不可解なタイミング

 新球場「エスコンフィールド北海道」の問題が公になったのが11月7日の日本野球機構(NPB)と12球団による実行委員会だった。公認野球規則では、本塁からバックネット側のフェンスまで60㌳(約18㍍)以上が必要とされているが、約15㍍しかなかった。球場の売りの一つがファンとの距離が近い臨場感。それが裏目に出た形だが、完成間近となった時期に突然降って湧いたような議論に違和感もある。

 というのも、開業1年前に当たる今年3月に報道陣向けの内覧会の時点で既に、本塁からバックネット裏の最前列座席までの距離が約15㍍と公表されており、各メディアもファン第一の斬新な構造として礼賛的に報じていた。その際に基準に満たないとの論調は見当たらなかった。工事の進ちょく状況が95%を超えた秋口に判明するまで、関係者たちは果たしてルールの存在に気付かなかったのかという疑問に行き当たる。

 一義的には、規則を認知していなかった日本ハム側に非はある。大リーグでは60㌳以上が「推奨されている」だけで、この基準に当てはまらない球場も少なくないという。日本のプロ野球では他の11球団の本拠地がいずれも60㌳以上を確保しているとなれば、例外は断固許されないというのが日本的なムードといえる。日本ハムによると、設計を米テキサス州に本社のあるHKS社に任せた。米国の規則に準じた大リーグでは問題なしと説明を受けたといい、規則の原文も確認し「60㌳は推奨(recommend)」と解釈。60㌳を「必要」とする日本の規定の確認などが不十分だったとした。

 解決方法もある意味で日本的だった。2023年のシーズンオフ以降を利用して基準に合致するような改修工事を実施する案を了承した上で来季、新しい球場を使うことが特例で認められた。〝玉虫色決着〟は11月14日の臨時12球団代表者会議でなされた。安全上などの問題で60㌳確保が本当に必要であれば使用を認めるべきではないが、使ってもいいという。ならば、何のためのルールなのか。誰しもが不思議に思うような事柄を脇に置き、迫力を味わいたいというファンの思いもそっちのけで当座をしのいだ印象を拭えない。

目を見張る地価

 オープン前に〝けち〟がついたものの、本来的に新球場はスポーツ界のみならず、地域発展の大きな起爆剤になり得る建築物だ。9月後半に発表された2022年の基準地価で目を見張る現象が起きた。全国で上昇率(住宅地)の3位までが北海道北広島市で占められたのだ。同市は新球場の所在地で、トップの同市共栄町4丁目は実に29・2%の伸びだった。また商業地でも1、2位を北広島市で独占。今回の調査では札幌、福岡の地方主要都市が軒並み上がっているとはいえ、札幌市に隣接している北広島市が際立っていた。要因として新球場が生み出す需要を挙げる分析が相次いだ。

 新球場の名称は命名権契約を結んだ不動産会社「日本エスコン」にちなんでおり、契約は2020年から10年以上という大型だ。さまざまな面で、これまでの野球場の常識を超えている。球場の所在自体、「北海道ボールパークFビレッジ」と称された約32㌶という広大な敷地にある。気軽にキャンプ体験ができるグランピング施設、アドベンチャーパーク、日常を忘れることができるような宿泊棟、多彩な植物が息づくガーデンなどがある。新型コロナウイルス禍を機に地方の存在がクローズアップされる中、社会貢献や人員交流につながるコミュニティースペースとして関心を集める。所在地の住所が来年1月1日付で「北広島市共栄」から「北広島市Fビレッジ」に変更されるなど、コミュニティーの中心にもなりそうだ。

 球場に視点を移すと、フィールドのセールスポイントは、日本初の開閉式屋根を備えた天然芝。レフト後方にはランドマークとして「TOWER11」と名付けられた5階層のビルが建てられた。通年で楽しめることが特長で、ホテルや温泉が備え付けられた。球場内サウナもあり〝ととのえテラスシート〟では試合の観戦が可能となっている。センター後方にはフィールドを一望できるクラフトビール醸造レストランがあり、こちらもプロ野球のシーズンオフも利用できる。家族をはじめ多様な人たちと訪れることができ、おのずと雇用創出につながることが見込まれる。地価上昇に表れているように、一帯の魅力増加を引き出す効果は大きい。

ハードとソフトの融合

 肝心のチームはというと、今季はパ・リーグで9年ぶりの最下位に終わった。ただ、新庄監督は当初から「優勝は目指しません」と宣言し、チームの底上げを徹底する意向を示していた。ある意味で当初の計画通りと捉えられ、来季の飛躍へ向けて萌芽もあった。松本剛が打率3割4分7厘で初の首位打者に輝いたのは象徴的だった。

 東京・早実高から鳴り物入りで入団した清宮幸太郎の成績が向上したのも成果の一つだ。2017年のドラフト会議で7球団競合の末に1位指名で入団後、ふがいない状況が続いた。しかし今季、自己最多の18本塁打をマークした。5年目で初めて規定打席もクリアし「それに見合った活躍ができるようにもっと練習していきます」と前向きに語った。この他打線ではルーキーの上川畑大悟が打率2割9分1厘といきなり結果を出し、野村佑希が打率2割7分9厘とレベルアップするなど明るい材料が目立つ。

 率いるのが新庄監督という点も人々の高揚感を誘うところだ。現役時代は敬遠のボールをスイングしてサヨナラ安打を放つなど規格外の言動で脚光を浴び、米大リーグのジャイアンツ時代には2002年に日本選手で初めてワールドシリーズに出場。監督という立場になってもミラクルを起こすのではとのオーラをまとっている。今季は故障者を除いて全支配下選手を1軍でプレーさせることを予告通りに実現。大事なことにはこだわる姿勢に芯の強さを感じさせ、来季へ「日本一だけを目指す」と高らかに公約を掲げている。

 今年のドラフト会議では1位で投打の二刀流で話題となった日体大の矢沢宏太を1位指名した他、2位では評価の高かった右腕の金村尚真(富士大)、3位では米大リーグでプレー経験のある加藤豪将をサプライズ的に指名としっかり補強。投手陣の充実は課題の一つになりそうだが、明らかに期待値は上がっている。

 米大リーグで活躍するエンゼルスの大谷翔平、パドレスのダルビッシュ有はともにプロ野球時代を日本ハムで過ごした。当時の背番号11が「TOWER11」の由来。潜在能力を開花させることにたけているチーム風土がある。来季の日本ハムは新球場で3月30日に開幕を迎える。他より1日早く設定されており、球界全体で門出を祝う意味合いだ。球場というハード面に、チームの熱い戦いというソフト面が融合すれば、来季のプロ野球が北の大地から盛り上がることに疑いの余地はない。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事