聖地君臨

 形あるものでは五輪・パラのメインスタジアムとなった新しい国立競技場が象徴的だ。特に今年に入ってからは各競技の実施が加速度的に注目の的となっている。4月29日にJリーグ1部のFC東京―G大阪戦が実施され、国立での8年ぶりのJリーグ開催となった。陸上競技の各種大会の他、5月14日にはサッカー女子のWEリーグが初めて国立で行われ、リーグ最多の1万1763人の観客が集まった。

 ラグビーでは5月29日には新リーグ、リーグワン1部の決勝が行われ、3万3千人余りの集客。7月9日のテストマッチ、日本―フランスでは5万7千人余りの観衆となり、2019年ワールドカップ日本大会を除いては国内の代表戦では最多をマークした。7月にはサッカーのフランス1部リーグの強豪パリ・サンジェルマンがJ1川崎と相対した一戦に国立競技場改築後最多の約6万5千人が集まった。

 国立競技場の運用を巡っては紆余曲折がある。政府は当初、五輪・パラ後に球技専用にする方針を定めていたが、昨年になって陸上トラックを存続させて陸上との兼用にする方向性が判明した。民営化を目指す中で、球技専用にしても採算が取れないことが分かってきたのが主要因。民営化のスケジュールも遅れている。

 そうはいっても、選手やファンからの期待や特別感は大きい。10月9日にサッカーの日本フットボールリーグ、クリアソン新宿―鈴鹿ポイントゲッターズの試合が国立で行われるとの発表があった際、鈴鹿の大ベテラン、三浦知良は「日本サッカーの聖地といわれる国立競技場でリーグ戦を戦えるとは思わなかった」と感慨深げなコメント。10月29日にはラグビーのテストマッチで世界的強豪のニュージーランド代表「オールブラックス」と日本が顔を合わせ、長期的には2025年に陸上の世界選手権というビッグイベントが催される。維持費などは不透明な部分があるが、有効活用すれば魅力が増していくに違いない。

庶民感覚

 1年後の今年、にわかに降って湧いたのが汚職事件だ。大会組織委元理事の高橋治之容疑者が東京五輪・パラのスポンサー選定等に絡み、紳士服大手AOKIホールディングスや出版大手KADOKAWAなどに便宜を図る見返りに賄賂を受け取った疑いがあるとされ、多くの逮捕者が出る展開となっている。五輪・パラという国を挙げての行事にはさまざまな利権がうごめくだけに、過去の大会でも買収スキャンダルなどの事案が発生した。昨年の大会は本来の2020年から1年延期となり、さらに新型コロナウイルス禍が収まっていない状況だったことから一部で中止や再延期を求める声も出ていた。それでも強行した裏側で汚職が展開されていたとなると、余計にたちの悪さが目立ってくる。

 一連の負の出来事から収穫として挙げられるのが、特に五輪へ向けるシビアで現実的な視点が社会全体に浸透してきたということだ。事実、汚職事件のインパクトは大きく、招致を目指している2030年札幌冬季五輪への逆風が強まっている。札幌市の秋元克広市長が9月中旬、スイス・ローザンヌの国際オリンピック委員会(IOC)への訪問を予定していたが突然キャンセルとなったことも無縁ではなさそうだ。

 巨額の公費負担も問題になる五輪。時代的に日本社会の停滞も重なっているだけに反発が広がっている。賃金水準の比較で、海外では過去20年着実に伸びた一方、日本はほぼ横ばいだ。経済協力開発機構(OECD)によると、物価水準を考慮した購買力平価ベースで、日本の2020年の平均年間賃金は2000年比でわずか0・4%増の3万8515ドル(約440万円)にとどまった。米国は25・3%増の6万9392ドルで、日本の賃金は米国の6割にも満たない。韓国の4万1960ドル(43・5%増)をも下回っている。

 組織委の報告書によると、大会の経費は総額1兆4238億円だった。招致段階で東京都がIOCに提出した「立候補ファイル」で開催経費は7340億円としていたが、その倍近い数字に膨れ上がった。庶民感覚からすれば、五輪よりももっと優先させるべき事柄があるということになる。

化けの皮

 批判が高まっているのはIOCも同様だ。湿度を含め、日本の夏の暑さが厳しいのは分かっているのに、開催時期を7~8月からずらさなかった。背景には巨額の放送権料を支払っている米テレビ局の意向が指摘される。アメリカンフットボールのNFLなど米国で人気のプロスポーツとシーズンが重複するのを避ける狙いが透けて見える。選手の健康を第一に考えれば秋口の実施も考慮に入れるべきで、「アスリートファースト」の言葉がむなしい。

 五輪期間中も暑さ関連の不手際があった。IOCの意向で札幌に会場を移された8月7日の女子マラソン。少しでも涼しい環境で行うとの理由で、実施日前夜に突然スタート時間が午前7時から午前6時に変更された。関係者によると、IOC委員でもある世界陸連のセバスチャン・コー会長の「鶴の一声」が効いたというが、見通しの甘さが露呈。選手の中にはレースを控えて就寝していたランナーもおり、競技への影響を吐露した選手もいた。

 また、新型コロナ禍で東京都などでは住民が外出自粛をしいられていた時期にIOCのトーマス・バッハ会長が銀座を散策したとSNS上に画像がアップされ、ひんしゅくを買った。五輪が開催地に多大な負担をかける構図を引き合いに、海外メディアからは〝ぼったくり男爵〟と表現されるバッハ会長。拠点はスイス・ローザンヌにあっても、遠く離れた日本でも不都合な面が暴かれて化けの皮がはがれてきている。

 それもこれも、東京五輪でのさまざまな出来事を目の当たりにしたのが大きい。朝日、毎日、読売をはじめ全国紙が軒並み大会公式スポンサーに名を連ねるという異様な状態だったにもかかわらず、負の部分がそこかしこから伝わってきた。商業化によって一部の懐が大いに潤う五輪。世間からの冷静な視線、態度、判断によって根本的に見直される機会になれば、後世への大きな意義となる。


VictorySportsNews編集部