アメリカで高まる“サッカー熱”

「アメリカでのサッカーの盛り上がりは想像した以上でした。すごかったですよ」

池田氏が驚いたのは、視察中に訪れたポートランドの変化でした。

「ベイスターズの社長時代、いまから4年ぐらい前にも視察に来たんですが、その時とはまったく違いました。ポートランドの街中には、地元チームのポートランド・ティンバーズ(MLS)のユニフォームを売っている店がいっぱいありました。その後に行ったシアトルでもサッカー熱を実感しました。セーフコ・フィールドでシアトル・マリナーズの試合を観戦したんですが、MLBの試合はやっぱり盛り上がっていました。驚いたのはその翌日、すぐ隣にあるセンチュリーリンク・フィールドというスタジアムが、同じぐらいのユニフォーム姿と景色に包まれていたことです」

シアトルに本拠を持つMLSのシアトル・サウンダーズの人気は、イチロー選手でおなじみのMLB・マリナーズと同等。以前では考えられなかった光景がそこにはありました。

「センチュリーリンク・フィールドは、NFLのシアトル・シーホークスと共同で使用しているスタジアムなのですが、サウンダーズの試合でもこんな人が来るのかと本当に驚きました。マリナーズの試合の翌日に、サッカーの試合が盛り上がっている。アメフトと野球、バスケとアイスホッケーの国といわれてきたアメリカでサッカーがのし上がってきているのを感じました」

アメリカではかつて「北米サッカーリーグ(NASL)」で、ペレやクライフ、ベッケンバウアーといった世界的なスター選手がプレーしているにもかかわらず経営破綻し消滅してしまったという苦い歴史があります。シアトルにもサウンダーズと同名のチームがNASLに所属していましたが、当時とは比べものにならないほどの人気を博しています。
1996年に開幕したMLSは、サッカーの世界的な関心、中南米を中心とする移民層のサッカー人気を反映する形で、認知度を高め、近年ではかつてないほど“サッカー熱”が高まっているとされています。

マジック・ジョンソンがサッカークラブに投資?

(C)Getty Images

「MLSが開幕したばかりの頃は、アメリカでサッカーが盛り上がっていくのだろうかと疑問に思っていました。ところが、デイビッド・ベッカムの加入など、常にさまざまなニュースを提供していく中で一歩ずつ着実に人気が高まっていった感があります。今回訪れたシアトル・サウンダーズのオーナーは、ビル・ゲイツと共同でマイクロソフトを創業したポール・アレンという人物です。彼は、スタジアムを共用するNFLのシーホークス、NBAのポートランド・トレイルブレイザ―スのオーナーでもあって、とにかく資金力があります」

ポール・アレンはシーホークスのオーナーになると、豊富な資金力を背景にスタジアムを新設し、球団改革に乗り出しました。2002年に完成したのが後のセンチュリーリンク・フィールド、当時のシーホークス・スタジアムでした。

「このスタジアムは非常に評価が高い。セーフコで現地のマリナーズファンの人たちと会話していても、センチュリー・リンクのスタジアムに対する評価の話で盛り上がったほどです。観客席はホームチームの声援だけが反響するように設計されていて、アウェーチームの声援がまったく聞こえない。アメフトだとクォーターバックがボールを出すときに掛け声を出しますが、あれもホームチームの声援でかき消されて、まったく聞こえなくなるんだそうです。そうしたホームアドバンテージもあり、相手チームにとっては脅威となるスタジアムだと誇らしげに散々自慢されました」

アメリカのスポーツビジネスは、ポール・アレンのような資金力のある投資家や投資家グループの資金力で発展を遂げています。ポール・アレンがNFL、NBAの次に手に入れたチームが、MLSのサウンダーズだったことは、アメリカにおけるサッカーの市場価値の高まりを象徴する出来事といえるようです。

