キャンプ地の二大勢力となっている沖縄と宮崎

例年、1月から2月にかけて集中的に開始されるスポーツキャンプ。春先からシーズンが開幕するプロ野球やJリーグといったプロチームは年間を通してパフォーマンスを発揮すべく体力づくり、筋力アップ、戦術理解の徹底などを行う一定の期間を設けている。

その上で重要となるのは、練習を行う環境条件である。気温が低い冬場のトレーニングは体温が下がり、筋弛緩がしにくい状態となることから主に肉離れのリスクが高まる。肉離れは治療期間が約3週間、完治するまでに1カ月以上はかかるといわれており、そうなってしまうとシーズン開幕に向け大きく出遅れるだけでなく、チーム力の低下につながりかねないことから、体づくりにおいては暖かい環境が好まれる傾向にある。

また、心身をリラックスできる環境も必要不可欠な要素である。風光明媚な景色が一望できホスピタリティが整った宿泊施設、キャンプ地ならではの食材を使用した料理、地元住民との交流を通じて、連日負荷のかかった練習を行う中、骨休めができる空間もキャンプ期間中重要となる。

これらの要素から冬場のキャンプでは比較的南の地域にチームが集中する傾向にある。その代表格が宮崎と沖縄である。
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宮崎は今年、プロ野球7チーム(うち、ファームが2チーム)、Jリーグ17チーム(セレッソ大阪U-23を含む)がキャンプを行った。宮崎の利点のひとつに天候の良さがある。気温は沖縄にはおよばないものの日照時間が長いことから、日が出た場合は汗ばむ陽気のもとで時間をかけて練習することが可能となる。

また1959年に巨人が開始したことをきっかけにキャンプの重要性が野球を中心に広まったことから、県は新婚旅行のメッカとして知られていた南国宮崎の新たな観光の起爆剤として「スポーツランドみやざき」を掲げ、チームの要望に応える練習施設の環境整備やキャンプ期間中のサポートをするなど受け入れ態勢をアピール。近年では2015年にオリックスが22年間キャンプを行っていた宮古島市から宮崎市の清武総合運動公園第1野球場「SOKKENスタジアム」への移転を成功させた実績があり、もともと巨人の2軍がキャンプで使用していた球場をオリックスのオーダーに合わせて改修を進めた。球場横には2軍が使用する第2野球場、京セラドーム大阪と同様の赤土マウンド4レーンを備えた投球練習場、シャワールームやロッカールームを備えた屋内球技場「日向夏ドーム」も整備し、公園全体の総工費約18億円をかけてバックアップに努めた。

野球で汗を流す球団の横ではJリーグチームが公園内に隣接する競技場でキャンプを行っており、期間中はさまざまなファンが宮崎に詰めかけ、「キャンプ=宮崎」という認識が定着するほど熱気を帯びている。

とはいえ2月の宮崎の気候は寒い。巨人がキャンプを行い始めてから60年の実績のある宮崎だが、決して順風満帆というわけではない。「南国」ともいわれる宮崎も、天候が悪ければ一気に気温は低下し、最高気温は10度を下回ることも。今年に限れば2月の宮崎市の平均気温は12.1度で平年より1.7度下回った。晴れの日とそれ以外の差はあまりにも激しいため、怪我のリスクを考え体の動きは自然と注意深くなる。また晴れている場合でも霧島連山から吹き降ろす「霧島おろし」は体感気温をぐっと下げる原因となるだけでなく、朝方の低温によりグラウンドが凍り、日が出た頃には溶けて水浸しになることもあるという。南国といえども厳しい冷え込みは避けられない。

(C)仲本兼進

気温が高すぎず低すぎない沖縄のメリット

そこで注目されるのが、宮崎からさらに約729km南下した場所にある沖縄だ。日本で唯一の亜熱帯地域でもある沖縄は、一番の冷え込みを見せる冬場でも平均気温は約17度と比較的温暖で、今年の1月と2月に限ればそれぞれで最高気温が20度を超えた日が16日間もあった。そのため、ある程度暖かな環境が保障される場所であることから、キャンプ地というだけでなく選手の自主トレ先として沖縄を選ぶケースも少なくない。

