文=向風見也
熊谷開催の6試合を興行ゲームとして実施
4年に1度行われるラグビーワールドカップ(W杯)の日本大会が2019年に訪れるにあたり、この国の楕円球界は岐路に立たされている。
2015年のイングランド大会で日本代表が歴史的3勝を挙げたことで一大ブームが巻き起こったが、2年が経ち、盛り上がりは収束。国内最高峰であるトップリーグの昨年度の公式総入場者数は、2015年度の約49万人から約3万人も減らした。
どうすれば、ラグビー場に人を集められるのか。その議題にヒントを投げかけるのが、13-14シーズンから15-16シーズンまでトップリーグを3連覇したパナソニック・ワイルドナイツである。
現在開催されているトップリーグ17-18シーズンにあって、埼玉の熊谷陸上競技場での計6試合を興行ゲームと位置づけ。真剣勝負をイベントに昇華させる。
熊谷市はW杯日本大会の開催地のひとつだ。2018年には目下改築中の熊谷ラグビー場が計3万人収容(常設2万4千席、仮設6千席)のスタジアムと化す予定だ。自治体には、W杯に向けて運営力を高めたいとの思いがあった。
そこで群馬県太田市で活動するパナソニックが、埼玉県ラグビー協会(県協会)とタッグを結成。トップリーグを主催する日本ラグビー協会(日本協会)から試合開催にまつわるすべての業務を引き受けた。
試合当日の運営や事業収支は埼玉県協会が、ファンサービスの企画立案はパナソニックが行うよう役割を分担。集客は、熊谷市の力も借りながら両者で行う。
収益は一部を日本協会に上納するものの、ほとんどはパナソニックと埼玉県協会でシェアする。スタジアムに人を集めた分だけ利益が得られるのだから、自ずと知恵を絞る。観戦以外の来場動機を、多角度的に作り上げる。
まず、試合に出ない選手による子ども向けのラグビー教室を毎回実施することにした。さらにはグラウンド入口前の大広場を活用し、「グリルチキンサンド」「富士宮やきそば」などの露店を次々と並べた。試合の多く組まれる秩父宮ラグビー場が飲食物販売を弱点としてきただけに、熊谷の青空フードコートは魅力的だった。
リーダーシップを取るのは、笠原一也氏だ。パナソニック企業スポーツセンター特命渉外担当という肩書きを持つ。元卓球選手で、過去にはバレーボールV・プレミアリーグのパナソニック・パンサーズの試合の興行化も主導。集客力アップのプロセスを知る。
「ホームゲームとして行うことで、より内容の濃いファンサービスができる。お客様が来て楽しいと思えるように色々な仕掛けをします」(笠原氏)
ラグビーには、試合が終われば敵と味方が関係なくなるノーサイド精神という概念が根付く。日本の楕円球界は、特にこの考え方を美徳としてきた。そのため、他競技で常識化したホームアンドアウェーの発想が根付きにくかった。
しかし、普段はクラブ内で外国人スタッフや選手の通訳をしている村上泰將氏も「ラグビー独自の文化があるのもわかりますが、他の競技や海外のラグビーの試合を観ていても、盛り上げるにはホームゲームという要素は大事」と言い切る。
確かに、五郎丸歩を擁するヤマハは静岡県磐田市のヤマハスタジアム、古豪の近鉄ライナーズは東大阪市の花園ラグビー場(現在改修工事中)での試合をホームゲームと位置づけている。興行権こそ日本協会に預けているものの、本拠地のゲームを地元ファンのモチベートに繋げている。
チームを持つ企業が地域協会とコンビを組んで、「おらが町のゲーム」を売り出す今度のチャレンジ。その推移に注目が集まる。
国際親善試合での手応えと学び
興行ゲームの開催に弾みをつけるイベントが、開幕1週間前の8月11日にあった。8日からの「グローバルラグビーフェスタ2017埼玉・熊谷」というイベントの目玉企画として行われた、パナソニックとハイランダーズの国際親善試合だ。ハイランダーズは国際リーグであるスーパーラグビーの2015年シーズンを制したニュージーランドの強豪。パナソニックの田中史朗も2016年まで在籍していた。
イベント開催にあたり、埼玉県、熊谷市、埼玉県ラグビー協会、そしてパナソニックの4者が実行委員会を編成。老若男女の満足度を高めるべく、豊富な座席を用意した。
高校生なら500円で入れる自由席を作った一方、グラウンドレベルに設置したバックトラック席は前売り12000円。やや高額だが、試合後の芝で選手たちと集合記念撮影ができるメリットをつけた。
さらに驚きを与えたのは、前売り20000円の「メイン(指定)おもてなしシート」だった。
笠原氏によれば、県協会や自治体からは異議が集まった「おもてなしシート」が、結果的に最も多くの問い合わせを受ける席種になった。座るのはメインスタンド上段の来賓席で、室内ではケータリングによる軽食やアルコール、ソフトドリンクが取り放題。両チームのロゴがデザインされた非売品グッズ計5種類、敷地内の駐車場を優先利用できる権利なども付与され、ゆっくり試合を観たい層に受けたという。
笠原氏は、Vリーグ時代を思い出して言う。
「それまで役員が座っていたコートサイド1列目の席を、チケット代1万円でお客様に販売し、試合後にはコートで選手と写真が撮れるようにして、満足して帰っていただくようにしました。すると、そこから席が埋まるようになったんです。そして、この席をその年のホームゲーム計6試合分のシーズンチケットとして特別価格で売って、定着していきました。ラグビー界でもこのような新しい試みをして色々なところに取り上げられたら、少しずつでも盛り上がっていくと思います」
