「見える化」に留まるケースが多い
久永啓(以下、久永) サッカーの技術・戦術が洗練される中、さらなる向上にはデータ活用が絶対に必要だと思っています。それには、専門家の方のご意見をいただくことがプラスになるんじゃないかなと思い今回、西内さんを巻き込ませていただきました。
基本的にJリーグクラブには、分析担当スタッフがいます。J1クラスであれば分析専門のスタッフがいることもありますが、コーチとの兼務が多いです。私もサンフレッチェ広島で分析担当をしていた時期がありますが、基本的には映像を編集し、選手やスタッフに見せ、視覚的にフィードバックするのが仕事でした。
最近になって「トラッキングデータも使えたら」という話も出るようになりましたが、いかんせん効果的な使い方がなかなか分からないという声が多い。われわれデータスタジアムも「データを使ったら、もっとこういうことができます」といった提示の仕方に課題があるのが現状です。
西内啓(以下、西内) サッカーだけでなく、日本企業でも同じような問題があります。データを取っても、「見える化」で終わってしまっている。例えば、毎週担当している商品の売上がいくつあったのかは全国のPOSデータから取ることができます。「週販」という概念があって、週にコンビニ1店舗あたり何個以上売れれば合格みたいな指標です。下回っているなら売れるように販促費用をかける、商品を撤退させ新しい商品を入れる、そういうやり取りがあったりします。
サッカーで言うなら、例えばある選手がどのくらいパス成功率があるのか毎試合チェックしたとき、「このぐらいできるはずなのに下回っている、他の選手に変えたほうがいい」「休ませたほうがいい」「いや、頑張って練習させよう」とか、モニタリングを数値化したうえで判断することはできていると思うんです。
昔であれば「なんだか分かんないけれど、アイツなんだかしんどそう」とか「あの選手と組むと元気がない」「このシチュエーションだとうまくいってない」といったようにフワッと捉えていたものが、データで表せるようになって現状把握できるようになったのは大きな進化。ただ、そこで止まっているんですね。
データに落とし込めないものは意外と少ない
西内 「どうしたらいいか」と聞かれて何を提案するかというと、まずゴールはどこかを明確化すること。例えば球団全体、チームのマーケティングや経営という話だとお客さんが入る試合と入らない試合の何が違うのか、満足度が高い試合と低い試合の違い、強化でいうなら勝ち点3を取れた試合とそうじゃない試合の違い、あるいは現状いる選手でケガ人が出ないようするにはどうしたらいいか、とか。
意外と「数字で定義できることが全く無い」ことはないはずなんですね。今季のケガ人が何人出た、故障リストに入ったみたいな話って調べれば答えられない人ってまずいない。ただ、それだけをモニタリングしても仕方ないわけです。何が関係しなぜそうなったのか、違いを見つけていく。そのデータの使い方が、おそらく日本企業も含め全然できてないなという感じがします。
サッカー中継では、ボール支配率や枠内シュート率が何パーセントあるのか公表されるケースが見られるようになりました。が、さらに深く入って、同じパス成功率でもアタッキングサードなのかディフェンシブサードなのかエリアごとで見たり、ショートパスなのかロングパスなのかといった具合に細かく分けることもできます。
またパス成功率が相手より勝っている場合であっても、実は9割以上成功するバックパスを多用していたり。アタッキングサードの中で縦パスの成功率が高い場合は勝率が高かったり点を取れたりしていることがわかったとしたら、その形を見出すための練習メニューやシステムを選手に植え付けて意識させる部分もきっとあると思うんです。
これがデータによって自分たちの強みを磨くパターンであり、逆にそれは敵のスカウティングでも同じことができて「相手の選手は何をされたら嫌なんだろう」みたいな、「こういうときは負けていてこういうときは勝っている」という違いが分かればそこをコントロールできるかもしれません。
「相手チームは、クロスの本数が多いときにはだいたい負けている」みたいなことが分かったとしたら、いくらクロスを上げられても別に怖くないとか。むしろ、クロスを上げたくなるように中央でブロックを作ったほうが相手にとってはイヤなんじゃないかっていうことがわかる。それがデータ分析のメリットじゃないでしょうか。
「勝つためには仮説を立てろ」はウソ!
久永 どういう指標を決めるかはやはり現場の主観になるんでしょうか?
