「正しかったかどうかを判断するのは僕らではないと思います」

―新型コロナウイルスのパンデミックが続き、さらに東京都でのコロナに対する緊急事態宣言下で、東京2020オリンピックは、異例の無観客開催(一部を除き)となりました。改めてですが、この決断は正しかったのでしょうか。

東京オリンピック日本代表選手団団長、日本テニス協会専務理事 福井烈氏(以下:福井):本当にいろいろなご意見があったオリンピックでしたし、ご意見があったのは承知しております。今回のオリンピックは、開催に向けて本当に多くの人に支えていただいた。われわれ日本代表選手団としては、与えていたいただいた機会を大切に、選手共々心から感謝し、その中で自分たちの夢や目標に向かって挑戦させていただくというスタンスでした。今、自分たちが置かれている環境に感謝して、その中でどうやってベストを尽くしていくのかということに集中してやることに徹していました。

 選手たちは、(本番で)ベストが出る出ないは別として、本当にベストを尽くすことで、感謝の気持ちを皆さんに伝えるという姿勢を持ってくれていた。そのことは、今後のスポーツ界の発展につながっていくすごく大切なことだと思いました。その表れとして、競技の試合が終わった後のインタビューで、ほとんどの選手が、開催していただいてありがとうございますという感謝から入っていたし、それが本音だったと思うんです。

 あと、試合が終わった後に、勝ち負けにとらわれず選手同士が称え合うシーンがすごく多かったですけど、それはお互いに苦しい環境を乗り越えてきて、やっとこの場に立たせてもらって、(力を)発揮できたというところもあった。(開催が)正しかったかどうかを判断するのは僕らではないと思います。ただ、われわれは与えていただいた機会を最大限に活かさせていただいて、感謝と共に全力を尽くしました。


―開会式で、テニス選手としては初めて、大坂なおみが聖火リレーの最終走者を務め、聖火台へ点火しました。多様性と調和、そして、21世紀の新しい時代への象徴としてふさわしいものでした。福井さんは、どういう思いでご覧になりましたか。

福井:これからは、こういうのが当たり前というか、多様性や調和を意識しなきゃいけない世界ではなくなるんだろうな、ということを、東京オリンピックが終わった後に感じましたね。多様性といっても、性別、年齢、国籍などの属性、思考や価値観やライフスタイル、いっぱい種類がありますよね。育った環境が違えば、当然思考も変わってくる。

 例えば、日本のテニスチームを見ても、錦織(圭)くんも、柴原(瑛菜)さんもアメリカを拠点にしている。大坂さんやダニエル(太郎)くんやマクラクラン(勉)くんは国際派です。日本テニスチームを見ただけでも、多様性がある。他の競技でも、皆海外遠征に行っていて、そこへ当たり前のように入っていて調和もしている。多様性と調和を強調しなくても、当たり前というか、普通というか、何ら驚くこともない。そういうことを、日本のいろんな人に気づかせてくれるオリンピックだった。そして、その象徴が大坂さんだったり、八村(塁)くんだったりしました。


―選手村のバブル問題についてお伺いします。組織委員会の発表では、オリンピック関係者の新規感染者は547人(パラリンピックと合わせると合計863人、9月8日時点)。ほころびはあったにせよ、バブルは機能したとお考えでしょうか。

福井:絶対機能していたと思います。日本選手団のためにコロナへ特化した対策を、リエゾンオフィサー(新型コロナウイルス対策責任者)として、土肥(美智子)先生(国立スポーツ科学センター)に練っていただいた。毎日、選手村にいる人には全員検査していました。極力、クラスターにならないように普段から注意しました。マスク無しでは歩かない。食堂では1人ずつ前後左右にアクリル板がある。大声でしゃべらない。日本選手団ではこれらを徹底していました。本当に幸運なことに、日本選手全員が競技に参加できました。ちょっとした気の緩み、自分だけは大丈夫という思い込み、勘違いによるルール違反、これらを絶対にしないようにと日本選手団の皆さんに言い続けました。皆さん大変だったとは思いますが、オリンピックだけでなくパラリンピックが終わるまで気をつけていただいたと思うので感謝したいですね。

