文=木曽崇(国際カジノ研究所所長)

カジノ合法化とIR導入はまたとないビジネスチャンス

本論に移る前に、事前知識として世界でどれほどスポーツベットが盛んに行なわれているか、シンガポールやラスベガス、アメリカ各地の事例をもって解説させていただきたい。

先日「不可解な判定負け」と報じられた、村田諒太のWBAミドル級王座決定戦。この試合は東京・有明コロシアムで行なわれたが、比較的重量の大きいクラスのタイトルマッチはラスベガスのカジノで開催されることが定番となっている。では、その理由はご存知だろうか? それは、「勝負ごとの好きな富裕層」というボクシングが抱えている顧客層が、カジノが積極的に誘致したい顧客層と重複していることに起因するものだ。

近年では、中量級のボクシングのタイトルマッチは、アジアにおけるカジノの一大市場であるマカオのカジノが積極的に開催誘致を行なっている。この種の大きな格闘イベントの興業主にとって、完全に「売り手市場」ができあがっているのだ。

格闘技のみならず、モータースポーツの世界でも同様のことが言える。マカオ、モナコ、そしてラスベガスと、世界には複数のカジノが集積するカジノ都市がいくつか存在するが、これらカジノ都市が同時にマカオGP、モナコGP、そしてNASCARと「モータースポーツの聖地」であることは偶然ではない。先にご紹介した格闘技と同様に、モータースポーツの抱える顧客もまたカジノが喉から手が出るほど欲しい「勝負ごとの好きな富裕層」に該当する顧客層であり、各カジノ都市はその種のモータースポーツイベントの誘致を積極的に行なっている。

我が国よりも先行する形でカジノ合法化を果たし、2010年に二軒の統合型リゾートが開業したシンガポールでは、それらの施設の開業に先駆け2008年からシンガポールGPが開催されている。当然ながら、これも同国のカジノ合法化と連動した動きだった。我が国においても格闘技やモータースポーツなどカジノと親和性の高いコンテンツを保有している興業主にとって、今回のカジノ合法化と統合型リゾートの導入はまたとないビジネスチャンスであるといえるだろう。

スポーツチーム誘致ラッシュに沸くラスベガス

次に挙げられるカジノとスポーツビジネスとの連携可能性が、スポーツアリーナ開発とカジノの連携であろう。

現在、アメリカンフットボール業界で最もアツい注目を浴びている話題のひとつは、レイダースのラスベガス移転だろう。レイダースは、アメリカで圧倒的な人気を誇るスポーツ興業であるNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)に所属するフットボールクラブ。今年に入って、長らく本拠地としてきたカリフォルニア州オークランドから、ネバダ州ラスベガスへ移転することを正式に発表した。

レイダースがこれまで本拠としてきたオークランド・アラメダ・カウンティ・コロシアムは1966年完成の伝統あるアリーナだが、長年の使用による老朽化が大きな問題となってきた。アリーナ建て替えの費用確保も難しい中で持ち上がったのが、ラスベガスへの移転だ。

ネバダ州の州議会は、レイダース移転に伴うスタジアム建設に必要となる17億ドル(1,887億円)に対して、およそ45%に相当する7億5,000万ドルを上限とする公的資金投入を約束した。これが決め手となり、今年3月に行われたオーナー会議においてネバダ州ラスベガスへの本拠地移転が決定した。ラスベガスではこれより急ピッチでスタジアム建設が進められ、早ければ2019年には「ラスベガス・レイダース」が誕生することとなる。

ちなみにこの他にも、実はラスベガスでは昨年末にNHL(北米・プロアイスホッケー・リーグ)に所属する新チーム「ゴールデンナイツ」の組成も決定しており、現在、プロスポーツチームの誘致ラッシュといっても良い状況だ。当然ながらこの公的資金投入の背景にあるのは、州政府に豊富な税収をもたらしている域内のカジノ産業の存在であるのは間違いない。

多機能アリーナのお手本「リコー・アリーナ」

同様に各種スポーツアリーナの建設において、大きな注目がなされているのがカジノ施設とスポーツアリーナそのものの複合開発、すなわちスポーツをテーマとした統合型リゾートの開発だ。

近年、単純なスポーツアリーナとしての機能のみならず、様々な複合的な付帯設備を有したアリーナの開発は世界的に注目が集まっている。我が国においてもプロ野球を中心としてこのような多機能型の複合アリーナ開発の事例が増加しつつあるが、そのような多くの多機能型アリーナがお手本のひとつとしているのがイギリスの「リコー・アリーナ」だ。

リコー・アリーナは、現在イギリスのサッカー3部リーグに所属するコヴェントリー・シティFCがフランチャイズとしているスタジアムだ。同施設は併設施設としてカジノ、ホテル、各種国際会議施設、ショッピングセンターなどを保有しており、まさに現在日本で構想されている統合型リゾートと同様の施設構成となっている。このようなスポーツアリーナに併せた多様な商業施設の開発は、オンシーズンとオフシーズンで繁閑差が生じてしまうスポーツアリーナを補完し、その収益性を高める施策として期待が高まっている。

実は、このようなカジノを含んだ様々な商業施設を併設したスポーツアリーナの開発様式は、すでに我が国の政府内でも研究が進められている。今年5月に行なわれたカジノに関する政府会合においても、スポーツ庁がまとめた資料の中で統合型リゾートを中核としたスポーツ振興案が披露された。スポーツ庁としては、我が国における統合型リゾート整備を契機として「スポーツの成長産業化」を実現したい構えなのだ。

