■崩れた女子レスリング神話
レジェンドの吉田沙保里と伊調馨だけでなく、小原日登美や川井梨紗子など数々の金メダリストを輩出してきた女子レスリング。そのオリンピックの歴史はわずか16年前、2004年のアテネオリンピックからスタートした。アテネ、北京、ロンドンの3大会は4階級、前回のリオは6階級が実施され、全部で18個の金メダルのうち実に11個が日本にもたらされた。日本の金メダル量産基地ともいえる種目だ。
今大会も6階級で金メダルを争うが、そのお家芸に暗雲が立ち込めたのが去年の世界選手権だった。五輪実施階級での金メダルが、なんと川井梨紗子(57kg級)の1個のみに終わったのだ。吉田、伊調という絶対的エースが抜けた後とはいえまさかの惨敗、女子レスリングの神話が音を立てて崩れてしまった。
要因を挙げればきりがないが、パワハラ騒動で栄監督が代表を去ったこともそのひとつだろう。レジェンドに頼りすぎたツケが回ってきたともいえるかもしれない。とにかく現実は世界選手権で金1個である。ここでは、その結果を踏まえて東京の金メダル確率を考えてみる。
■大きな壁を乗り越えた川井
まずは川井梨紗子。五輪4連覇の伊調馨という世界最大の壁を倒しての世界選手権金メダル。多くの国民が伝説的な選手を好む日本では、伊調の5連覇の夢を阻止した敵役かもしれないがその強さは本物だ。
世界選手権の代表を争った伊調との4度の直接対決はどれも見ごたえのある試合だった。おととし12月の全日本選手権決勝で負けたことで一度は追い込まれた。そこからの2連勝は、「勝ちたい」を通り越して「勝つんだ」という川井の強い強い執念が見えた試合だった。川井を次の日本女子のリーダーに押し上げるには十分だった。そして世界選手権で勝ち切った。ずばり金メダルの確率は80パーセント、伊調に勝ったことでの燃え尽きさえなければ金は確実といっていい。
■地獄を見た20歳
女子で続くのは50キロ級の須崎優衣だ。まだ代表に内定はしていないが、去年の全日本選手権でライバルの入江ゆきを退け代表枠のかかったアジア予選の切符を手にした。
20歳の須崎は日本期待の星だが一度地獄を見た。2017年に高校3年生で世界選手権を初制覇し翌年は連覇、東京五輪の申し子のような存在だった。しかし、世界選手権連覇の後に左ひじを負傷、脱臼と靭帯断裂の大けがだった。
復帰した五輪プレシーズンでさらなる試練が須崎を襲った。ベテランの入江にプレーオフで敗れ、世界選手権代表の座を逃したのだ。去年の世界選手権は、メダルを獲得すれば五輪内定となる特別な大会だった。人目をはばからず泣きじゃくった須崎は、いったんは五輪を諦めざるをえなかったのだが入江が世界選手権でまさかの敗退。入江にとって金は難しくても銅はいけるとみていたが、初めての五輪というプレッシャーは想像をはるかに超えていたようだ。
息を吹き返した須崎は去年の全日本選手権で入江を退け、自力で五輪代表をつかめる場所まで戻ってきた。一度ならず二度までも地獄を見た20歳は堂々の東京の金メダル候補、確率は60パーセントとみる。
■はたして何個まで
まだ内定が出ていない須崎を先に紹介したが、女子では向田真優(53kg級)、川井友香子(62kg級、梨紗子の妹)、皆川博恵(76kg級)の3人も世界選手権でメダルを獲得し内定を決めている。
3人とも世界選手権のメダリストなのだからオリンピックでも金を狙えるだろうという声が聞こえてきそうだが、世界の選手層を考えるとこの連載で金メダル候補と言い切れるのは吉田沙保里の階級を引き継いだ向田くらい。その向田では可能性は50パーセントを割り込むと言わざるをえない。世界選手権と直近のアジア選手権で相次いでアジアの選手に敗れたからだ。
けがで本来の調子を取り戻せていない土性沙羅も含め、女子レスリングで3個以上はたして何個まで金メダルを伸ばせるかが、日本の順位を大きく左右することは間違いだろう。
■男子 目指すは32年ぶりの複数金メダル
男子はご存知のように長く苦しんできた種目だ。毎大会メダルは獲るが金メダルとなると過去30年でロンドン大会(2012年)の米満達弘の1個だけ。もはや、かつてのお家芸と呼ぶ人もいる。東京では1988年ソウル大会以来の複数金メダルを目指すが、実は手が届きそうなところまで来ている。
まずはグレコローマン60kg級の文田健一郎だ。文田を語る上では欠かせない選手がいる。先輩でありライバルである太田忍だ。リオ銀メダルのこの人抜きには文田の強さは語れないが、ここでは要点だけにとどめるのをご容赦いただきたい。ふたりは同じ日体大の先輩後輩(太田が2つ上)、手の内を知り尽くす間柄だがこの階級の五輪切符は1枚のみ。文田は越えなければならない大きな壁を乗り越え五輪をつかんだ。それも太田が見守る去年の世界選手権で金メダルを獲って。前年の世界チャンピオンを相手に先に5ポイントを奪われてからの大逆転勝利は、先輩への恩返しだったようにも感じた。でも本当の恩返しは東京での金メダルだ。男子レスリングのエースには確率は70パーセントをつけたい。
続くのはフリースタイル65kg級の乙黒拓斗だ。おととし男子史上最年少の19歳で世界選手権を制した時にはとんでもない選手が出てきたと小躍りしたのを覚えている。しかし、右ひざの不調で実戦から離れたこともあって去年の世界選手権では5位に沈んだ。「日本代表として失格」と自らに辛らつな言葉を投げかけた乙黒に1年前の勢いはなかった。これがベテランなら期待がしぼんでいくところだが、乙黒はまだ21歳の大学3年生。こんなところで終わってもらっては困る。負けて強くなれるかが格闘技の真骨頂、乙黒は今月(2月)のアジア選手権で強豪を破って見事に優勝して見せた。期待も込めて金メダル確率は50パーセント。32年ぶりの男子複数金メダルのカギを乙黒が握っていることは間違いない。
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