金八先生と私 武田鉄矢インタビュー【中編】

還暦から合気道

——先日、刊行された『向かい風に進む力を借りなさい』(ビジネス社)は、ついに還暦を迎えるパート1の生徒たちに向けて書かれたエッセイ集ですが、合気道に関するコラムがたくさんありますね。

「尊敬する思想家で作家の内田樹さんの本を読み、抜き書きしているうちに興味を持って、65歳から合気道の稽古を始めました。天道流・合気道の清水健二管長に師事しています」

——武田さんはこれまで柔道や中国拳法もなさっていましたが、合気道はまた違いますか。

「合気道の面白さは、敵の捉え方がまったく違うことです。内田さんの本に『合気道は敵を歓迎する』という、ものすごい深い謎が書いてあったんです」

——武道というと、普通は敵を倒したり、制圧するイメージですよね。

「でも、合気道は歓迎するんです。だから、敵に対しても積極的には憎悪の感情を使いません。例えば、つかみ合いの喧嘩で、相手が『この野郎!』って殴りかかって自分を押してきたとしても、それを憎しみの表現とは捉えず、単に『(身体的に)あなたは押したいんですね』と解釈するというんです」

——う~ん。分かったような、分からないような……。

「あなたを倒そうとする者、あなたを除外しようとする者、あなたを憎む者。あなたに呪いをかける者。自分の行動を邪魔する者は、はたして、すべて敵でしょうか」

——敵ですよね。

「それを全部敵にしちゃうと、ものすごく息苦しくないですか」というのが内田先生からの反問で、私はそのあたりに引っかかったんです。還暦を回ってから合気道を始めた私に対して『年寄りの冷水だ』とかなんとか言って、妻も含めてね、自分の行く手を塞ごうとする人たちをみんな敵と呼んでしまうと、やがては自分の老いそのものが、敵になっちゃうなぁ、と」

——それが、敵を歓迎する合気道に繋がるわけですか。

「合気道では、老いに対してもアンチじゃありません。歓迎するんです」

大谷の二刀流

——今をときめく、メジャーリーグ・エンゼルスの大谷翔平選手の凄さを、合気道の視点から解説しているところも面白かったです。

「二刀流という言い方自体が、もうすでに武道、宮本武蔵ですよね。一剣でさえ重大な術理があるというのに、同時に二本構える。二本をコントロールすることによって、自分の剣技を磨く」

——約100年前に活躍したベースボールの神様、あのベーブ・ルース以来だそうで。

「だから、大谷はベースボールじゃないでしょうね。ピッチャー&バッターの2ウェイではなく、やはり日本語の『二刀流』、野球ですよ。大谷は、相手のバッターを睨んだりしないでぼんやり見ています。デッドボールになりかけたり、フォアボールで歩かされても睨んだりしませんよね」

——私はニュースで見るぐらいですが、いつも穏やかな目をしているなあ、とは思います。

「宮本武蔵ですね」

——えっ?

「武蔵は『ギッって睨むな』と言ったんです。睨むと絶対視野が狭くなるから、敵を全部しっかり見るためには、目付(めつけ)は穏やかであれと。やはり、大谷は武道的なんですよ」

サルの攻撃性

——いまの武田さんの課題は「力みを抜くこと」だと、『向かい風に~』に書かれていましたが、大谷選手はどうですか。

「力みは感じませんね。だからあんなに身体が動く。なんといっても、片膝ついて、右手一本でホームラン打つんですから。私はまだまだ力みが取れません。やっぱりどっかで人を脅しちゃうんでしょうね」

——攻撃的になってしまう、という意味ですか。

「この前読んだ文化人類学の本に、マウンティングと弱い者いじめはサルのときの遺伝子だという話がありました。サルの二大特徴は、社会全体の中でいじめと、上から目線をやりたがるマウンティング。ようするに私はまだ、サルとして戦っているんですが、大谷はもう人間になっちゃっているんです。
弱い者をいじめて、自分の力を確認する。人間はみんな、そうした本能を持っているそうです。その本能と戦いなさいと言っているのが、武道じゃないかな。サルの攻撃性とかボスザルの威圧感を排除しないと、本物の武道者にはなれない」

——やっぱり、金八先生だ。尊敬します。人間、生涯勉強ですね。

「いえいえ、私はいつでも、その狭間でゆらゆら。『母に捧げるバラード』でかあちゃんのことを歌ったら『マザコンだ』とか言われ、ならば反対に『思えば遠くへ来たもんだ』で老人のため息のような歌を作って。そうしたら、『なんだよ、年寄りじゃん』。なにを! じゃあ、これでどうだ」

——あっ、恋だってしたんだっていうところで「贈る言葉」! でも、「贈る言葉」が実は失恋ソングだということはあまり知られていなかったり。

「そう。あれは卒業式の歌ですよねって」

——で、何をおっしゃる、「あんたが大将」ですね(爆笑)。

「あなた、凄いね(苦笑)」

——すみません。

「なんというか、まあまあ、他人や世間は勝手なことを言うわけであってね。そこに対して『俺はそうは思ってないぞ』といきり立つ前に、その、悪口を言うような人たちを敵にしない。そのことを教えてくれたのが合気道だったんです。悪口を言う人の力を借りて、今回出した本のタイトル通り、前へ進む。自分でも、それがやっと少しできるようになったという気がしています」

金八先生と私 武田鉄矢インタビュー【前編】金八先生と私 武田鉄矢インタビュー【中編】

向かい風に進む力を借りなさい

武田鉄矢の人生はジェットコースターのように山あり谷あり。そして、自分でもいまだ原因がわからずじまいの「しくじりの謎」が数多くある。海援隊の紅白出場直後の人気の急降下、名だたるプロに教えを乞うても上達しないゴルフ、ずっと思い描いていたラストシーンにならなかった「3年B組金八先生」……。そうした若き日の「しくじりの謎」を74歳の今、読書や武道修業での学びを頼りに解明していく。「わからなかったことを判るために人は老いるのだから」と。 「3年B組金八先生」の初めの生徒たちが還暦を迎える今、かつての教え子世代への、老いにくじけず老いを味方につけるための授業が始まる……。 リー・トレビノや青木功プロとの思い出を綴った「打っちぃみい」、65歳で始めた合気道での道場生たちとの触れあいを描く「道場の四季」、四十数年を経て山田洋次監督の意図がようやくわかった「幸福の黄色いハンカチ」を含む19の痛快エッセイを収載。

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武田鉄矢
1949年、福岡県生まれ。歌手。俳優。1972年に海援隊のボーカルとしてデビュー。「母に捧げるバラード」や「贈る言葉」などヒット曲多数。1977年、映画「幸福の黄色いハンカチ」で、日本アカデミー賞最優秀助演男優賞受賞。1979年開始のドラマ「3年B組金八先生」は、30年以上にわたる人気シリーズとなった。現在は「武田鉄矢の昭和は輝いていた」(BSテレ東)、「ワイドナショー」(フジテレビ系列)に出演中。1994年よりパーソナリティをつとめる文化放送「武田鉄矢・今朝の三枚おろし」は、自ら選び読んだ本をテーマに語る長寿番組として愛されている


VictorySportsNews編集部