少子高齢化「人口が減る時代」への適応を求められるスポーツビジネス

「決まったことですし、純粋にボールパークだけのことを考えると、今後が楽しみなのは間違いないので、どんなボールパークが出来上がるのか見守りたいと思います」

絶対不可能といわれた横浜スタジアムの買収に成功し、在任5年間でスタジアム稼働率を90%以上にまで引き上げた横浜ベイスターズ前球団社長、池田純氏は、日本ハムファイターズの新球場構想に期待を寄せつつ、球団、スタジアム経営や地域密着の難しさを知る経験者としてエールを送ります。

「ボールパーク化は夢のある話ですから、どんどんやってもらいたいというのが私個人の思いですが、これからの時代のスタジアムを軸にしたビジネスという視点で考えると、日本ハムのケースに限らず、いくつかの課題があると思います」

池田氏が挙げた「懸念」に、日本の消費全体に関係する問題があります。
「どのビジネスでも意識しなければいけないことなので、『何を今さら』といわれるかもしれませんが、やはり少子高齢化の問題は避けて通れません。アメリカでも人口が減ってきていることを踏まえて、『球場に人を呼ぶ』というビジネスが中心の時代はもう終わりを迎えているといわれています。プレーオフやワールドシリーズなど、日本でも報道されるような重要な試合はスタンドが埋まっていますが、毎試合同じように埋まっているかというと苦戦しています。あんなに人気だったNFLもスタジアムの集客には陰りが見えていると報じられています」

池田氏は、アメリカのスポーツビジネスの本流はすでにスタジアム集客型から脱却し、次の段階に移行していると言います。

「球場で観戦するお客さまを軽視するという意味ではなく、観客を球場に集めるというタイプのビジネスは頭打ちになってきているということだと思います。今後もライブエンターテインメントの価値は高まっていくと思いますが、全体を考えればビジネスの本流はグローバルな放映権ビジネスにシフトしています。球場に足を運ぶ人が減る分、テレビやOTTを使った配信など、テクノロジーを活用してファンエンゲージメントを実現しようというのがアメリカのスポーツビジネスの方向性のように感じています」

急激に少子高齢化が進む日本ほどではないにしても、欧米の先進国はいずれも少子化、高齢化が進んでいます。人口が減っていくフェーズにあって、以前のように球場への観客動員数をベースにした収益モデルに発展性があるかといえば、それだけでは苦しいといわざるを得ません。

在任5年間で90%超の稼働率を実現し、横浜スタジアムを「人の呼べる球場」にした池田氏の言葉だけに、こうした観客動向の変化の見通しには説得力があります。

新球場建設という大きな投資を回収できるか?

日本ハムの試算では、全体の建設費を500~600億円と見込んでいます。これだけの投資額となると、集客型のモデル以外にもさまざまな構想を紐付けて発展させていく必要性があります

「2023年に完成を目指すなら、いまの最先端ではなく、5年後の最先端を詰め込んでやらなければ新鮮さもありません。ドーム球場を造るという建設費のほかにもいろいろなコストがかかるものと考えられるでしょう」

新球場構想で避けて通れないのが、建設コストの回収、完成後の採算の問題です。すでに池田氏が指摘しているように、日本人の人口が減少し、野球ファンの数を爆発的に増やすことが難しい時代を迎え、スタジアムの収益に楽観的な数字を持ってくることはできません。

「球団経営全体で考えると、どんなにうまくいっても複数年での平均の安定的な最終利益は毎年10億、20億円といったところだと思います」

かつてのベイスターズのように自前の球場を得て自立した経営を目指すということが日本球界のトレンドとなっていることに疑う余地はありませんが、新球場を一から建設するとなると、投資額の回収は容易ではありません。

今回、新球場の建設地に決まった北広島市は土地の無償貸与、球場などの公園施設の固定資産税、都市計画税を10年間免除するなどの優遇措置を発表していますが、池田氏によると「アメリカだと建設費を半分出す例もある」と、負担軽減も決して好待遇とはいえないと指摘します。

「北広島市と真駒内で検討されて、最終的に北広島市に決まったと聞いた時、『やっぱりな』という思いはありました。事前に何か聞いていたわけではありませんが、報道を見ていて、北広島市と日本ハム球団の関係が深まっていくような空気を感じました。結果的には固定資産税10年という点も大きかったと思いますが、いずれにしても北広島という選択は良かったんじゃないかと思っています。ただ北海道全体の経済のことを考えれば、廃止されるわけではない札幌ドームの維持費という問題も残ります。北海道の人にとってみればこちらも活用してほしいという思いはあるでしょうし、地域経済が疲弊するようでは日本ハムにもデメリットがありますよね」

「近くて遠い」北広島との心理的距離を縮める

球場が「どこにあるかも重要な要素」という池田氏は、球団と北広島市の関係性に未来を感じると同時に、現段階での“距離感”については、改善の余地があると指摘します。

「行ったことがある人はわかると思いますが、北広島はたしかに空港からは近い場所にあります。アクセスに関しては、物理的な距離は近いので、交通網が整備されれば大きな問題にはならないと思います。ただそれ以上に、“心理的”な遠さの方が問題だと思います。中田翔選手が、『アウトレットがあるから』北広島は知っていると発言していましたが、これが良くも悪くも札幌と北広島の“心理的”な距離を表していると思います。中田選手は、単に『知っている』ことを挙げただけだと思いますが、隣り合っている市だと考えると、北広島市の“遠さ”が伝わってきます。マーケティングにおいては実際の物理的な距離よりも心理的な距離が重要だと言いますが、やはり現時点ではまだかなり遠いように感じます」

空港に近いというメリットからインバウンドを期待する声もありますが、やはり真っ先に見るべきは地元の熱心なファン。池田氏は、球場の熱を支える地元の人の北広島への心理的距離感を縮めることこそが急務だと言います。

「中国や台湾の人をはじめ、アジアの観光客が増えているので、彼らを取り込むことも重要ではありますが、最初に考えるべきことはそこではないと思います。球場に熱を生むためには、一見さんじゃなくて、これまで日本ハムファイターズを支えてきてくれた北海道の皆さんをどれだけ離さずに増やしていけるか、札幌ドームから北広島新球場に来てもらえるかだと思います」

いよいよ動き出した日本ハムの“夢構想”の未来は、これから日本中で進められるすべてのプロジェクトと同様に、リターンとリスク、期待と不安の両方をはらみながら進んでいくことになるでしょう。

「新球場への投資を足かせにせず、地元のファンをどう盛り上げていくのか。厳しいことも言いましたが、日本ハムの新しい試み自体は素直に応援したいと思っています。人口が減っていく時代において、野球界やスポーツ界がどう適応してビジネスを広げていくのかという観点からも注目しています」

世間でも注目度の高い日本ハムの“ボールパーク”を軸にした新球場構想ですが、札幌ドームの未来を含めた北海道全体の経済の影響やファンの納得感という課題が残ります。

「いずれにしても、一番大切なのはやはりファンの共感を得ること。共感があってこその新ボールパークです」

新球場の開業は2023年の予定。この新たな試みは、各球団のモデルケース、これからの球場づくりに一石を投じるようなインパクトを与えてくれるのでしょうか?

<了>

取材協力:文化放送

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VictorySportsNews編集部