日本選手たちの活躍、暑さ問題、取材形式について―。テニス競技を振り返る

―テニス競技、錦織(単複ベスト8)や大坂(3回戦敗退)ら日本選手たちの活躍を振り返ってください。

福井:団長として、毎日テニスの会場には行けませんでしたが、(2012年)ロンドン(オリンピック)が3人、(2016年)リオデジャネイロは6人、そして、東京では11人のテニス選手が出場しました。推薦ではなく、みんなしっかり世界ランキングで出場しているので、選手の底上げは間違いなくできていたと思います。日本テニス協会の強化本部の皆さんに感謝したいです。狙っていたメダルが取れなかったのは、何かしら課題があるだろうし、錦織くんや大坂さんからすれば、満足のいく結果ではなかったかもしれないけど、ベストを尽くしてくれたことに感謝したいです。

 錦織くんは(ノバク・)ジョコビッチに負けた、大坂さんに勝った選手は銀メダル、男子ダブルスで日本ペアを破ったペアは金メダル、女子ダブルスで日本ペアを破ったペアは銀メダル、ミックスダブルスで日本ペアを破ったペアは金メダル、振り返るとそこを乗り越えられればという思いはありますけど、日本選手の皆さんが頑張ってくれたことには感謝です。出て良かったと思っているのではないでしょうか。次のパリ(2024年)もあっという間だと思うので、テニス競技出身者の自分としては、何かお手伝いできたらと思っています。


―テニス競技での暑さ問題は、わかっていたはずなのに起きてしまいました。7月29日から、11時から15時へ競技開始時間の変更が行われました。試合を消化しなければいけなかったかもしれませんが、対応が少し遅かったのではないでしょうか。

福井:ITF(国際テニス連盟)の判断によると思いますし、選手たちの変更リクエストもありましたが、こればっかりは、福井だけでは決められません。これからは、(2024年の)パリも暑くなるでしょうし、(暑さや湿度を踏まえて、人間が不快となる)指数を踏まえて判断していくことになると思います。


―オリンピックでは、テニスでは一般的ではないミックスゾーンによる取材形式が採用されています。普段のプロテニスツアーでは、一部の男子ATP大会でしか、ミックスゾーンは採用されていませんので、女子選手は慣れていません。3回戦敗退後、大坂がミックスゾーンを通らずに帰ってしまい呼び戻すトラブルもありました。オリンピックでは、ミックスゾーンが普通だからと押し付けるのはいかがなものでしょうか。福井さんの見解をお聞かせください。

福井:各競技大会とオリンピックで、ルールが違うところはありますので、事前に説明してやっているつもりでした。今後も、選手や指導者に、監督会議で決まったことを話していきます。しっかり理解してもらうしかないと思っています。インタビュー方法も見直されるかもしれないですし、選手に負担にならないように、オリンピックのルールは説明して対応してもらっていたとは思います。

JOC広報部:ミックスゾーンですが、選手が通るのは義務なのですが、回答は義務ではありません。お断りする一部の選手もいます。選手の意志を尊重していて、回答は決して強制ではありません。他の大会と違って特殊かもしれません。個人競技と団体競技とも違うので考えさせられます。

福井:今後いろいろとコミュニケーションをとりながら、いい方向へ変わっていくんじゃないかと思います。

前例のないコロナ禍での大会、その総括。「今回は感謝のオリンピックでした」

―オリンピック大会前あるいは大会期間中に、SNSによる、オリンピック選手への誹謗中傷問題がありましたが、どういった対処をされたのでしょうか。今後の防止策も併せて教えてください。