温暖な気候でのトレーニングは怪我のリスクを軽減させるだけでなく体への負担の少ない砂浜トレーニングも可能となるため、オフシーズンでなまった体をほぐすには最適な場所といえるだろう。近年は自主トレで体づくりを行った前提でチームがキャンプインすることも多いことから、万全の状態で臨むために沖縄の地で準備を整える選手が多く見られる。

一方、かつてはハワイやグアム、サイパンなど常夏と呼ばれる地域でキャンプ・自主トレを行い、体づくりを始める選手も多く見られたが、「暑すぎる」というデメリットにより近年は敬遠される傾向にある。連日30度を推移する土地でのトレーニングは下半身強化のための走り込みをするのも一苦労で、逆に無理して走れば熱中症のリスクも高まる。走り込みだけをするのであれば、暑さが和らぐ早朝や夕方に行えばフォローはできるかもしれない。しかし野球であれば投球練習やフリーバッティング、サッカーならばシュート練習などの反復練習は、高温を原因にすぐにバテてしまっては数をこなすことが難しくなる。

そして最大の問題は、日本に戻った時である。寒暖の差が激しい環境での練習は体が寒さに対応するまで調子が上がりづらく、また海外で「動きやす過ぎる」という経験をしたことで体ができあがったと錯覚することに陥ることもある。

全てにおいてデメリットになるわけではないが、暑すぎる場所でのトレーニングは工夫と注意が必要となる。そういった意味でも年中屋外で練習ができる沖縄の気候は調整場所として使いやすいといえるだろう。キャンプが終わった後でも季節の移り変わりにより寒さに対しても程よく対応ができ、シーズン開幕に向けた準備がしやすくなる。

(C)仲本兼進

キャンプ地としてふさわしくなかった沖縄、好転のきっかけ

しかし、かつて沖縄は「キャンプ不適合」という烙印を押された過去がある。さかのぼること1957年。沖縄がアメリカ統治下だった頃に一度だけキャンプを行った球団がある。それがプロ野球の大映スターズ。のちに千葉ロッテマリーンズの前身となるチームだ。この年、親会社である大映が沖縄に映画館を建てたことを記念し行われたとされる沖縄キャンプだが、その際沖縄の短所が大きく出てしまったのである。沖縄の2月は宮崎とは対照的に日照時間が短く、雨の日が続くことが多い。実際に大映が沖縄に来た時も連日雨に打たれていた。

しかし最大の問題は、練習できる施設がなかったということ。屋内練習場どころか練習で使える球場がなかったのだ。もともとはアメリカ陸軍のグラウンドを練習場として使う予定だったが、なぜか工事中となってしまい使用することができず。急遽航空自衛隊の広場や那覇高校のグラウンドを借りて練習をするも、生い茂る雑草や天候不順などにより満足な練習を積むことができなかった。この年のシーズン開幕前に高橋ユニオンズと合併し「大映ユニオンズ」としてリーグ戦に臨むも調子が上向かず最下位。その翌年には毎日オリオンズに吸収されチームは消滅してしまった。このような流れから各球団にとって沖縄をキャンプで使用するメリットは少ないと思われるようになった。沖縄におけるキャンプの黒歴史といっても過言ではない。

温暖な気候であってもかつての前例によりなかなか踏み込めなかった沖縄でのキャンプ。しかしその考えが180度変わる大きな出来事が1979年に行われた日本ハムの名護キャンプである。沖縄が本土復帰を果たした年から3年後の1975年、日本ハムとの協力で沖縄県観光連盟(現在の沖縄観光コンベンションビューロー)が後楽園球場で結婚式を行うイベントを催し、これをきっかけに両者は交友を結ぶ。