西内 どこにゴールを置くかに関しては、それほど迷うところはないかなと思います。強化目的であれば、勝敗に繋げることは確実ですから。なので、勝敗において何が関係しているのか、ありとあらゆる指標を見つけていくことですね。
統計学を使うと、ある項目が1パーセント上がるごとにどの程度勝敗を左右するのかがわかります。本当に信頼できる数字かどうかも、統計学の考え方を用いれば「偶然出てくるような関係性かどうか」も判断できます。確実な関係性を割り出して、そこから考えていくのがとても重要ですね。
久永 統計学を使えば、今まで気づかなかった関係性に気づけるというのがポイントなのかなと思います。
西内 それでいうと、いろんな本で「分析のためには仮説を立てろ」といった話がありますよね? 僕は、あれはウソだと思っています。
――仮説を先に立てるのは間違っていると。
西内 そうです。データ分析をするときに、「仮説を立てろ」という考え方が蔓延しているんですね。で、分析のプロフェッショナルを外から呼んできて、現場にいる選手やコーチに「勝つために重要な要素ってなんですか」ってヒアリングをする。現場からは「シュート本数や支配率が大事な気がする」って返ってくる。その仮説をもとに、「支配率が1ポイント上がると、勝率は何パーセント変わりますね」という結果を出したり。でもそれって、現場はもうわかっていることですよね?
――必ずしも仮説からデータを探しても、良い分析結果を生まないと。
西内 新しい発見が出てこない。自分がおすすめしているのは、「データから仮説を発見し、探索してください」ということです。
久永 データドリブンということですね。
西内 データスタジアムさんでもパスのデータ1つ取っても、どのエリアからのパスなのか、どんなタイプのパスだとか、いろんな分け方をされています。シュートでもどのエリアから打ったか、デュエルで勝った・負けた、スローイン・タックルの回数などといったようにあらゆる指標をとっています。そのまま使うことも、組み合せて新しい指標を作ることもできます。勝敗に関係しなくても、組み合わせればアイデアを広げられる。それがすごく大事だと思います。そして広げたあとに「勝敗や得失点に一番関係してるものってなんだろう」っていうふうに見ていくわけですね。
例えば、ディフェンスの際にみんな良かれと思ってクリアしているわけですよね。しかし試合の流れ、あるいはリーグ全体のプレースタイルによってはクリアせずつないでいくほうに勝ち負けが左右される状況もあったりします。新しい戦術のトレンドにいち早く気づけるかもしれません。名将と言われる人はいろいろな角度から見て「こう動かせば革命的にうまくいくかもしれない」ということを常に探っています。
もちろん、すごい天才だったら(データなしで)自然と見つけられるかもしれません。ですが、そうした人材は国内外を問わず限られています。ですが、データを使うことにより「この辺を重点的に見るといいかもしれない」といったアドバイスや示唆を与えられる。仮説が出たところに対して、そのポイントのみに焦点を絞って映像を何度も見たりしてもよいわけです。
すごい天才じゃなくても優秀な監督なら、そうしたやり方で試合の組み立てを変えたり、ある選手を別のポジションに変えたら一気にうまくいきそうだなということを見抜いて、戦術や練習、補強のプランも考えたりできると思います。今後、(そうした能力が)すごくアドバンテージになっていく気がします。
ビリー・ビーンは、イケメンで人気者だから成功した
――2014年W杯王者のドイツは、データの重要性を訴えた上で結果を残しています。ドイツを日本が上回ることはできるのでしょうか。
西内 やろうと思えば多分できると思います。確かにITはドイツが強いですが、統計学自体はイギリスやアメリカを中心に進化してきたものです。東大にも統計学部というものはないですし、日本は実は統計学の教育が遅れてきた歴史があるんです。なぜかというと日本は明治維新後、大学教育のロールモデルをドイツに置いていたから。ドイツも日本も当時あまり統計学は進歩していませんでした。
終戦後、日本はアメリカから様々な考え方を輸入する中で、アメリカの統計学者が用いた「統計的品質管理」という考え方を取り入れました。戦後間もない頃はネジ1本とっても長さが微妙に違うような工作精度だったそうですが、データを活用することで品質を高めたんですね。
アメリカの場合は品質検査の専門家がいて、最終検査で不良品が見つかればハネるという形で統計学が使われていました。しかし日本の場合、製造現場レベルで読み書きソロバンができるという背景もあって、品質を高めるための道具として統計学を使用したんです。製造業で働く年配の方に話を聞くと、誇りを持って「われわれは検査ではなく、工程プロセスの時点から品質を上げられる」とおっしゃいます。
