【前編はこちら】なぜ沖縄がキャンプ地に求められるのか?“暖かい”だけじゃない理由とは
かつてプロ野球のキャンプといえば宮崎だった時代から、近年では沖縄がその中心となりつつある。「キャンプ不適合」の烙印を押されたこともある沖縄は、なぜ今ではこれほどまでにキャンプ地として求められるようになったのだろうか?(文=仲本兼進)
野球のノウハウをサッカーにも
プロ野球キャンプにおいては今年9球団が集まった沖縄。これまでの誘致経験からさまざまな分野でサポートすることで各球団の信頼を得て、さらなるノウハウを集めてきた。また日本のみならず韓国プロ野球(KBO)からも10球団中6球団が沖縄でキャンプを行うなど、韓国でも沖縄の評判は高い。温暖な気候とともに充実した施設の拡充によって、沖縄は東アジア圏内においてもキャンプのメッカとなっている。その波及は野球にとどまらず、今ではサッカーにも広がっている。
野球で得たノウハウを野球だけにとどまらせず、さまざまな分野で活かすべくさらなる形を求めるようになった。それがスポーツツーリズムの形成である。
スポーツツーリズムとは、スポーツからなる資源と、旅行・観光といったツーリズムの資源を融合するための取り組みのことを指し、スポーツを目的に旅行へ出かけるためにそれを実践する仕組みや考え方をもとに構築している。
これまでプロ野球キャンプにおいてその実績を示してきたが、沖縄県ではこれからのスポーツツーリズムのあり方や必要施策を定める「スポーツツーリズム推進戦略」のもと、2020 年東京オリンピック・パラリンピックを見据えたスポーツコンベンションの誘致も含めた「沖縄県スポーツコンベンション誘致戦略」を2014年に策定した。その上で、誘致において経済的効果や地域活性化の検証などサッカーキャンプを通して調査するため毎年度「サッカーキャンプ誘致戦略推進事業」を進めており、県は毎年その事業を請け負う企業を募っている。今年度はサッカー元日本代表FW高原直泰氏が代表取締役を務める沖縄SV株式会社と株式会社JAL JTAセールスとの共同企業体「サッカーキャンプ誘致戦略推進事業共同企業体」が受託し、今年はJリーグ17チームを中心に、韓国や中国、なでしこリーグのチームが沖縄でキャンプを行った際、そのコーディネートを行った。
「サッカーキャンプの誘致は右も左もわからない状態だった」
沖縄SV 国仲由東統括部長/(C)仲本兼進2011年から始まった美ら島サッカーキャンププロジェクトは沖縄県スポーツ推進審議会の委員だった故・田辺和良さんが立案したものである。その名前を聞き、ピンときた方もいるかもしれないが、かつて横浜FCやアビスパ福岡、フランス・グルノーブルなどでGMを務めてきた張本人である。その田辺さんがFC琉球のGMを務めていた時にサッカーキャンプ誘致戦略推進事業を立ち上げ、県の理解を得た形で今日まで実施されている。この時、田辺氏の片腕として活躍したのが沖縄SVの国仲由東統括部長である。国仲氏は美ら島サッカーキャンププロジェクトについてこう話してくれた。
「沖縄は東アジアの中心に位置していて、スポーツ産業の発信地点になり得るとともに、観光産業にも発展できるのではないかという考えからサッカーを通した事業がスタートしました。沖縄でのプロ野球キャンプは常に盛り上がりを見せていますが、そのほとんどが西海岸で行われていて、その地域はすでに観光地としても成りえています。その一方で東海岸はキャンプが行われていないため、キャンプを目的に沖縄に訪れた観光客がなかなか足を運びにくいという状況がありました。ただ野球場はなくてもサッカーのできるグラウンドはありますので、そこに着目してサッカーチームを誘致し東海岸地域に目を向けてもらおうという考えからこの事業がスタートしました。
しかし立ち上げ当初は誘致の仕方やノウハウは正直ほとんどわからない状態でしたので、田辺さんの人脈を生かしていくつかのチームが来てもらったというところからのスタートでした。その際、FC東京が沖縄キャンプを大きくPRしてくれたことにより沖縄に興味を持った他のチームからFC東京へ問い合わせが来て、それを介して私たちが受けるという形がつくれるようになりました。その上でクラブチームが沖縄でキャンプを実施する際に何を求めているのかをまとめて、要望に応えられるよう努めました。グラウンドはもちろん宿泊するホテルに関する問い合わせも多くありました」