福井:日本代表選手団として、JOC(日本オリンピック委員会)ではモニタリングチームを設置しました。(誹謗中傷を)全部チェックをして、すべて記録に残しています。もし必要であれば、関係各所と連携して、防止することを視野に入れています。しっかり監視をして、選手たちに届かないようにしていければと思いますが、われわれだけで判断できないものがあれば、違う展開になっていくことも考えられます。そうならないようにはしたいですね。


―東京2020オリンピックでは、日本選手が、金メダル27個、銀メダル14個、銅メダル17個、合計58個を獲得しました。日本選手団長として総括をお願いします。

福井:まず、本音を言いますと、団長として良かったのは、全員が参加できたこと、これが何よりです。とにかく全力を出して何かが必ず見えてくることが、メダルがいくつということより大事でした。その中で、金メダルの数、総メダル数、入賞者数が過去最高ですし、選手たちみんな、自分の夢や目標に向かって全力で取り組んでくださったんだなと思います。

 何個だったらいいというのは、もちろんないんですけど、ただ、すごく良かったなと思うのは、リオの時は10の競技で41個のメダルを取りました。東京では、20の競技で58個のメダルを取れ、競技数が倍になりました。いろんな競技で国際競技力が上がっていて、すごいと感じました。もう一つは、日本勢が入賞した種目は、これまで過去最高の78種目よりも多く、東京では136種目でした。これはすごいことですよ。自国開催というのはあったと思いますけど、本当に皆さん全力を尽くしてくれて感謝の気持ちでいっぱいですね。

 それから選手だけでなく、NF(国内競技団体)の指導者の方たちも覚悟をもって臨んでくださったと思います。国際競技力の向上という意味では、指導者、アスリート、NFの方々、すべての人が一生懸命やってくださった。

 スポーツ庁、日本スポーツ振興センター、JOCで共同コンサルテーションというのがあって、(オリンピック)33競技339種目のすべての責任者の方とJOC強化部とで話をして、各種目の目標、目標を達成するためのターゲットアスリートは誰か、ターゲットアスリートが本番に臨むまでにどんな経過を辿れば(オリンピック前に世界ランキング何位以内に入っていれば)目標達成の可能性が高くなるのか、どういうサポートをしていけばいいのか、明確にしながらずっとやり取りをしていた。そうしてみんなでやっていけたのが良かった。団長としては、感謝しかないです。今回は感謝のオリンピックでした。


―今後、21世紀にふさわしいオリンピックの在り方について、東京オリンピックでの団長としての経験を踏まえながら、福井さんの見解をお聞かせください。

福井:あまりにも壮大なテーマで、団長だけというより、みんなで考えないといけないことですが、自分の考えとしては、“三方良し(さんぼうよし)”というか、素晴らしい大会(オリンピック)が、関係者にとっても、アスリートにとっても、観客や国民の皆さんにとっても、みんなにとって“三方良し”の大会であることが大事。それができるのがオリンピックだとも思います。

 今回、コロナ禍という想定外の状況だったので、初めて見えてきたことも多々あると思います。映像でも競技の魅力は伝わっていたと思いますが、それぞれ(大会側、メディア、視聴者)の角度から検証して、いるもの、いらないもの、間違っているものもあるかもしれない。いろいろ考えて、“三方良し”の形でやれるオリンピックのきっかけや経験値に(東京が)なったのかなと考えています。

 スポーツの力、スポーツの持っているエネルギーをたくさん感じてくださった方もいるでしょう。日本選手団に本当に多くの温かいメッセージをいただきましたので、われわれとしては、スポーツを通して、皆さんにいろんなものを発信して、皆さんの心がちょっとでも動くとか、熱くなる部分がほんの少しでもあったのなら、めちゃくちゃ光栄です。


神仁司

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンマーケティングジャパン)勤務の後、テニス専門誌の記者を経てフリーランスに。テニスの4大メジャーであるグランドスラムをはじめ数々のテニス国際大会を取材している。錦織圭やクルム伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材も行っている。国際テニスの殿堂の審査員でもある。著書に、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」がある。ITWA国際テニスライター協会のメンバー 。