当時、徳島県鳴門市でキャンプの行っていた日本ハムは温暖な地域でキャンプを行いたいとの意向を持っており、それを聞きつけた沖縄県観光連盟は誘致に向けて後押しし、その結果名護市でのキャンプが実現することになった。その時は投手陣12名だけの参加ではあったが、その年の総合成績は3位(当時は二部制で前期3位、後期4位)、翌年は前後期とも2位に終わり、2年連続で好成績を残すに至った。そして1981年からは野手も含めた1軍メンバーが参加する本格的なキャンプがスタートし、その年日本ハムは球団創設初となるパ・リーグ制覇を成し遂げたのである。

これらの出来事からキャンプ地としての沖縄が見直されるようになり、1982年からは広島が沖縄市でキャンプを開始したことを皮切りに、1986年横浜大洋(現・横浜DeNA)が宜野湾市、1987年中日が具志川市と石川市(現在のうるま市)で開始し1996年からは北谷町、1989年にはロッテが那覇市、阪急(現・オリックス)が糸満市(1993年から宮古島)、1990年ダイエー(現・ソフトバンク)が読谷村と、数多くのチームがこぞって沖縄でキャンプを張るようになった。その後ロッテが鹿児島、ダイエーが高知、オリックスが宮崎へ移動するも2000年にヤクルトが浦添市、2003年阪神が宜野座村、2005年に楽天、2008年ロッテが沖縄に戻り石垣島、2011年からは巨人も那覇市でキャンプを行うようになった。このように沖縄がキャンプ地として栄えた理由は気候面だけでなくペナントレースに好影響を与えるというイメージが上がったことにより、そのメリットが各球団で認められたという形といえるだろう。

(C)仲本兼進

自治体の柔軟性と努力が球団側の信頼に

沖縄でのキャンプは温暖な気候や日没時間の遅さにより練習時間を延ばすことができるだけでなく、施設の充実度も高い。県内には各市町村に野球場があり、そのうちプロ野球チームが使用するに耐えうる球場も数多く存在する。

特にキャンプ地として誘致した自治体においては球場のみならず雨天でも対応可能な屋内練習場、ブルペン、内野守備練習のできるグラウンドを擁している。施設においても球団からの要望を受けて練習環境の整備にも対応している。那覇市の場合、巨人が使用する沖縄セルラースタジアム那覇は東京ドームと同様の両翼100m、センター122mで設計されており、宜野座村では甲子園のグラウンド環境を持たせるため阪神園芸の協力とノウハウを生かし、芝生を「ティフトン」と呼ばれる夏芝と「ライグラス」の冬芝との二毛作を実現させている。

そのほかにも中日がキャンプを行う北谷町は、当時監督だった落合博満氏の要望により仮設の「10人ブルペン」を設置。今年に入り、8人が同時に投げられる常設のブルペンを落成するなど自治体における柔軟性と努力は球団側の信頼度にもつながり、恒常的にキャンプを続ける支えとなっているといえるだろう。また沖縄がキャンプのメッカとなることで観光の新たな資源にもつながる。2月という観光のオフシーズンであってもキャンプによって得られる経済効果やPRが地域振興につながり、2月以外にキャンプ地を訪れる観光客に対しても満足を得られるような基盤整備を進めている。

沖縄の特色を生かしたキャンプの存在意義は年々強く見出されている。その中で近年では野球以外のチームも沖縄に集結してきている。それがサッカーである。野球のノウハウを生かしサッカーチームの誘致にも力を入れる状況について、次回取り上げたいと思う。

<後編に続く>

【後編はこちら】沖縄のキャンプ誘致戦略とは? 関係者に訊くスポーツツーリズムの目指す姿

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仲本兼進

著者プロフィール 仲本兼進

1978年沖縄県生まれ。県内ラジオ局で11年間番組制作に従事し、FC琉球(サッカー)、琉球ゴールデンキングス(バスケットボール)のオフィシャル番組を手掛けたのをきっかけに沖縄を中心としたスポーツ取材を開始。現在はスポーツライターとして『Jリーグ公式サイト』『J’sGOAL』にてFC琉球担当記者を務め、『週間ベースボール』『高校野球マガジン』『エル・ゴラッソ』『サッカーダイジェスト』などに寄稿。またラジオ番組MCやスポーツ実況・解説者といったメディア出演にも携わっている。