野球と同様にサッカーも温暖な地域でのキャンプを求めているチームが多いことを知った国仲さんは、沖縄だからこそできる地域貢献を求め奮闘し続け、過去5年間に渡り経験値を積んできた。その中で重要なポイントに気づいたという。
「沖縄だと気候の良さというところが必ず注目されていて、それに加えてアクセスの良さやホテルの環境面、良質な芝生を求めてきます。現に沖縄は有数の観光立県ですので、練習後リラックスできる空間を提供できるホテルが数多くありますし、芝生の面もかつては悪質だと言われていましたが2012年から県が進める『芝人(しばんちゅ)養成事業』で芝の専門家を育て、内地に負けない芝生を提供できるようになりました。
ただそういったことも含めながら一番重要なのは、ホスピタリティであるということ。各チームの担当者がキャンプ施設を見たいというときにアテンドする際、自治体の関係者だけではなく議員の方やホテルのスタッフなどもみんな来ます。あと横浜FCが宮古島でキャンプを行った際は、練習着などの洗濯物を業者だけでは間に合わなかったので、地元の父兄の方々が持っていって洗濯をしてもらったということもあります。いろいろ限りがあり環境面で補えないところもありますが、誠意を持って迎え入れて心を通わせることが不可欠だと思っています」
産学官民がメリットとする沖縄キャンプ
沖縄県文化観光スポーツ部スポーツ振興課 瑞慶覧康博氏/(C)仲本兼進「江夏(豊)さんが沖縄に来ていると知って名護まで行ったことがあります。それまでプロの選手、しかも大スターを間近で見ることがなかったですし、ボールがミットに収まった時の衝撃音に興奮した記憶が今も残っています」
そう話すのは、沖縄県文化観光スポーツ部スポーツ振興課の瑞慶覧康博氏。沖縄のスポーツコンベンションの推進を行うとともに、生涯スポーツの推進や競技力の向上などに向けた取り組みを行っている部署で課長を務めている。瑞慶覧課長に伺うと、数多くのチームが自治体と連携してキャンプが行える体制が構築されており、それが沖縄の活気につながっているという。
「最近の傾向として、野球もサッカーもキャンプ地を複数に分けて行っています。例えばワールドカップ日本代表候補選手が多く所属する浦和レッズが金武町で一次キャンプを行ったあと八重瀬町に場所を移し二次キャンプを行いましたし、ガンバ大阪も中城村と南城市に分けて練習し多くのファンと報道陣がつめかけました。キャンプ地を分散したことでそれぞれの自治体に足を運んでいただきましたのでおのおの経済効果はあったと考えています。また久保建英選手が所属するFC東京は国頭村と糸満市でそれぞれキャンプを行いましたよね。(沖縄最北端の)国頭までなかなか足を運ぶことができなくても(最南端の)糸満なら行けたという方もきっといらっしゃったことでしょう。
あと今年は県内16の競技場でキャンプが行われましたが、それぞれの施設で同等の芝環境のもとで練習が可能となっています。一カ所に留まる必要もないことから練習環境が整っている自治体は誘致がしやすくなりますし、クラブチームは要望が出しやすいという関係性が生まれます。両者とも密にコミュニケーションが図れるようになり『この自治体のために一肌脱ごう』とクラブチームが思えば、自治体も『街をあげて応援しよう』となるでしょう。そうなればファンの拡大にもつながりますし、商工会などが盛り上げ、街に活気が生まれ、宿泊施設や観光地のPRにも力を注ぎやすくなります。そういった相乗効果を間近に見た他の自治体が『ぜひうちでも』となれば、練習環境の良い施設はさらに増えることになりますし、また新たなチームを誘致することができる。
江夏さんの話ではないですけど、プロ選手を間近で見るのは本当に刺激になりますし、子どもならばプロを目指したいという気になるかもしれない。指導者も練習法や戦術を見習うことができ、チームのレベル向上につなげられます。あと、プロチームが使用する施設は県民ももちろん使用できるますので、しっかりとした器具がそろっている環境があれば運動をするきっかけにもなり得るでしょう。かつて長寿県といわれていた沖縄も今ではだいぶ順位が下がっています。健康長寿の島を取り戻すきっかけとして運動できる環境づくりは必要といえるので、県としてもバックアップしていきたい考えです」
飲食店もキャンプ需要を実感
那覇市でスポーツバーを経営する「Cafe de Camp Nou」の池間弘章さんは、キャンプによってさまざまな地域から沖縄を訪れるきっかけがあることに喜びを見せる。