歴史的な伝統からすれば、本来イギリスのほうがサッカーでも統計学を活用できるはずなんです。でも、イギリスで今使えているかというと、必ずしもそうではない。それが何故かとよく考えるんですが、個人的には、社会階層の格差が関係しているのかなと。サッカーは歴史的に振り返ると長年「労働者のスポーツ」と言われていて、イギリスは日本より明確な階級社会です。クラブのオーナ側は紳士階級、資本家とかっていう人たちが中心ですが、高校にも行かずサッカーばかりやっていた現場の叩き上げみたいな人が監督やコーチをしているところへ、オーナー側がデータ分析の専門家を連れてきても結構現場で衝突してるんですね。アナリストが取れと言った選手を取らなかったり、取っても干されたり。そういうコンフリクトも起こっていて、一気通貫にならない。その辺は問題なのかなと思っています。
久永 そういった意味では日本はまだ向上の余地はあるってことですね。
西内 ドイツは、代表監督がそういうことをキャラクターとして好きな人が務めている、というのがすごく革命的なことかなと。「彼の言う事なら、みんな聞こう」となるというか。野球のメジャーリーグでデータを活用した有名な事例として、2011年に『マネーボール』という映画にもなったオーランド・アスレチックスの話も、実態は映画よりもっとドロドロしているんですけど、それでもGMが選手経験あってイケメンで人気者だから、というのがまず大きいんですよ。
――デフォルメされていると。
西内 あれがもし、映画に出てくる冴えないメガネをかけた野球マニア(ピーター・ブランド)だけの話だったら、現場はみんなついてこなかったと思うんです(笑)。GMが「これを採用するんだ」と強いリーダーシップを発揮し、現場と対立してもちゃんと話し合ったり説得して、チーム内の輪が回り始めて上手くいく様子が描かれていましたよね。
実際にうまくいっているときって、このサイクルがずっとぐるぐる回っている状態なんです。
ちゃんとデータを取っていても、分析結果に対して意思決定がないと進まない。意思決定し、現場で実施し、データとして評価する。そのサイクルが回っていることが理想。ですが、現実はどこかで止まっているんです。一つでもどこかで止まるとアウトなんです。
例えばサッカーのプレーでいうと、データスタジアムさんに頼めばデータが利用困難ってことはない。次に引っかかりになるのが、分析者が現場を知らないケース。例えばサッカーなら「シュート本数が1本増えると、全体の得点が0.3点上がります」といった分析結果は数学的に正しくても誰も喜ばない。分析者もちゃんとしたサッカーの見方を頭に入れておかないと、良い分析は絶対に出てきません。
あとはどの組織でも言える事だと思うんですが、意思決定する人が数字嫌いだとか苦手だったりするケース。「アタッキングサードのパス成功率が何パーセント上がるだけで勝率が上がりますよ」「雑にクロスを上げたらカウンターの餌食になりますよ」と言っても、数字嫌いな監督だとかGMだったりすると「そういうもんじゃなくてさ」と言われて終わり。徹底されないわけです。また、仮にそうした意思決定が行なわれたとしても、どれぐらいプレーの向上につながったか、得点・失点につながったかきちんと評価できないと「良かった気がする」で終わって、新しいアクションが出てこない話になるわけですね。
映画のマネーボールでいうと、野球マニアの眼鏡の人(ピーター・ブランド)がいて、ブラピがやったビリー・ビーンがGMとして意思決定をしてリーダーシップを発揮し、現場の選手や監督がちゃんと動いてくれるサイクルがありました。劇中にフォアボール選ぶシーンもありましたが、あれもいろんな指標の中で何が得点につながっているのかを調べたら、出塁率やフォアボールだと気づいたからです。そういったことを常にいち早くみつけ、また新しいデータソースを追加し、新しい分析結果とアクションを見つける。常に新しいサイクルを回したチームが成功していくわけです。
<後編へ続く>
【後編はこちら】スポーツチームと大学との連携は、多くのメリットを生む。西内啓×久永啓
近年、スポーツの世界でもデータの利活用が大きく進んだ。一方で、データを上手く生かしきれない現場もまだまだ多い。日本のサッカー界における現状はどのようなものか、データスタジアム株式会社アナリスト・久永啓氏が、ベストセラー『統計学が最強の学問である』の著者である西内啓氏に話を訊いた。(文:仲本兼進 編集:VICTORY編集部)
■西内啓(にしうち・ひろむ)
株式会社データビークル代表取締役・製品責任者。1981年生まれ。東京大学助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長等を経て現在多くの企業のデータ分析および分析人材の育成に携わる。 2017年 第10回日本統計学会出版賞を受賞。
■久永啓(ひさなが けい)
1977年生まれ。早稲田大学人間科学部卒業、筑波大学大学院体育研究科修了。2006年、プロコーチとしてサンフレッチェ広島に入団。アカデミーの指導者として活動しながら、指導者養成事業での分析や映像編集にも従事。2012年、トップチーム分析担当コーチに就任し、Jリーグ2連覇に貢献。2014年、データスタジアム株式会社に入社し、育成年代からプロレベルまでの分析サポートを担当。