早くも治療の効果実感
新潟県出身の佐藤は2018年に全日本実業団対抗選手権で優勝。翌2019年には国際大会で2位に入るなど活躍し、ドーハで開催された世界選手権の日本代表に選ばれた。自己ベスト記録の2㍍27をマークしたのもこの年だった。しかし、東京五輪が1年延期となった2020年以降は記録が伸びなかった。契約時に出したコメントに原因の一端が説明されていた。「ジャンパーの生命線であるアキレス腱の痛みに長年悩まされていました」。現在28歳。けがさえ治ればカムバックはまだまだ可能だ。
昨年10月に医療・リハビリの分野で契約を締結したのが、東京都千代田区にあるお茶の水セルクリニック(寺尾友宏院長)。佐藤は再生医療の「幹細胞治療」を受け始めた。同クリニックによると、幹細胞治療とは患者の腹部の脂肪組織を採取し、培養して増やした幹細胞を注射や点滴によって体内に投与して戻すもの。本来、人間が持っている正常機能に再び戻すことを目的とし、身体的負担が最小限に抑えられるという。
スポーツ界では、大相撲の鳴戸親方(元大関琴欧洲)が現役時代に酷使した膝を良くするために取り組んだ例が有名。この治療により膝の痛みが改善され、自らがまわしをしめて部屋の弟子たちに稽古をつけることができその結果、昨年弟子の一人が十両に昇進を果たしている。この他、プロゴルファーの中嶋常幸も肩の負傷を治癒するために幹細胞治療を受けたことを明かしている。佐藤もご多分に漏れず効果を体感しているとし「劇的な回復力に自分自身驚きを隠せませんでした。今後は自身の実体験を通して、再生医療の普及や周知活動に尽力していく所存です」と前向きな姿勢を示した。
見直される健康の大切さ
2020年に本格化した新型コロナウイルス禍。数年間に及んで全世界的に人々の生活に影響を与えてきた。健康面への意識を見直す契機となり、スポーツ界でも今回の佐藤と似たような契約締結が見受けられる。
大規模な例を挙げれば、日本相撲協会が昨年、HIROTSUバイオサイエンスとオフィシャルパートナー契約を結んだ。同社は、嗅覚に優れた線虫という生物が人の尿中に含まれるがん特有の匂いを検知することを利用した検査「N-NOSE」を提供。最近では沈黙の臓器と呼ばれ、発見が難しいと言われるすい臓がん発見に特化した検査キットも販売を開始している。尿で結果が判定できるために検査の際に痛みもなく、ステージ 0や1 の早期にも反応するといい、がんの早期発見という観点からも期待されている。
同社は角界との関係構築により、国内はもちろん、海外でも知名度のある大相撲を通じて会社や検査をPRできるメリットがある。逆に相撲協会にとっては、希望する協会員が年 1 回無償で受検できる特典がある。芝田山広報部長(元横綱大乃国)は契約時に「相撲協会員の健康だけではなく、世の中すべての人々が健康であることが、その(協会の)活動の原動力になると考えております。HIROTSUバイオサイエンスの『N-NOSE』によってがんの早期発見、皆様の健康な生活ができることを祈念しております」と歓迎のコメント。特に力士は体が資本。金銭的なスポンサードとは異なるレベルで、検査という予防的な手法を用いて体のコンディションに寄与する契約となった。
ひと味違った契約が好結果をもたらすか
男子走り高跳びの日本勢は近年、世界でも奮闘している。2019年2月に戸辺直人(現在の所属はJAL)が2㍍35の日本新記録を樹立。世界室内ツアーで3連勝するなど日本選手初の同ツアー総合制覇を果たした。さらに同年7月には世界ランキングで1位に立った。昨年6月の日本選手権の公式練習でアキレス腱断裂の大けがを負い、同年7月の世界選手権(米国)には出場できなかったが、パリ五輪に向けて回復の道を歩んでいる。
その世界選手権では初出場の真野友博(九電工)が8位に食い込む健闘を見せ、日本勢初の入賞。またその後、夏場のイタリアでの国際競技会で立て続けに優勝した。着実に底上げが進んでいる様相を呈している。
五輪でも中心競技に置かれる陸上。東京五輪延期の影響もあり、近年は毎年のようにビッグイベントが行われる異例の状況になっている。2年前の五輪に続いて昨年と今年に2年連続で世界選手権。来年にはパリ五輪が開かれ、翌年の2025年9月には再び世界選手権が行われ、しかも会場は東京・国立競技場に決まっている。日本開催は1991年の東京、2007年の大阪に続き3度目で国別の単独最多。選手たちにとっては一旗揚げるには格好のシチュエーションと言える。
佐藤はパリ五輪に向け「日本人初のメダル獲得という目標に向けて、より一層精進してまいります」と決意。ひと味違った契約が好結果をもたらせば、アスリート個人とスポンサーの関係性において新境地を切り開くことになる。