昨年限りでヤクルトのユニフォームを脱いだ五十嵐氏は、20年前の日本シリーズではまだ現役だった現在の高津臣吾監督らと共に日本一の美酒を味わっている。ヤクルトOBとして「純粋に嬉しいというのが率直な感想です」というものの、それだけではない。

「ヤクルトが勝ちましたけど、オリックスの戦い方を見ていても、本当にいいものを見せてもらったなという気持ちが強いです。どっちが勝ったというよりも、こんなに素晴らしい試合を何試合も見せてくれて感謝ですよ。これでもっと野球ファンが増えるんじゃないかなと思うような内容でしたよね」

どちらに転んでもおかしくなかった。勝敗を分けたものは

 オリックスの本拠地・京セラドーム大阪で行われた第1戦。今年の沢村賞に選ばれたオリックス・山本由伸とドラフト1位で入団して2年目のヤクルト・奥川恭伸の息詰まるような投手戦は、最後はオリックスがヤクルトの守護神スコット・マクガフから3点を奪ってサヨナラ勝ち。その後も、一方的な展開になる試合は1つもなかった。

「どっちもミスは出るんですよ。それで失点を許すんですけど、そこを何とか最少失点でしのいだり、エラーしても誰かがカバーしたり、点を取られた後に取り返すとか、チームの良さがお互いに出たシリーズなんですよね。もちろん両方勝ちたいんだけれども、どちらかというと『負けたくない』という意識の方が強かったように見えました。エラーとかミスの後に『いや、オレたちは負けない』っていう、そういう強さが両チームとも見えましたし、そういうのは伝わってきます。だからこそ見る者を感動させ、夢中にさせるシリーズになったんだと思います」

 どちらに転んでもおかしくはなかったというシリーズで、勝敗を分けたものは何だったのか?五十嵐氏はオリックスの先勝で迎えた第2戦、133球で完封勝利を挙げたヤクルトの先発・高橋奎二のピッチングだったと指摘する。

「ランナーを出しながらではあったんですけど、常に腕を振って投げ切って、彼らしさを貫き通しましたよね。もちろん修正はしていましたけど、強気のピッチングのまま尻上がりにどんどん状態も良くなっていった感じがありました。彼が完封したことによって、(第1戦で敗戦投手になった)マクガフが救われたんですよ。あそこで奎二がああいうピッチングをして(登板が)1日空くと、(前の試合で)結果が出なかったリリーフピッチャーはリセットされるんですよね。そういう意味でもあの一戦は大きかったのかなと思います」

 東京ドームで行われた第4戦も、五十嵐氏の印象に強く残っているという。先発はチーム最年長、41歳の石川雅規。五十嵐氏とは同学年のサウスポーは、6回1失点の好投で自身にとっての日本シリーズ初勝利を挙げた。

「プレッシャーのかかるところでああいうピッチングをするのは、石川らしいなと思いました。あそこまで抑えるとは、たぶんベンチも想像してなかったと思うんですよ。いい意味で想像を超えてきましたよね。いい時の石川ってバッターを手玉に取るというか、何か簡単に抑えているように見えるんですよ。ああいうピッチングをすると、来年の石川も200勝に向けて楽しみだなという気になりますよね」

 この石川の好投で、ヤクルトは日本一に王手。だが、第3戦、4戦でセーブを挙げたマクガフが、続く第5戦では同点の9回に代打アダム・ジョーンズに決勝アーチを献上し、シリーズの行方は第6戦に持ち越される。今年のシリーズでは初の屋外球場となるほっともっとフィールド神戸で、再びオリックスの先発マウンドに上がったのが山本だった。

史上まれにみる熱戦で“野球の面白さ”の詰まったシリーズに

「この試合は山本が投げている時(6回表)に2つ続けてエラーが出てるんですよ。あれで失点しない山本を見た時に、これはすごいなと思いましたね。お互いにミスをカバーしてきたからこれだけの接戦になったんですけど、あの山本のカバーはすごすぎます。僕の中では『カバー』の域を超えていますね」