7月初旬時点で売れたチケットは700枚程度も、当日の公式入場者数は「11362人」を記録。熊谷陸上競技場の最大集客数は約15000人なだけに、大盛況の趣が作られた。来場者には再入場券の代わりに蛍光ライト付きのブレスレットを配っていたので、試合が終わっても青やオレンジの明かりがチカチカと灯った。笠原氏は「いままでにない、インパクトのある企画ができたのが良かった」と収穫を語る。
この催しは、ワールドカップを迎え入れる熊谷市へのカンフル剤としても機能しそうだ。陸上競技場や改築後のラグビー場などを含む「熊谷スポーツ文化公園」は、最寄りの熊谷駅から5キロほど離れた場所にある。交通面でのデメリットが喫緊の課題となっているなか、笠原氏は臨時バスの充実以外にも熊谷市へのリクエストを出す。
「2500台分の駐車場は満杯になりました。臨時バスを利用された方から会場へ行くのに、時間がかかったと聞きました。熊谷市を通して信号のコントロールはしていただきましたが、駅から会場までの道は混雑したようです。県と市には、立体駐車場を作ってくれないかという話をしました。W杯の頃は、今回の約3倍の人が来ますから」
大規模なスポーツイベントを運営して出たこれらの実感を、熊谷市におけるW杯本番時のオペレーションに繋げたいという。
最初の興行試合はほろ苦い結果に
成功裏に終わったハイランダーズ戦の後は、苦い結果も待ち受けていた。8月25日にあった今季最初の興行試合は、公式入場者数がわずか「3380人」。昨季の1試合平均入場者数を約2000人も下回った。
ハイランダーズ戦のチケット発売が5月下旬だったのに対し、トップリーグのチケットの一般発売は開幕1カ月前から。キヤノンとの国内戦とあってカードの希少性も比較的乏しく、十分な告知ができなかったのだろうか。
笠原氏は、スタンドに多くの空席を作ったのはハイランダーズ戦後のバーンアウトが理由だったのではと分析する。
「私としては県や市にスポーツを盛り上げるのに必要な市民優待チケットの販売を頼んでいたのですが…。ハイランダーズ戦で上手くいったから、今度も何もしなくても上手くいくと思ったようなのです。チームもハイランダーズ戦(の集客)には賭けていて、毎日チケット販売をしていました。ただ、それが終わってからはトップリーグも開幕し、試合も始まって…」
取材に応じた29日には、「いまは大阪にいるのですが、これから夕方には熊谷へ行きます」。自治体への奮起を促しつつ、今度の失敗を次の成功への糧にしたいと言った。9月23日にはトヨタ自動車を熊谷へ呼ぶ。
「県と市には、メールを入れさせてもらいました。契約は1年です、ワールドカップがあるからと言って、来年も興行ゲームができる保証はありません、と。選手には満員の状況で 試合をさせてあげたい。それにはチームや協会だけではなく、県や市の絶大な力が必要。今回のことは逆に、あってよかったとも思っているんです。ハイランダーズ戦でお客様を集めたからと言って集客を油断していると、あのような(約3000人という)結果になることがわかったので」
さらに具体的な日取りこそ明言しなかったが、「ある試合」ではスタンドを青く染めるという企画を考えている、とも明かす。
青いジャージをまとうパナソニックは10月21日、昨季王者のサントリーとホームで激突する。笠原氏は展望する。
「リーグで一番面白くなるその『ある試合』で1万人を入れられなければ、ホームゲームをやる価値はなかったということになる。その、危機感は持っています。スタンドのブルーと選手のブルーが一体となって試合ができれば、非常に盛り上がる。それで他のトップリーグのチームが『自分たちもこのようなホームゲームをやってみたい』と感じていただくようになれば…とも思っています」
2019年のワールドカップ後にも残る文化を
日本協会首脳らは、2019年のW杯の成功を至上命題とする。ワールドカップは、各種イベント開催への大義になっている。
一方で心配されるのが、W杯後のラグビー人気だ。日本代表の躍動に国民感情がリンクしたり、世界中のファンが一斉に来日したとしても、大会が終わればラグビーへの関心が一気に薄れるのは2015年以後の経緯を見れば容易に想像できる。
今年4月に日本協会入りした瓜生靖治氏は、「トップリーグネクスト」と呼ばれるプロジェクトをけん引、各クラブにアカデミーを持たせて引退選手の指導者転身を促せるようにしたいとするなど、中長期的な視野でのリーグ隆盛計画を明かす。真に危機感を募らせる人は、正当なアクションを起こしている。
笠原氏は、W杯以後を見据えればこそホームゲームという興行が必要なのだと強調する。
「オリンピックが終わった2020年以降は、各チームがホームタウンを持って各地を盛り上げてゆく。そうして、ラグビー全体の盛り上がりを継続させられる。運営がプロにならないと、プロ野球やJリーグに離されます。そうならないためにも、いまの盛り上がっているうちにホームゲーム制を確立させたいと思います」
パナソニックの興行ゲームは、ラグビーの魅力を一般市民へ伝播する触媒となるか。その勝負は、実施初年度から始まっている。
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