2015年、全米初の「賭けバスケ」公式大会が開催

そして最後のカジノとスポーツの連携可能性が、スポーツベットの合法化だ。スポーツベットとは、スポーツの試合結果に対して金銭を賭けるゲームの一種であるが、前出のネバダ州などでは野球、アメリカンフットボール、アイスホッケー、ボクシング、モータースポーツなど、広範なプロスポーツが賭けの対象となっている。

この種のスポーツベットはヨーロッパの多くの国々では広範に提供が認められており、インターネット上でも多数のサービスが展開されている。しかし、アメリカでこのようにスポーツベットを広範に認めている州はネバダ州のみ。アメリカ人が国内でスポーツベットを楽しむためには、ラスベガス等のカジノ施設を実際に訪れなければならない。実は、これこそがラスベガスが誘客力のある各種プロスポーツの誘致を積極的に行なっている理由のひとつでもある。

一方、ラスベガスと同様に米国を代表するカジノ都市として知られる米国東海岸の都市・ニュージャージー州アトランティックシティでは、試合結果を賭けの対象とするのではなく、プレイヤー自身が積み上げた参加費を原資とする賞金制トーナメントゲームのスポーツ分野への拡大が実験的に行われている。

このような賞金制トーナメントは伝統的にはポーカーなどを対象として行なわれてきたものであるが、2015年2月、アトランティックシティ随一の高級カジノとして知られるボルガータ・リゾートは優勝賞金100万円の「フリースロー」トーナメントを開催した。このトーナメントは、各プレイヤーが参加費20ドルを支払った上でバスケットボールのフリースローのトーナメント対決を行い、優勝したプレイヤーが賞金を得る形式のものとして行われた。

いわゆる「賭けバスケ」にあたる行為であるが、このようなトーナメントが公式に行政から認められカジノで開催されるのは全米初のこと。腕に覚えのあるバスケットボールプレイヤー達約1,000人が全米から集結し話題となった。ニュージャージー州カジノにおけるこの種の賞金制トーナメントの実施は未だ実証実験の段階にあるものであり、正式な導入決定を経たものではないが、ニュージャージー州では今後この分野の賭けをさらに拡大する方向で検討を行っている。

日本にスポーツベット(賭けスポーツ)が実現する可能性は?

では、我が国のカジノ合法化に伴って、スポーツベットの実現はあるのだろうか? 結論をいえば、その実現までには未だ多数のハードルが残されており、現時点での実現可能性はかなり低いといわざるを得ない。 
 
最大のハードルとなるのが、社会合意の獲得だろう。我が国では、すでにサッカーの試合結果を賭けの対象として扱う宝くじの一種である「totoくじ」が合法とされているが、実はこのtotoくじを所管する文部科学省および、一般に「文教族議員」と呼ばれる文部科学行政に造詣の深い国会議員の間では、長らくこのtotoくじの拡大が論議されてきた。

論議の対象となってきたのは、現在サッカーの試合結果のみを対象としているtotoくじを、プロ野球やプロバスケットボールの試合にまで拡大することだ。この構想は2015年に与野党の国会議員でつくるスポーツ議員連盟(麻生太郎会長)においても導入検討チームが組成され、その増収分から2020年の東京オリンピックの各種整備費用の不足分を調達するなど、かなり具体的な構想まで挙がっていた。

ところが、この構想が議員と文科省の間で具体的に進められ始めた直後に、スポーツと賭博にまつわる大きな社会問題が発生した。2015年、マスコミ各社は読売巨人軍に所属する現役のプロ野球選手達による違法賭博への関与を一斉に報道。この問題は、最終的に現役プロ野球選手4名の失格処分にまで繋がった。またその後、2016年にはバドミントン日本代表選手らによる違法賭博への関与が発覚。多数のバドミントン選手が違法な闇カジノに頻繁に出入りしていた事が判明し、2名の有力選手が出場停止処分となり、リオオリンピックの代表選出にも影響を与えた。

両事件の発生は、「totoくじ拡大構想」に大きな影を落とした。賭博とスポーツの関係が改めて問題視される社会状況の中で、totoくじ拡大に関する社会的合意を得ることは困難であるとして、構想は完全に頓挫してしまうこととなった。現在、2020年の東京オリンピックの開催を巡って各種整備費用の不足が様々な形で問題化しているが、実はこの財源問題はこれまでご紹介した一連の問題の中で発生したものでもあるのだ。

ちなみにtotoくじの野球やバスケットボールへの拡大は実現しなかったものの、現在行なわれているサッカーを対象としたtotoくじ売上の10パーセントはオリンピック開催の為の整備費用として利用されている。東京オリンピックのメインスタジアムとなる国立競技場の整備費用の半分以上は、実はtotoくじの売上の中から拠出されているものだ。

いずれにせよ、スポーツと賭博に関連する社会的事犯が続いた我が国において、しばらくの間、それを賭けの対象としたサービスの拡大に関する論議は難しいものとなるだろう。日本で新設されるカジノに採用されるゲームとしては、まずポーカーなどカジノで伝統的に採用されている「頭脳スポーツ」系のトーナメントゲームの導入あたりから論議をスタートさせ、その論議を近年同様にカジノでの採用が広がっているeスポーツ系競技の分野に広げながら、徐々にその他のスポーツ分野に論議を拡大してゆくようなアプローチが有効ではないか。「いちカジノ専門家」としては、そのように考えている次第だ。

<了>


木曽崇

国際カジノ研究所 所長。国内数少ないカジノ産業の専門研究者です。カジノを中心に観光、エンタメ、ギャンブルに関するつぶやきを配信します。 6月15日に「夜遊びの経済学 世界が注目するナイトタイムエコノミー」(光文社)発売予定。その他代表書に「日本版カジノのすべて」(日本実業出版社)など。