つまりジャーナリストたちがそれについての記事をまだ執筆中、または編集部が掲載の準備を進めているところに、このニュースが飛び込んできたわけだ。当然テレビもラジオもネットも、このニュースで埋め尽くされたのだから、ドイツサッカー連盟が長年の信頼関係にあると主張するアディダス社にとって良いタイミングだったとは考えにくい。もうすぐこのニュースを発信するメディアがあるらしいことを知った連盟が、公式発表を前倒しにしたという噂である。
「3本線の入ったユニフォームなしのドイツ代表なんて想像できない」、「70年来のパートナーをこんな風に扱うのはどんなものか」、「地元愛はないのか」といったドイツサッカー連盟に対する失望と憤慨の声が政治を含むあらゆるところで起こり、翌日にはドイツサッカー連盟幹部が鎮静のためにコメントを出すくらいだった。
連盟の言い分としては、現在置かれる経済状況と法的なことを考えると、こういう決断に至ったのはごく当然で、ここまでの騒ぎになるのは想像していなかったというのだ。良い方のオファーを選ばないわけにはいかなかった、政治家たちの批判的発言は人気取りパフォーマンスであると。
元ドイツサッカー連盟会長のテオ・ツワンツィガー(任期2006-2012年)も、ツァイト紙のインタビューで、「DFBに他の選択肢はなかった。経済的にも法律的にも」と、現会長ベルント・ノイエンドルフたちの決定を擁護している。ツワンツィガーが会長だった2007年にも、アディダスとの契約延長交渉中にナイキからその5倍、年5000万ユーロのオファーが届いた。しかしアディダスが当初言っていた上限の1000万ユーロから2000万ユーロにオファーを倍増したため、ドイツサッカー連盟はナイキの半額以下だったにも関わらずアディダスを選んだ。今回は当時とは違い、連邦カルテル局や政治からの圧力もあって入札の過程を経た末の決定なのであるから、「後になって競争が決定することに対して誰も文句は言えない」、「価値観とか伝統についての議論には、常に偽善が伴う」とツワンツィガーは語っている。
2027年から2034年までの契約に、ナイキがオファーしたのは年間1億ユーロ以上だと伝えられている。一方のアディダスは年間5000万ユーロ。落ち着いて考えれば、アディダスとの付き合いが長いからといってナイキのオファーを断れるほどの余裕は今のドイツサッカー連盟にはない。2006年W杯招致をめぐる脱税問題、DFBキャンパスの建設・維持費が嵩んで台所事情は厳しいのである。
ビルト紙の行ったアンケートでは、85%が「アディダスの方が良い」、15%が「ナイキの方が良い」と答えているが、テレビ局RTLの依頼でフォルサが行ったアンケートだと53%が「変更は良くない」、7%が「良い」、40%が「どうでもいい」、36%は「理解できる」としている(いずれも3月22日の統計)。
ドイツにもサッカーに興味のない人たちは少なからずいる。その人たちにとってはアディダスかナイキかはあまり関心がないし、サッカーファンの中にも、伝統より現実重視の人もいるだろう。それにアディダスは、ほとんどの商品を海外で製造しており、真の意味で「ドイツ企業」と言えるのかどうか、という意見もある。今夏の欧州選手権に出場する24カ国を見渡しても、自国のスポーツブランドがサプライヤーであるのは、ヒュンヘルのデンマークくらいである。(下に一覧)
「ドイツはアディダスのユニフォームを着てW杯を4度制覇している」というロベルト・ハーベック経済相の発言も間違いだった。1954年大会優勝の際にドイツ代表が来ていたユニフォームはLeuze、1974年大会はErimaのものだった。「ドイツ=アディダス」というイメージがどれだけ浸透していたかがわかる。
ツワンツィガー氏は「もしかすると事実は全く正反対で、私たちの長年のパートナー(アディダス)が、(ドイツ代表のサプライヤーであり続けることに)興味を失ったのかもしれない。私の印象では、アディダスはもう本気ではなかった、少なくとも、何がなんでもというわけではなかった」とも言っている。
真相はいかにせよ、欧州選手権開幕まで2ヶ月。ドイツ代表の活動拠点はよりによってヘルツォーゲンアウラッハのアディダス本社敷地内にある宿泊施設と決まっている。ナイキへの変更が発表されてからアディダス側のコメントは見かけないが、微妙な関係となったDFBとアディダスは、うまく付き合って、共に「有終の美」を飾れるのかどうか。2026年にはW杯もある。
欧州選手権に出場する各国代表24チームのサプライヤーは以下の通り。
ドイツ adidas
スペイン adidas
スコットランド adidas
フランス NIKE
オランダ NIKE
イングランド NIKE
イタリア adidas
トルコ NIKE
クロアチア NIKE
アルバニア Macron
チェコ PUMA
ベルギー adidas
オーストリア PUMA
ハンガリー adidas
セルビア PUMA
デンマーク hummel
スロベニア NIKE
ルーマニア JOMA
スイス PUMA
ポルトガル NIKE
スロバキア NIKE
ポーランド NIKE
ウクライナ JOMA
ジョージア Macron
EURO2024を直前に控えるサッカードイツ代表の決断 「アディダス」から「ナイキ」の衝撃
3月の代表ウィークに、ドイツ代表が2027年よりアディダスではなく、ナイキのユニフォームでプレーすることが発表された時の衝撃は大きかった。ドイツ代表はフランス代表との親善試合に向けて準備中。ヘルツォーゲンアウラッハのアディダス本社では、6月にドイツで開催される欧州選手権のユニフォーム発表会が行われていたようだ。
3月21日、ドイツサッカー連盟(DFB)は2027年から『ナイキ』が新たなサプライヤーとなることを発表した ©️Hasan Bratic/DPA/共同通信