改めてエスコンフィールドの魅力を認知させるきっかけとなった今回のダルビッシュの発信だが、開業2年目を迎えた2024年シーズンも同球場への注目度は高かった。主催試合の観客動員数は年間207万5734人で、1試合平均2万8830人。これは札幌ドームを本拠地にしていたコロナ禍前の2019年に記録した197万516人、2万7368人を上回るもので、盛り上がりぶりは数字に表れている。また、エスコンフィールドを含む「北海道ボールパークFビレッジ」を運営する株式会社ファイターズスポーツ&エンターテインメント(FSE)の2023年の売上高は215億円、経常利益は約23億円。リーグ最下位だった2023年から2位に躍進し、クライマックスシリーズで主催試合を行った今季は、さらなる増収が見込まれている。
なぜエスコンフィールドは、そこまで人を惹きつけるのか。一つの要因として考えられるのが、「野球」にとどまらず、他企業と連携して「一緒に街を育てていこう」という意識でビジネスを展開している点だ。札幌を離れ、北広島市に移転となった日本ハムの本拠地・エスコンフィールドは最寄り駅(JR千歳線・北広島駅)から2キロ近く離れており、決して交通の便が良い場所ではない。当初は集客面への不安を指摘する声も多く見受けられた。
そもそも、札幌の市街地と新千歳空港の中間に位置する北広島市は総人口5万6000人ほどの都市で、195万人を擁する札幌市とは商業規模でも比較にならない。そこでビジネスを成り立たせるには、「野球」にとどまらない「ボールパーク」としての魅力を広く発信し、外から人を集めるための「街づくり」や「観光地化」を進めていく必要があった。
球場を含むFビレッジエリアは全体で32ヘクタールもの広さがあり、そのうち球場が占めるのは6分の1ほど。レストラン、遊戯施設のほか、ダルビッシュが宿泊したホテルや温泉・サウナを備えた「TOWER11」があり、試合開催日以外も人が足を運んで楽しめる工夫がなされている。球場自体も試合のない日は一部シートなどを無料開放し、さまざまな施設、サービスを稼働させている。
2023年の来場者、年間346万人のうち野球観戦以外の目的で訪れたのは約4割。非試合開催日の来場者は平日で4500人、休日は1万人を数え、北海道外からの来場者も札幌ドーム時代の10%から30%ほどに伸ばしている。北海道屈指の人気観光スポット、旭山動物園の年間来場者数(約130万人)と比較しても、その盛況ぶりは明らか。経営計画では、2028年に年間来場者数約700万人、試合観戦以外の来客7割、60~70億円の追加売上を目指すとしている。
敷地内には不動産開発大手、日本エスコンによる全119戸の分譲マンション「レ・ジェイド北海道ボールパーク」も建設され、86平米で5000万円台と東京郊外のマンションが購入できるほどの価格帯で分譲された。それまでの北広島市の相場を覆す値付けにも関わらず完売。それもFビレッジ、北広島市という街の今後に期待感があるからこそ。事実、同マンションの中古市場の取引価格は販売価格を上回る勢いで、周辺には新たな分譲マンションが建ち、2028年夏頃には新駅の設置や北海道医療大学の移転も予定する。ボールパークビジネスが新たな街をつくり、新たな人の流れを呼んでいるわけだ。
「街づくり」という大規模なプロジェクトを可能にしたのは、新たな発想だった。それが、FSEの常務取締役事業統括本部長を務め、プロジェクトを牽引した前沢賢氏が掲げる「共同想像空間」というコンセプトだ。これまで球団、球場の運営といえば、まず考えられたのが広告看板などのスポンサーを募る手法。球団は「広告をください」「支援してください」という立ち位置で、外部の企業・人からの協力を得て、自らの活動費に充てるのが“常識”だった。しかし、FSEは自ら何から何まで運営するのではなく、例えば日本エスコンのようなパートナーとなる外部の企業を巻き込み、「一緒に育てていこう」という姿勢で、大きなうねりを生み出している点が新しい。
「共同想像空間」のコンセプトを表す一つの例として、エスコンフィールドのバックネット裏プレミアムエリアにあるラウンジ「DIAMOND CLUB LOUNGE sponsored by ANA」も挙げられる。その名の通り、ANAとのパートナーシップ契約により実現したサービスで、食事とドリンクがオールインクルーシブで楽しめる空間となっている。接客はANAグループのANAスカイビルサービスが担当しており、空港のビジネスラウンジを球場のVIPエリアで再現したかのようなプレミアム空間を演出。このサービスを体験した関係者は「シンプルにANAからお金をもらうだけでなく、ビジネスの横展開として一緒に広げていく意志を感じた」という。
