ハイレベルなジャンプに完成度高き演技のぶつかり合いへ

女子シングルの場合、4回転や3回転半(以下トリプルアクセル)等の超高難度ジャンプを構成に組み込める選手は殆どおらず、ショートプログラム(以下SP)では3本の3回転、フリースケーティング(以下FS)では7本の3回転がルールの上限となる。

遡ると荒川静香が金メダルに輝いた2006年のトリノ五輪では、SPで3本の3回転が認定された選手は出場30選手中2選手。FSで7本の3回転が認定された選手は、FSに進出した24選手中2選手のみであった。これが直近の2017年世界選手権になると、SPでは14選手が3本の3回転を、FSでは5選手が7本の3回転を認定されている。同大会はFSこそ全体的にミスが目立ち5選手に留まったが、SPでの14選手という急増ぶりは特筆される。

今や、SPで3本の3回転、FSで7本の3回転をきっちりクリーンに成功させた上で、更にスピン・ステップ等の要素も取りこぼしなく上限のレベル4を揃えることが、上位進出の絶対条件となっている。

五輪代表、激戦2枠の切符を勝ち取った宮原・坂本

世界に先駆けて国内選手権が開催された日本は、一足早く五輪代表が決定した。怪我から復活を遂げた宮原知子と、今季シニアデビューにして破竹の勢いで全日本選手権でも2位に食い込んだ坂本花織の2名が選ばれた。両選手はもちろんSP、FS計10本の3回転を予定し、精度を持って遂行する力を持っている。またスピン・ステップでもレベル4を獲得し多くの加点を稼げる選手達である。

宮原がジャンプの練習を本格的に再開できたのは、復帰戦となったNHK杯の1ヶ月程前からだったという。同大会ではミスが出たものの、ジャンプ練習ができない間に磨いた表現力は美しく花開き、演技構成点のアップという形で成果が現れた。復帰2戦目では、短期間ながらジャンプの精度も取り戻し復活優勝を遂げ、その後の全日本選手権4連覇、そして悲願の五輪出場への道筋を照らした。これまで宮原の卓越した安定性を支えていたのは絶対的な練習量であった。しかし今季は満足に練習をこなせない中でも、勝負所でしっかりと決める強さを見せた。直近に行われた四大陸選手権では「あまり自信がなかった」と、珍しくジャンプで転倒し優勝を逃したものの、五輪の舞台では世界トップクラスの安定性と勝負強さを武器に、ミスのない宮原らしい演技でメダル争いにも絡んでくれることだろう。

坂本は、ダイナミックなジャンプが持ち味。その高さ、飛距離は世界有数だ。その上、類い稀なるスタミナを持って、SPではジャンプを全て後半に配置した難しい構成に挑む。体力の落ちる後半でのジャンプはリスクが大きいが、得点が1.1倍となるボーナスが発生する為、成功すればアドバンテージとなる。演技後半にジャンプを集中させた構成は、現状ではロシア勢の“専売特許”と化しているが、坂本も試合を重ねるごとに精度を高めてきており、大きな武器となっている。

四大陸選手権では、試合直前まで足の不調に悩まされていたが、本番ではその不安を払拭しSP、FS通して全てのジャンプを完璧に成功させた。いずれも自己ベスト更新のハイスコアをマークし、宮原も抑え初優勝を果たした。まさに上り調子で迎える五輪では、坂本の勢い溢れる演技で上位進出が大いに期待される。

(C)Getty Images

表彰台独占をも虎視眈々と狙うロシア

ロシア勢は、五輪の表彰台独占も十分有り得る強力なメンバーを擁している。

世界選手権2連覇中の女王エフゲニア・メドベデワは、精密機械のような正確無比なジャンプと叙情的な表現力を武器に、2015年GPファイナルより個人戦13連勝と圧倒的な強さを誇る。誰もが平昌五輪での優勝を予想していたが予期せぬアクシデントが襲った。今季前半に右足中足骨にひびが入り、GPシリーズ2連勝後のファイナルとロシア選手権は欠場を余儀なくされた。

メドベデワ不在の間に、存在感が一気に増してきたのは今季シニアデビューのアリーナ・ザギトワだ。ザギトワは全てのジャンプを後半に飛ぶ攻撃的な構成を組み、そして悉く成功させる実力を持つ。GPシリーズ2連勝後のファイナルでは、並み居る先輩スケーター達を引き離し、初出場初優勝を果たした。そしてメドベデワの怪我からの復帰戦となった欧州選手権では、五輪の金メダルの行方を占う前哨戦とも言える2人の直接対決が実現した。メドベデワは本調子とはいかないもののブランクを感じさせない演技を見せたが、高い技術点で圧倒したザギトワが金メダルを手にし、ついにメドベデワの連勝もストップさせた。シニアデビューにして負け無しのザギトワと巻き返しをはかる女王メドベデワの五輪での戦いは、熾烈を極めるものとなるだろう。

もう1人の代表、マリア・ソツコワは、今季出場したどの大会でも安定した演技を見せ、GPファイナル、ロシア選手権で共にザギトワに次ぐ銀メダルを獲得。欧州選手権でも4位に入った。シニアデビューの昨季はジャンプの回転不足や要所でのミスにも泣いたが、今季はジャンプで加点を多く望める「タノジャンプ(空中姿勢で片手を上げる)」を導入し、回転不足も改善させた。173cmの長身を生かしたスケールの大きな表現に上品さも兼ね備えた滑りで、ロシア女子五輪メダル独占の野望の一角を担う。