「同じくMLSのロサンゼルスFCは、NBAのロサンゼルス・レイカーズの名選手だったマジック・ジョンソンが経営に参画しています。アメリカのスポーツ界では大物が個人で参入して、それによって注目が集まってニュースになる、そしてお金が動く、というサイクルになっています。こういうニュースを目にした人が『じゃあ観に行ってみよう』と足を運ぶようになります。つまり、そこすら『接点』になっているわけです。サッカーファンでなくても、NBA好きであれば『マジック・ジョンソンが参画しているから観に行こう』となりますよね。一般社会でも『バスケの選手がサッカー? どんなことになっているんだ?』と競技の枠を超えて接点が広がります。オーナーや投資する人間、その発端ですらニュース性が大きく、情報価値が高く、その競技に興味が無い人に対する接点がどんどん広がるきっかけになっているのでしょうね」

投資で価値を高める「スポーツビジネス」のアメリカ、親会社が「スポンサー」観点で所有する日本

(C)Getty Images

翻って日本では、親会社が実質オーナー企業となっている場合もありますが、個人オーナーによる完全保有は皆無。プロスポーツでは、企業が親会社となったりスポンサーを務めるのが当たり前になっています。

「日本のスポーツ界は、基本的に“企業”です。親会社があって、経営者もそこから出向でやってくるという図式がよくみられます。そうなると、どうしても親会社の意向に影響される可能性が高いといえます」

こうした図式の影響もあってか、日本とアメリカのスポーツへの投資額、その市場価値はどんどん差が広がる一方です。

「アメリカでは日本の10倍以上の金額が平気で動いている。スポーツの価値、スポーツビジネス特化のマーケット規模がまったく違うわけです。昨年のマイアミ・マーリンズの買収額は、約1356億円ですよ。日本の球団とは桁が一つ違います」

2017年、MLB、マイアミ・マーリンズの新オーナーの座に就いたのは、元ヤンキースのデレク・ジーターと実業家のブルース・シャーマンが率いる投資家グループ。その桁違いの金額は当時話題を呼びました。

「個人で出資している以上、彼らにとってもチームは資産になります。だから経営も本気でやる、経営もその道のプロに思い切って託す。本場のプロスポーツビジネスの世界ですから、世の中への発信も情報量も、一般生活者からの注目や興味も全然違いますし、エンタメのつくり方もすごく面白い。NBAのブルックリン・ネッツはラッパーのJAY-Zが出資していて影響力がものすごい。付け加えるなら、アメリカのスポーツは“降格”がありません。昇降格制度の有無に関してはさまざまな観点から議論がありますが、“投資”という観点からみれば、降格が無いことがプラスに働いているように思います」

日本ではまだ一般的ではありませんが、投資によってスポーツチームの価値を最大化し、自らの資産を高めようという考え方は、言われてみれば当たり前で、投資の基本のような考え方です。現役時代に巨万の富を築いたスーパーアスリートが、再びオーナーとしてスポーツに投資し、自らの資産管理をしつつ、発展に寄与するという好循環も多く見られるようになってきています。

「アメリカでは、サッカーに続いてラグビーにも個人投資家がかなりのお金を出していて、スポーツの多角化が進んでいます。みんな日常の楽しみをもっともっと増やす方向に動いているのです。スポーツビジネスのより一層の多様化が、競技種目の枠を超え、横の広がりで拡大しています。多くの人が新しいスポーツに興味を持ち、ビジネスチャンスと捉えた投資家が参入して、世界中からスタープレーヤーがやってくる。すべての競技に観客が入っているんですよ。アメリカ全体でまだまだスポーツマーケットが膨らんでいるように感じます」

これまでは“ヨーロッパ文化”といっても過言ではなかった、サッカーやラグビーがアメリカでもメジャースポーツに。イングランドの名選手、ウェイン・ルーニーがD.C. ユナイテッドに移籍し大きな話題になっていますが、ヨーロッパのスター選手がコンスタントに集まるようになってきたのも、資金力あってのこと。

バルセロナのレジェンド、アンドレス・イニエスタ選手のヴィッセル神戸加入、ルーカス・ポドルスキー選手との共演、サガン鳥栖のフェルナンド・トーレス選手など、日本でもスター選手の加入が大きな注目を集めていますが、日本のスポーツビジネスがアメリカに見習うべき点はまだまだたくさんありそうです。

<了>

取材協力:文化放送

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VictorySportsNews編集部