーム大阪での開催を提案する意見が出ているが、池田氏はいくつかの理由から「ドーム案」を疑問視せざるを得ないと言う。
「アメリカにも元日の恒例イベントに、アメフトの『ローズボウル』がありますが、甲子園もローズボウルと同じように、会場となるスタジアム、球場の名前がそのまま大会名として同一化して定着した、世界でも非常に珍しい例だと思います。“甲子園”は甲子園でやるから“甲子園”なんだというのは、野球に思い入れがあるなしにかかわらず、納得できる話なのではないでしょうか。ブランド論から見ても、それまで球児が紡いできた歴史も込みでブランド価値があるといえます」
大会創設当初(当時は全国中等学校優勝野球大会)は豊中球場、1917年から1923年までは鳴尾球場での開催だったとはいえ、1924年、第10回大会で阪神甲子園球場が会場になって以降、“甲子園”の伝統は脈々と受け継がれてきた。
『甲子園がなぜ日本人の琴線に触れるのか?』についての考察は以前からあるが、数々の怪物、天才、スター選手を輩出し、ドラマを生んできた甲子園の歴史を無視した施策は、確かに得策とはいえないだろう。
変えなければいけないものと、変えてはいけない守るべきもの
では、変えるべきものと変えてはいけないもの、守るべきものの基準はどこに置いたらいいのだろう。
「実務面でいえば、競技を熟知し、しっかりとした判断基準を持っている統括団体が判断するべきものだと思いますが、スポーツの面白いところは “ファンの声”“民意”が判断基準を形成していくという点にあります。アメリカは特にそうですが、スポーツは社会の“公共財”として認識されていて、ファンがオンブズマンになり得る。不思議な話ではありますが、スポーツのファンは自分自身が“監視している”という意識がなくても自然と、競技のあり方や選手の人間像、あるべき姿について議論をしたくなってしまうものです。そのファンの議論が、監視の目になり、競技のあり方に影響を与えることがあるのです」
自然にオンブズマン化するファンの声を活かし、変えるべきところを変えて改革し、守るべきところはしっかり守って歴史を築いていく。制度や方針を決める側が、必要な情報開示を怠らず、ファンともオープンに議論することが重要だと池田氏は語る。
池田氏が例に出したのは、自身がベイスターズの球団社長を務め、改革に邁進していた時のことだった。
「私がベイスターズの社長をしていた時は、ファンの人にもどんどん意見を出してもらうようにしていましたし、手紙をもらったら必ず目を通して検討するようにしていました。球団改革に役立つ、正しい意見には耳を傾ける必要があると思っていましたし、耳が痛い話でも正当なご意見には自筆で手紙を返すこともありました。スポーツの現場で改革を進める、さらなる発展を目指す時に最も大切なものは、“共感”です。ファンの方の、世の中の“共感”を得るためには、まず競技団体がオープンな議論、コミュニケーションができる環境づくりを意識し、徹底することが重要です」
「高校野球の熱中症対策」というトピックひとつをとっても、主管する日本高等学校野球連盟(高野連)が主体的に施策を打ち出すのはもちろん、その施策に至ったプロセス、結論に至る過程で交わされた議論までもをつまびらかにすることで、“オンブズマン”であるファンの側にも合意形成の素地ができてくる。
「高野連ではもちろん、現状でもいろいろな角度から意見が出ていて、検討、議論がされているのだと思うのですが、その中身がわからないと、共感にはつながっていきません。日大アメフト部やレスリング、ボクシングなど、アマチュアスポーツの不祥事が続いていますが、内向きな、閉じた組織よりも開かれた組織の方が、いまの時代に共感を得やすいのは間違いありません」
熱中症対策、球児の安全、選手ファーストの視点でどんなことができるのか?
池田氏は、オープンな議論でさまざまな意見を検討しつつ、共感を基準に守るべきものは守っていくべきだと主張する。
「例えば、『暑くて試合時間が長くなると危ないから、どんな試合展開でも一律に2時間までにしましょう』というような、野球のルールを出発点にしてしまうような対策は共感を得づらく、受け入れられにくいのではないかと思います。京セラドームでの開催も、歴史や伝統を考えると、やはり共感は得にくいと感じます。
私としては、例えば、『甲子園球場に開閉式の屋根をつける』というところから議論をスタートさせるのも、一つの案だと思います。もちろんこの意見にもさまざまな批判はあると思いますが、暑さに対する対策が必要不可欠ななかで、日差しの強弱で開閉できる方法なら“甲子園らしさ”も残せるでしょうし、オープンで健全な議論に繋がっていくのではないかと思います。守るべきものとして大切にしていくべきものは何か? ファンや民意とコミュニケーションを取りながら、オープンで健全な議論を重ねるなかで“共感”を醸成し、より良い“答え”にたどり着くのが理想的です。誰もが予期できなかった異常気象に対しても真摯に向き合い、本質的な対応策を講じる姿勢でコミュニケーションをスタートできるかが大事になるのではないでしょうか」
急激な環境の変化や時代の変化、社会通年の変化への適応が求められるスポーツ界にあって、高校野球は、夏の甲子園はどうあるべきか? 熱中症対策をめぐる議論は、同時にスポーツの歴史や伝統を守りつつ、同時代に適応しさらなる発展を遂げていくのかという大きな命題につながっている。
<了>
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