階段の上りと下り、どちらが痛いか

アクティブシニアと呼ばれるほど、最近は歳を重ねても積極的に外出し、アクティビティを楽しむ人が増えている。しかしいつまでも元気と思っていても、階段を上り下りする際の痛みで膝関節の衰えを感じるというのはよく聞く話だ。その際、上りと下りのどちらで痛みを感じているかで、原因が異なる。

「一般的に多いのは、階段を下る際に痛みを感じるケース。これは下りの方が膝の下に体重がかかりやすいからで、変形性関節症の疑いがあります。膝の上部、膝のお皿の裏あたりに痛みを感じる場合は、関節自体が固くなってしまっていて、曲げ伸ばしの際にお皿が押し付けられている状態です。ももの筋肉が弱いことも原因ですので、治療にはトレーニングも有効です。」

痛みこそなくとも、何となくふんばりが効かないという感覚があれば、それも変形性関節症の初期段階の可能性が高い。こうした違和感に気づいたとき、痛みがあるからといって動くのを控えてしまうのは逆効果だ。第一回「スポーツと膝」でも触れたように、膝の軟骨は動かすことで回復が促される。2、3日様子を見てもじわじわと痛みが残るようなら、関節の曲げ伸ばしを意識的に行なってみよう。

膝の老化は女性が先に。筋持久力を高めよう

変形性関節症は1:9の割合で女性がなりやすいと言われている。元々男性より靭帯強度が低いうえ、出産時に骨盤を緩めることができるようにホルモンで靭帯強度が変わる仕組みが女性には備わっている。そのため閉経後の劇的なホルモン変化により、一気に膝関節への負担が増える。一方男性は、大きな怪我がなければ80歳くらいまでは膝の老化を感じにくいといわれている。裏を返せば、体力が落ち、活動量が減る年齢で一気に膝の衰えを感じることになる。

ではどうすればできるだけ長く、膝を健康に保てるのだろうか。このアプローチにも多少男女で差があるようだ。寺尾医師曰く「男性は筋トレ、女性はストレッチをしたがる傾向にあるが理想は逆。体が固い男性こそストレッチで関節をほぐし、靭帯強度の低い女性は筋トレをするべきです。」
特にストレッチによって靭帯をゆるめすぎると、重いものを持つ瞬間などにふんばりが効かずに怪我をしやすい。

最近は筋トレやマラソンもブームとなっているが、いくら膝には運動がいいとはいえ無理は禁物だ。第二回「子どもと膝」でも触れたように、フィジカルがないうちに無理をすると怪我につながりやすい。寺尾医師の元にもまれに、いきなりフルマラソンに挑戦して足をパンパンに腫らしてくる人もいるようだ。

「シニアのトレーニングは最大筋力を上げることよりも筋持久力をつけることを意識しましょう。ハードなランニングや、重量をつけたスクワットよりも、軽い負荷でのレッグプレスのほうが初心者向きです。」

時には専門家であるトレーナーの指導を受けながら、長く続けられる方法を見つけよう。

口から飲むサプリメントの効果は薄い

巷には関節にいい効果があるとされるサプリメントも出回っているが、その効果には懐疑的な意見を示す寺尾医師。
「体に害はないものと思われますが、膝軟骨の修復効果に関してはエビデンスレベルが高いものを目にしたことはないですね。直接患部に注射をするならまだしも、口から摂取した有効成分がピンポイントに膝に届くわけではありません。」

患者からもおすすめのサプリメントを尋ねられることも多いというが、そんなとき寺尾医師が勧めるのはアミノ酸とプロテインだ。

「要は筋肉をつけてくださいと伝えています。必ずしもサプリメントから摂る必要はなく、お肉や魚、卵を食べていれば大丈夫です。」

もちろんBMIが高めの人はまず体重を落とすことも重要だが、それだけでは十分ではない。

「メタボリックシンドロームは変形性関節症の発症に関与することがわかっています。この場合体重を減らすだけでは十分な改善効果が見られないという研究結果があり、高脂血症や高血糖の状態が関節に作用すると考えられています。」

日々の運動と食事。基本的なことの積み重ねがシニアの生活を左右する。

再生医療はシニアにこそ最適?切らない選択肢

今まで膝の治療方法といえば、鎮痛剤や患部へのヒアルロン注射が一般的だった。それでも改善が見られないときや、痛みが引かない場合、一足飛びに手術に踏み切らざるを得なかった。しかし家庭や職場を長期間空けなければならず、金銭的な負担も大きい。メスを入れることへの抵抗感が強い人もいるだろう。再生医療の一種である幹細胞治療は、そうしたデメリットなく膝の治療ができるとして近年注目を集めている。

※イメージです

幹細胞治療とは、骨・軟骨・腱・神経・皮膚などわたしたちの体をつくるさまざまな細胞に変化する能力【多分化能】を持つ「幹細胞」を患者の体から取り出して培養し、体内の損傷がある部位に注入する治療法だ。培養された幹細胞は、損傷部分を探し当ててくっつき、炎症を抑えると共に傷を修復する働きがあると言われている。
参照:お茶の水セルクリニック「幹細胞とは」https://ochacell.com/treatment-joint/

細胞の抽出から培養が完了するまでは約1か月。その後3か月ほどかけてゆっくりと経過を観察していく。すぐに効果が出る場合もあるが、組織再生には時間がかかるため、ゆっくりと変化が出る場合が多い。しかし細胞の抽出にも注入にも入院が必要ない点は大きなメリットだ。今ではこの治療法を取り入れている病院も増えてきたが、細胞の培養施設を病院が管理しているかどうかで大きく分かれる。

なかには細胞培養を他社に委託している場合もあるが、移送の際に冷凍せざるを得ないこと、培養技術や管理品質に病院の目が届きにくいことは不安要素だ。しかし冷凍管理という点に絞れば一長一短で、培養後いつでも細胞注入ができるという長所もあるが、細胞の数が減ってしまうという短所もある。培養施設を持つ病院の場合は、患者の再来院日から逆算して培養を開始するため、急な仕事の都合などで細胞注入の日付がずれてしまうと、培養した細胞は無駄になってしまう。しかし、フレッシュな細胞を使うことができるため、細胞のコンディションや数が良好な状態で体に戻すことができる。自分に適した病院選びが重要だ。

3回に渡ってお伝えしてきた膝の関節との向き合い方。寺尾医師によると、運動の二大リスクとして並べられる腰は、遺伝的な要素が大きいため、自力だけでの予防は難しい。一方膝は生活習慣の影響が大きいため、日ごろの心がけ次第で長く付き合っていくことができる。医学の進歩により治療法は増えても、怪我をしないに越したことはない。運動と食事、体全体の筋力の向上から健康体を目指すことが、一生モノの膝を生み出していく。

お茶の水セルクリニック 寺尾友宏院長(左)、東京大学大学院医学系研究科 整形外科准教授 齋藤琢先生(右)

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小田菜南子