農業機械大手クボタは、Fビレッジ内で「KUBOTA AGRI FRONT」という農業学習施設を手掛けている。北海道産のコメやフルーツなどを使ったメニューを展開するカフェのほか、農業に関する課題などを学べる施設見学や農業経営シミュレーションゲーム「AGRI QUEST」を楽しめるツアープログラムを展開。80分のツアーが300円と気軽に参加でき、食と農業の未来を考えるきっかけを来場者に与えている。
「DIAMOND~」は試合がない日も企業の会議やウエディングなどで利用可能で、「KUBOTA~」も常時運営されている。全国の有名飲食店が集う「七つ星横丁」は4~10月の土日は試合がない日もオープン。球場運営は年間70試合ほどの開催に限られ、効率性の低いビジネスとして捉えられてきたが、こうしたアイクティビティやサービスが試合の有無に関わらない賑わいをFビレッジに生み出している。
FSEの前沢氏は、かつて横浜DeNAベイスターズで取締役事業本部長を務め、当時の池田純球団社長のもと、閑古鳥が鳴いていた横浜スタジアムに人を呼び、球場の買収などで赤字を黒字に替えた経営改革の礎を築いた人物の一人。そのFSEの取り組みは、マスコミなどでも大きく取り上げられた。FSEのボールパークビジネスには、そうしたベイスターズ時代に培ったノウハウが確実に生かされている。
一方で、エスコンフィールド周辺には横浜の街のような大きな商圏がもともとなく、横浜スタジアムと異なり、遠くからも人を集め、街自体の賑わいを創出する必要性がある。ベイスターズは、あらゆるものをコントロール下に置いて運営することで「ベイスターズブランド」を築き、それをコンテンツとするという新たな潮流をプロ野球界にもたらした。エスコンフィールドは、さらに球場から一歩踏み出し、パートナーと一緒に街を育てるという“融和路線”で、また新たな可能性を示している。
ビール一つとっても、姿勢の違いが見える。ベイスターズは「BAYSTARS ALE」「BAYSTARS LAGER」といった球団オリジナル醸造ビールを球界で先駆けて導入。外部企業に醸造自体を依頼しながらも、レシピや味の調整まで細かく吟味し、自社ブランドとして球場内限定で楽しめる飲食を来場者に提供している。エスコンフィールドでも中堅バックスクリーンにある醸造所でオリジナルのクラフトビールを提供しているが、こちらは「そらとしば by よなよなエール」というレストランを運営するなど「よなよなエール」との関係性を前面に打ち出している点が特徴的だ。ボールパークビジネスに詳しい広告会社関係者は「味の尖り具合などはベイスターズに一日の長があるかもしれないが、エスコンはよなよなエールという外部の企業と一緒に広がろうというコンセプト。そこにポイントがある」と説明する。
エスコンフィールドのコンコースにはドジャースの大谷翔平投手、パドレスのダルビッシュ有投手と、ファイターズから巣立った世界的スターの肖像画もあり、日本、米国のほか、野球人気が高い韓国、台湾などからの観光客に好評を得ている。インバウンド向けのスタジアムツアーも実施するなど、新千歳空港から至近であることもうまく活かすことで、北海道観光のハブとして観光名所化を実現している点も見逃せない。
実は、日本エスコン(51%)、FSE(34%)、ディー・エヌ・エー(15%)の3社は、スポーツを含むエンターテイメントに特化した不動産開発、国内スタジアム・アリーナを核としたまちづくりプロジェクトへの事業参画・サポート等を目的とした新会社「株式会社エスコンスポーツ&エンターテイメント」を2023年12月に設立している。ベイスターズ、ディー・エヌ・エーは、横浜スタジアム最寄りのJR関内駅前で進行中の「横浜市旧市庁舎街区活用事業」の開発グループに名を連ね、大規模複合施設「BASEGATE横浜関内」に日本最大級の常設型ライブビューイングアリーナ「THE LIVE」などを2026年春に開業することを11月13日に発表。やはり、街づくりへの関わりをより強めようとしている。年々進化を続けるボールパークビジネス。その可能性、枠組は広がるばかりだ。