「スポーツに興味を持っている多くの人が沖縄はスポーツのメッカだと認識していると思いますし、だからこそ一度は行きたい場所だと思ってくれている。かつては冬の沖縄は閑散期でなかなか人が来なかったりしましたが、キャンプがきっかけで沖縄に訪れる方が増えることは間違いなくプラスになりますし、沖縄に来た経験は一生忘れないと思う。また沖縄に行こうというきっかけにもなれればさらに良い。お店のカラーとしていろんなところから来た方が集まりやすいというのもありますので交友関係も増えますし、スポーツと沖縄をきっかけにさまざまなアクションが起こるようになるといいですね」
スポーツツーリズムのロールモデルとして
3月22日に発表された県のまとめによると、今年2月に国内外から観光などで沖縄に訪れた人数は71万1400人で、同月の過去最高を記録した。スポーツキャンプとともに桜の見ごろの季節でもあることから、温暖な気候がもたらした旅行需要が高まったためと見られる。また2017年の経済効果はサッカーが12億5812万円、プロ野球に至っては109億5400万円との算出しており、沖縄のスポーツキャンプは観光産業の大きな柱となっていることは間違いない。
ただこの結果は、単に施設を充実させてチームを呼び寄せたからではなく、チームと自治体が連携し心を通わせた形が積みあがってできたものである。沖縄県内のすべての自治体にプロスポーツチームが呼べるようになるのも決して不可能とは言い切れない。
限られた予算で費用対効果を生み出すプロモーションを展開するため、官民連携を図りスポーツをメインとした誘客へのつなげ方を長年努めてきた沖縄は、受け入れのノウハウや経験値を蓄積したことでツーリズムの先進地域としての評価を得ており、自然条件や練習環境整備によってターゲットをしぼり地域のブランド力を高めることでプロスポーツキャンプ誘致に優位性をもたらした。
そして2020年東京オリンピックに向けて「沖縄2020事前キャンプ等誘致推進委員会」を設置し、キャンプ誘致に賛同する市町村が一体となって多くの国と地域の事前キャンプ地として沖縄に呼び込み、スポーツ振興と観光、産業振興、国際交流などの地域活性化を促す取り組みを行っている。プロが使用する現存の施設を活かしながらさまざまな競技で活用でき、なおかつ海に囲まれた地域であることからマリンスポーツのキャンプ地としても適している。宿泊も含めてチームの体制やさまざまな要望に対応する施設を容易に選択することができるだろう。また沖縄発祥の空手が東京オリンピックの競技種目になっていることから、本物を求め世界中の愛好者がこれまで以上に沖縄を注目することとなるだろう。
スポーツツーリズムの観点において国内全域で需要拡大をするための取り組みがなされている中、その地域の特異性を活かした競技をターゲットとして適合した仕組みを構築することであらゆる愛好者やキャンプ誘致につなげてきた沖縄は、そのロールモデルとしてなり得る存在として注目度が増している。
<了>
なぜ沖縄がキャンプ地に求められるのか?“暖かい”だけじゃない理由とは
かつてプロ野球のキャンプといえば宮崎だった時代から、近年では沖縄がその中心となりつつある。「キャンプ不適合」の烙印を押されたこともある沖縄は、なぜ今ではこれほどまでにキャンプ地として求められるようになったのだろうか?(文=仲本兼進)
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なぜ日本ハムは新球場を建設するのか? 壮大なボールパーク構想の全貌
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日本はいつまで「質より量」の練習を続けるのか? 坪井健太郎インタビュー
「長時間の練習、絶え間ない努力が結果に結びつく」。日本では長らく、スポーツのトレーニングに質より量を求める風潮があり、その傾向は現在も続いています。結果として、猛暑の中での練習による事故、罰走を課せられた選手が重体になる事件など、痛ましいニュースが後を絶ちません。 海外に目を移せば、十分な休養、最適な負荷がトレーニングに必要な要素という認識がスポーツ界でもスタンダードになっています。サッカー大国・スペインで育成年代のコーチを務める坪井健太郎氏にお話を伺いました。(取材・文:大塚一樹)