(C)Getty Images

爆発力ナンバー1のカナダ勢

昨年の世界選手権で大きな躍進を見せたのがカナダ勢だ。メドベデワに次ぐ銀メダルにはケイトリン・オズモンドが、銅メダルにはガブリエル・デールマンが輝いた。カナダ女子として世界選手権表彰台に2人が登るのは史上初の快挙であった。

オズモンドのポテンシャルは以前から注目されていたが、ソチ五輪後は怪我に泣かされ1試合も出場できないシーズンも経験した。しかし復帰後は以前よりパワーアップし、ジャンプの種類を増やし精度も上げてきている。ロシア勢のような後半ジャンプは少ないものの、質の良いジャンプで獲得する加点の多さはトップクラスだ。また洗練された表現力で高い演技構成点を叩き出す力も持っている。若干安定感は欠くもののノーミスの演技をしたならば、最も爆発力のある選手の1人といえる。

そのオズモンドを抑えて、カナダ選手権を制したのがデールマンである。デールマンもまた高いジャンプとキレのあるステップが持ち味。シーズン前半は思うような結果を残せていなかったが、FSを昨季世界選手権で銅メダルに導いた『ラプソディー・イン・ブルー』に変更し、カナダ選手権では完璧な演技を披露した。シーズン後半に向けて着実に調子を上げてきている様子だ。

カナダはオズモンド、デールマンの強力な2枚看板で昨年世界選手権の再現“W表彰台”を五輪でも狙う。

復権を目指すスケート大国アメリカ

フィギュアスケート大国アメリカは、ブレイディ・テネル、長洲未来、カレン・チェンが五輪代表となった。2016年世界選手権銀メダリストのアシュリー・ワグナーは、全米選手権でジャンプにミスが出て点数が伸び悩み4位に終わり、実力者の代表落選に衝撃が走った。

一方、テネルというニューヒロイン誕生も人々を驚かせた。五輪シーズンを象徴するような新星が大躍進を見せている。テネルは昨年の全米選手権では9位だったため、GPシリーズは1試合のみの派遣だったが、そのアメリカ大会で会心の演技を披露し、宮原、坂本に次ぐ3位となった。これはアメリカ女子選手唯一のGPシリーズ表彰台となり、一躍代表争いの一角に食い込んできた。そして好調そのままに全米選手権でも上位陣では唯一のほぼノーミスの滑りを見せ、全米チャンピオンにまで上り詰めた。アメリカ女子では随一のジャンプの安定感に加え、スピード感のあるスケーティングや美しいスピンも兼ね備えたオールラウンダーだ。国際経験こそ少ないが、平昌五輪ではアメリカのエースとして台風の目となる可能性も秘めている。

バンクーバー五輪4位の長洲は、ソチ五輪選考会の全米選手権で3位に入ったものの、実績等の総合的判断で4位のワグナーに代表を譲った辛い経験があった。今回の全米選手権では持てる力を全て出し尽くして2位に入り、喜びの涙と共に平昌五輪代表の座を掴んだ。現在の女子選手の殆どがSP、FSで10本の3回転を予定しているが、長洲はその例外を行く。24歳にしてトリプルアクセルをマスターした長洲はSPで4本、FSでは8本の3回転に挑戦する。いずれも五輪の舞台で全て認められれば前人未到の快挙となる。「五輪では浅田真央ちゃんのように決めたい」と誓う長洲の偉業に期待がかかる。

孤高のスケーター、最高の集大成へ

最後に忘れてはならないのが、イタリアのカロリーナ・コストナーだ。ソチ五輪銅メダリストにして世界選手権優勝の実績も誇る彼女は、平昌大会で実に4度目の五輪出場となる。五輪直前に31歳の誕生日を迎え、出場予定選手の中で最年長となる。円熟の域に達したコストナーは、卓越したスケーティングスキルを持ち、氷のひと蹴りで人々を演技の世界観へと引き込む力を持つ。ソチ五輪後、2シーズンの間は競技会から離れていたが昨季カムバックすると、いきなり欧州選手権3位、世界選手権6位の好結果を残した。今季はシーズン序盤から表彰台に立ち、更に調子を上げてきている印象だ。

他の上位選手に比べ難易度の低いジャンプ構成が課題だったが、昨年末の国内選手権から封印していた高難度ジャンプをついに解禁し構成も上げてきている。欧州選手権ではSPで自己ベストを4年ぶりに更新。演技構成点では10点満点も数多く獲得し女王メドベデワをも上回った。FSはミスが目立ったがザギトワ、メドベデワに次ぐ3位に入り、11度目の欧州選手権のメダル獲得となった。コストナーの周囲に惑わされず自分のペースで五輪に向けてじっくりと仕上げている様子は、ベテランならでは強みを感じさせる。恐らく最後となるであろう五輪で、ソチの時より美しいメダルを狙えるところまで来ている。

日本、ロシア、カナダ、アメリカ、イタリアを中心に、メダル争いには10人以上の選手が食い込む激戦が予想される平昌五輪。数多く組み込まれた3回転ジャンプと完成度の高いプログラムの応酬の中で、僅かなミスが勝敗を分ける紙一重の試合となるだろう。その中で、宮原、坂本はそれぞれの力を出し切り、完璧なジャンプとスピン・ステップでレベル4を揃えた“隙の無い”演技を披露することができれば、夢のメダル獲得も見えてくる。史上最もハイレベルで緊張感漲る女子シングルの美しき戦いから目が離せない。

<了>

[引退]浅田真央の美しき記憶〜「最高傑作」/FS『ラフマニノフ・ピアノ協奏曲・第2番』

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VictorySportsNews編集部