エイバルサポーターのアイドルに

「契約延長拒否みたいに出ていたけど、適当なことを書かないでくださいと伝えてください。交渉はしっかりしているし、良い話し合いは出来ている。まとまればこの2月中に延長のサインをすると思うし、そのへんは楽しみにしていてください」

2月3日に行われたセビージャ戦後のミックスゾーンで自身のエイバルとの契約延長が順調に進んでいること、ネットに出てくる勝手な噂話について辟易していることを乾は語った。

乾の言葉を借りれば、日本人として初めての契約満了からの延長をする選手になる。これまでリーガには多くの日本人選手が戦ってきた。だが、その多くは道半ば、契約を満了することなくスペインから去っていた。

レンタル移籍からレンタル期間を1年延長したマジョルカでプレーした大久保嘉人や当時2部だったジローナと3年半の契約のあと、2部や2部Bを転々とした指宿洋史のケースはこれまでもある。だが、リーガ1部でチームから必要とされ、契約延長のオファーをもらったのはエイバルで活躍する乾が初めてだ。

エイバルが背番号8番と契約延長に踏み切ったのは、第一にピッチの中でのパフォーマンスが優れたものであることは言うまでもない。2015/16 シーズン、アイントラハト・フランクフルトから当時のクラブ最大の違約金40万ユーロ(5300万円)を支払いエイバルは乾を獲得した。

当時はどこの馬の骨かもわからない日本人MFに対して「地方チームが日本マネーを欲しての獲得」であり、これまでリーガを戦い続けいた歴代の日本人選手同様にすぐさま荷物をまとめ帰るだろうとどこか鼻で笑うような評価だった。

だが、乾はそのプレーでエイバルのサポーターをとりこにしただけでなく、「技術は優れているが日本人はリーガを戦える選手ではない」と日本サッカーに対して厳しい目を向けていたスペインメディアやサッカーファンの考えを改めさせた選手だ。

今ではイプルアに集まるエイバルサポーターにとって、乾はアイドルであり、ボールを持てば何かをしてくれるという期待を抱かせる選手だ。彼らは、世界一のリーグを自負するリーガには相応しくない、スタンドと併設されたイプルア(エイバルの本拠地)の記者席に座る日本人記者に対して「ゴールこそなかったが乾は凄いぞ。今日は良いプレーをしてくれた」と、語りかけてくる。結果が出なければすぐさま手のひらを返すのが当然のスペインサポーターの心をつかんでおり、「40万ユーロで獲得したのが信じられない」と乾に対して高い評価をスペインメディアも与えている。

ゴール数ではない、乾貴士が評価される理由

©Getty Images

エイバルでの3シーズン、得点数だけを見たら78試合で9得点と攻撃の選手としては物足りないことは否めない。だが、契約延長のオファーをエイバルが出したのは記録として残る明確なものだけではなく、献身的な守備、攻撃の起点となるプレー、サボることなく最後まで走り続ける運動量、チームへの適合などが評価されたものだ。

「サッカーはやっぱり数字だけじゃないと思っている。自分としては、そういうところが評価されることの方がうれしいですし、本当に今の監督はそこを評価してくれているので、すごくサッカーも楽しくできている。チームのためにやるっていうことが、自分の中での数字のところは、見えない数字というのはそういうところなので、自分の評価を高めつつ、チームのためにやれることがあればいいかなって思います」

乾にとって、メンディリバル監督の存在は忘れることが出来ないものだ。バスク出身の監督のもとでプレーすることで日本、ドイツのサッカー人生では味わうことの出来なかったサッカーの面白さを見つけることが出来たし、今までは特に興味がなかった監督という仕事にも興味を持つことが出来た。

昨シーズン、全く点が取れずにいた乾が29節のビジャレアル戦でファインゴールを決めるとベンチの前で練習中に約束したでんぐり返しをしてゴールを祝福してくれた監督。乾だけでなくメンバーに対して真摯に向き合い、時にはきつい言葉や怒りを見せるが、しっかりとメンバーの事を考えている人情味あふれる監督が契約延長に前向きであることも乾がエイバルに残留を決断する上で大きな要因となっているはずだ。

「クラブのマーケティング部門から乾の契約はまだ決まらないのかとプレッシャーを受けている」と笑顔で話すメンディリバルにとっても、乾は今では欠かすことの出来ない大事な戦力である。

そのことは、数字でも明確にわかるものだ。スペイン1年目、守備に問題を抱えていた乾は30試合1,806分の出場だったが、守備面で大きく成長した3年目の今年、日本代表から帰国し疲労を考慮されたデポルティーボ・ラ・コルーニャ戦以外、リーガの22試合中16試合でフル出場を果たしている。乾の3シーズンの数字はリーガ、国王杯をあわせて78試合9得点というものであり、メンディリバル監督の信頼が現れているものだ。

「いらないと言われるまでここでずっとプレーがしたい」

©Getty Images

また、乾がチームに加入したことでエイバルは日本市場を注目していることは確かなことで、日本にエイバルのファンクラブを認可したり、今夏はマドリードで行われた日本人会主催の盆踊りなどにも協賛をしている。さらに、この冬の移籍市場で新たに女子チームに元U-19日本代表選手である米井朋香を獲得した。

個人的な意見ではマーケティングでもなんでもチームにとって必要な力になるのであれば、何の問題はないと思っている。もちろん、第1にピッチの中でのパフォーマンスが大事なことは大前提だが、昨今のサッカー界の流れから言えばリオネル・メッシやクリスティアーノ・ロナウドをはじめとした一流選手には切っても切れないものであり、誰もが望んでも手にすることの出来ない重要なファクターだ。

ただ、リーガの過度の扱いに関しては疑問も残ることは確かだ。柴崎岳選手が所属するリーガ初となる日本人対決となったヘタフェ戦、日本の人々も知っている平昌オリンピックのフィギュアスケートで銅メダルを獲得したハビエル・フェルナンデスとともに始球式を行ったことは、どこかズレているものと言わざるを得ない。

ともかく、サインが結ばれるまでは何が起こるかわからない。エイバルのオファーを凌駕する選手として断ることが出来ないオファーが届く可能性はゼロではない。実際、スペインサッカーでは2月に入っても高額な違約金を提示する中国クラブのオファーがどのクラブにも届いているし、バルセロナのスペイン代表MFアンドレス・イニエスタにも年俸3500万ユーロ(約46億円)と人生を左右するほどのオファーがあると言われている。

だが、「いらないと言われるまでここでずっとプレーがしたい」と小さな頃から憧れ、夢見ていたスペインでプレーしていることに満足し、喜んでいる乾が、簡単にこの地を離れることは考えられない。新シーズン、クラブ史上初となるUEFAヨーロッパリーグに出場し、エイバルと共に欧州の舞台でもサッカーファンを驚かすプレーをし、エイバルの伝説の選手としてその歴史に名を残すことを乾に期待し、楽しみにしている自分がいる。

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山本孔一

著者プロフィール 山本孔一

1974年6月2日生まれ、埼玉県出身。2000年、スポーツマネージメントを学ぶためスペインに渡り、ヨハン・クライフ国際大学に入学。以降スペインを中心に欧州サッカーを取材。リーガでプレーする日本人選手やレアル・マドリード、バルセロナの試合に足を運び、現地の声を伝えている。