 5回表にヤクルトが塩見泰隆のタイムリーで先制するも、オリックスはその裏にすかさず同点に追いつき、山本の失点をカバー。前述のとおり6回表にオリックス守備陣に2つのエラーが出ると、今度は山本が無失点で切り抜けてこれをカバーする。

 その山本が9回、141球で降板し、試合は1対1の同点でこのシリーズ、というよりは今年のプロ野球で初めての延長戦に突入。12回表に代打・川端慎吾のタイムリーで勝ち越したヤクルトが2対1で競り勝ち、2001年以来の日本一に輝いた。気温が10度を下回る極寒の中で最後のマウンドを守ったのは、10回途中からロングリリーフしたマクガフだった。

「(気温が)10度を切るとけっこうキツいんですよ。10度あれば野球ができるかなっていうぐらいなんですけど、10度を切ってくるとなかなか(肩が)温まらない。特にあそこ(ほっともっとフィールド)はブルペンが外にあるから、体を動かしていないとすぐに冷えちゃうんです。だからそんな中で最後に2回1/3投げたマクガフはすごいです。前の試合で打たれていたから、高津さんも迷いはあったでしょうけど、結局は選手を信じて、自分の決断を信じたということなのかなと思いますね」

 シリーズのMVPに選ばれたのは、全6試合に出場して打率.318、3打点の中村悠平。ヤクルトの正捕手として1人でマスクを被り通した中村のリードを、五十嵐氏も絶賛する。

「(オリックスの4番)杉本(裕太郎)にホームランを打たれはしているんですけど、抑えるところは抑えて、最後もキッチリ締めているので、中村のリードもシリーズのポイントになるのかなと思います。僕が一緒にやっていた時は、勝負をするというよりは無難な配球をしている印象がありました。どちらかというとメリハリが少ないキャッチャーだったんですけど、このシリーズではインコースを上手く使っていましたね」

 印象的だったのは、東京ドームで行われた第3戦。5対4で迎えた9回表、2死一、三塁で打席に入った杉本に対し、第1戦に続く登板だったマクガフに初球から2球続けてインコースへのストレートを要求したことだったという。

「マクガフが打たれた次の登板だったんです。杉本にはその試合で(先発の小川泰弘が)ホームランを打たれたんですけど、真っすぐを2球続けてインコースに行ってファーストゴロ。(中村が)強気というか、腹をくくっている感じがありました」

 終わってみれば6試合中5試合が1点差、残りの1試合も2点差。過去には1957年の西鉄(現埼玉西武)ライオンズと読売ジャイアンツのシリーズで5試合すべて2点差以内だったことはあるが、6試合ですべて2点差以内というのは、日本シリーズ史上でも初めてのことだった。

「少なくとも近年では、こんなに面白い日本シリーズはなかったですよね。本当に野球の面白さが詰まったシリーズだったと思います。そこまで野球に興味のない知り合いからも『今回は面白かったね』という連絡が来たぐらいですから。きっと野球をあまり知らなくて感覚的に見てる人にも、感覚で(面白さが)伝わったんですね。知れば知るほど野球の楽しさだったり良さっていうのを感じてもらえると思うので、このシリーズをきっかけに来年も継続して野球を見てもらいたいですよね」

 ともに前年までの2年連続最下位から今年はリーグを制覇し、クライマックスシリーズを勝ち抜いて日本シリーズに駒を進めてきたヤクルトとオリックス。その大舞台で史上まれに見る熱戦を繰り広げ、野球ファンのみならず、世間一般にも野球の面白さを再認識させてくれた両チームに、心から拍手を送りたい。


菊田康彦

1966年、静岡県生まれ。地方公務員、英会話講師などを経てメジャーリーグ日本語公式サイトの編集に携わった後、ライターとして独立。雑誌、ウェブなどさまざまな媒体に寄稿し、2004~08年は「スカパー!MLBライブ」、2016〜17年は「スポナビライブMLB」でコメンテイターも務めた。プロ野球は2010年から東京ヤクルトスワローズを取材。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』、編集協力に『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』などがある。