二つの珍しい光景

 8月7日の最終日をトップのアシュリー・ブハイ(南アフリカ)に5打差の2位で迎えた。勝負のラウンドへ向けて普通なら緊張感を漂わせてもおかしくないが、スタート前から正反対の光景だった。渋野は練習場に赴く際、来場した子どものサインに応じたり、ギャラリーとの記念撮影に笑顔で納まったりと、まるでラウンド終了後の様相。本人は競技終了後「プレッシャーは特に感じていなかった。5打差あったっていうのもある。そこまで緊張せずスタートできた。本当に楽しむ気持ちをまた思い出させてくれる場所」と心境を説明した。

 選手によってはティーオフまでのルーティンを厳密に決めている。例えばクラブハウス入りしたりストレッチをしたりする時間、練習場に向かってショット、パットを調整するタイミングなどスタート時間から逆算して行動する流れ。不可抗力で狂うのを極端に嫌うゴルファーもいると聞く。もちろん、ベストパフォーマンスを出すための準備は人それぞれ。また、ギャラリーが殺到しそうな日本の会場ではなかったことやスタートが夕方近くだったという事情もありそうだが、最終日の競技前にファンと交流するシーンに、渋野が人々の心をつかむ一因を見た。

 3位となった競技終了後にも珍しい出来事があった。優勝の行方はブハイと、日本でも知名度のある田仁智(チョン・インジ=韓国)とのプレーオフにもつれ込んだ。18番の繰り返しで両者譲らない展開。夜の現地も日没が近づいてくる中で、深夜から始まった地上波のテレビ中継は予定されていた枠が終了し、8日月曜日の早朝の情報番組に切り替わった。しかし、その最中に急きょ、画面にプレーオフの模様が映し出された。映像ではコースに出て戦いぶりを応援する渋野にたびたびカメラが向けられた。4ホール目でブハイが優勝した後、駆け寄って祝福する場面も放映された。日本選手が絡まないプレーオフを一般の情報番組内で早朝から生中継する異例さは、渋野の存在によって日本の視聴者にとってより興味深いものとなった。

大舞台での強さ

 今年のメジャーを振り返ると、渋野は春先の第1戦、シェブロン選手権で第2ラウンドに単独首位に立つなど4位。そして全英の3位とトップ5に2度も入った。本人は「本当に初めと締めが良かったって思う」と振り返った。4月下旬以降は予選落ちが続いて不振の印象が強いものの、大舞台で力を発揮するのはスターの要件といえる。

 ここ一番での勝負強さが光ったアスリートとしては、五輪におけるフリースタイルスキー・モーグルの里谷多英さん(フジテレビ)が挙がる。自国開催となった1998年長野冬季五輪で優勝し、日本女子選手として冬季五輪初の金メダルに輝いた。次の2002年ソルトレークシティー大会でも3位と、五輪2大会連続メダル獲得の快挙を成し遂げた。2006年トリノ五輪前にインタビューした際、勝負強さの秘けつを問うと、次のように説明された。「五輪はみんなが勝ちたい大会で、わたしはただただ、後悔したくない。だから五輪ともなると、わたしでもしっかり計画を立てて練習していくんですよね」。下地になっているのは日頃からの鍛錬。確かにトリノ五輪前にも日暮れの近いチェコのスキー場や米ニューヨーク州のコースで公式練習の最後まで残り、必死にエアの練習を繰り返していた光景が思い出される。

 翻って渋野を巡っては、現在取り組んでいるスイング改造について賛否両論が巻き起こっている。テークバックでトップの位置を浅くし、振りをコンパクトにすることで再現性の高さを追求。3年前に全英女子を制したときとは明らかに違うスイングで、メジャー優勝したのに大きく変える必要はあるのかなど批判的な声も上がっている。周囲が騒がしくても全英などで結果に結び付けた陰では、自分の信念を貫きつつ、人知れず懸命な練習を積んでいる。そんなストーリーが想像に難くない。

好イメージで潤沢

 AIG全英女子オープンの賞金総額は今年730万㌦(約10億円)に増額された。昨年比で実に26%アップ。優勝賞金は109万5千㌦(約1億5000万円)となった。3位の渋野でも48万8285㌦(約6700万円)を獲得した。渋野が優勝した前年の2018年と対比させると総額で125%アップ、金額にして約400万㌦も増えた。一昔前は男子プロゴルフ界と大きく水をあけられていたが、各選手が見ている人たちに好印象を与えることで、スポンサーからどんどん女子にも資金が流れ込む構図が出来上がっている。

 例えば、プレーオフで敗れた田仁智のウエアなどには、高級時計の「タグ・ホイヤー」や監査法人の「デロイト」、ドイツのソフトウエア大手「SAP」など世界的に有名なスポンサーの名前が付いていた。今回は優勝を逃したが、6月の全米女子プロ選手権では4季ぶりの優勝をメジャーで飾った。復活の裏で、思うような結果が出ずに引退も頭をよぎり、姉に電話して「どうしたらいいか分からない」と泣きながら吐露したエピソードがあった。姉は「もうゴルフを辞めたらどう?」と返答したといい、この言葉で吹っ切れ「まだ辞めたくない。私はゴルフを続けていきたいんだと確信した」。笑顔の勝利につながった。

 優勝した33歳のブハイも、14歳のときに自国の南アフリカ女子オープンを制するなど、〝天才少女〟として関心を集めていたが、今回が米ツアーとしても初優勝だった。2019年の全英女子では、最終日に同じ最終組で回っていた渋野が勝利のパットを決めた際、両手を上げて喜んだ姿が日本のファンの間でも共感を呼び、3年後に自らが主役となった。それぞれの選手にそれぞれの人生物語がある。国際社会の中でも女性の地位向上がさけばれている現状で注目度が向上し、資金的にも潤いを増す女子ゴルフ界。渋野をはじめ、スコアだけでは計れないプロの味わいも人々を魅了してやまない。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事