巨人で2年間レギュラーを守り抜いたことはもっと評価されるべき

実に、不思議なプロ野球選手だ。

読売ジャイアンツの正捕手・小林誠司のことである。

広陵高校、同志社大学、日本生命と各カテゴリーの「名門」でプレーし、2013年ドラフト1位で巨人に入団。プロ1年目から1軍定着、3年目の2016年からは正捕手に。

経歴だけを見れば「野球エリート」と呼ぶにふさわしい。加えて、マスクをかぶらせておくのはもったいないほどの端正な顔立ちも誇る。

昨春行われたWBCでは侍ジャパンの正捕手として大会通算打率.450、1本塁打、6打点。その知名度も一気に全国区となった。

それでも、なぜか小林には何かと「ネガティブ」な報道、評価が目立つ。

代表的なのが小林を評する際にもっとも多く使われる「打てない」という評価だ。

確かにレギュラー獲得後の2年間の打率を見ると2016年が.204、2017年が.206。プロ4年間の通算打率も.214とかなり低い。かといって一発長打があるかというとそうではなく、通算本塁打も昨季終了時点で10本。昨今、プロ野球界には「打てる捕手」がいないといわれて久しいが、小林はその対極、「打てない捕手」の象徴のように扱われている節がある。

ただ、ここで補足しておきたいこともある。昨季、セ・パ12球団で規定打席に到達した捕手は、小林と中村悠平(ヤクルト)しかいない。「打てる捕手」が不足しているどころか「レギュラー捕手」自体がいないのだ。そんな中、球界の盟主といわれる巨人において、過去2年間レギュラーを守り抜いた小林という選手は、もっと評価されてしかるべきだろう。

小林が語った課題と、捕手としての能力

小林が初めてレギュラーとして過ごした2016年オフに、彼を取材する機会があった。内容は1年間を通して感じたことや翌年に迫ったWBCについてだったのだが、その中でも最も印象に残っているのが、「現時点で、自分の課題は何だと思うか」という質問への回答だった。

筆者は過去に何人もの捕手に取材を行ってきたが、その誰もが捕手として一番に考えていることは投手とのコミュニケーションやリード、キャッチング技術といった「守備面」であると語ってくれた。楽天の嶋基宏は「正直、試合中に打撃のことを考えることはほとんどない」と断言したほどだ。

しかし、小林はこの質問に対して「バッティングですね」と即答したのだ。

当時はまだ正捕手1年目。筆者としては「まずは捕手としての技術を磨いていきたい」「投手の信頼を得たい」といった若手捕手らしいコメントを想定していたので、この答えには驚きを感じたことを覚えている。

もちろん、彼が置かれている立場、周囲の声、さらには小林の前に巨人の正捕手に君臨していた「打てる捕手」阿部慎之助の存在がこのコメントをさせたのは容易に想像できる。

ただ、このコメントがすっと出てくるあたり、小林自身が「捕手としての能力」にはある程度の自信を持っている裏返しともとれる。

事実、「打者・小林」の評価とは逆に「捕手・小林」の評価はプロ野球界でも非常に高い。

例えば、谷繁元信氏、里崎智也氏といった日本を代表する元捕手たちも、「肩は間違いなくトップクラス。セ・リーグではナンバーワン」と断言する。そうでなければ、2年連続で巨人の正捕手を務めることなどできないはずだ。

にもかかわらず、である。
昨年ドラフトでチームは捕手を4人も指名(育成2名を含む)。今季の推定年俸も昨季から400万円増の5400万円と微増に終わった。周囲はもちろん、チームからもまだまだ「絶対的な正捕手」とは認められていない。

昨季でいえば宇佐見真吾、今季でいえばルーキーの大城卓三などが「次期捕手候補」とフィーチャーされ、常に「ポスト小林」が話題になる。12球団で唯一規定打席に到達した捕手であり、WBCの正捕手であり、球界屈指の強肩を誇るのに、「正捕手」の座はまだまだ安泰ではないのだ。

しかし、そんな状況でこそ力を発揮するのが小林という男の不思議な魅力でもある。

阿部慎之助が一塁に転向し、「小林で大丈夫か……」と不安がられながら、なんだかんだで2年連続、シーズンを正捕手として過ごした。

WBCでは小久保裕紀前監督が「捕手は複数の選手を調子や投手との相性を見ながら起用する」と公言していたにもかかわらず、シーズン中とは見違えるほどの驚異的な打棒で正捕手の座を手にした。

「良い打者」へと近づきつつある小林 球界OBの語る期待は?

そして今季、昨季台頭したライバル・宇佐見が苦しむ中、開幕戦から2打数2安打、翌日も2打数2安打と打率10割をキープ。昨季は8月30日まで出なかったシーズン初本塁打も、4月7日のヤクルト戦で早々に放った。しかもその一打は、試合をひっくり返す満塁弾だ。4月20日時点で、小林の打率は.386。規定打席にはやや足りていないが、現在のセ・リーグ打撃成績に当て込むとセ・リーグ2位。OPS.972はブレイク中の岡本和真を上回り、チーム一の数字だ。

打撃技術が飛躍的に上昇したのか、というと決してそうではないが、今季はもともと得意としていた真ん中から外寄りのコースに対してのミスショットが減っている。相変わらず内角の厳しいコースには苦しんでいるが、それはほとんどの打者にいえること。「良い打者」というのは甘く入ったボール、得意なコースを打ち損じず、しっかりととらえることのできる打者だ。まだ開幕してから1カ月も経っていないが、小林の打撃は少しずつ「良い打者」へと近づきつつある。

今季で29歳。プロ野球選手としては最も脂ののった時期を迎えつつある。確かに、今のプロ野球界が望む「打てる捕手」というタイプではない。それでも、周囲の評価を覆す結果を残してきたところに、プロとしての資質の高さを感じさせる。

特に捕手というポジションはより「経験」がモノを言う。正捕手3年目を迎え、さらに経験を積めば……。

開幕前、谷繁元信氏は小林に対してこんな期待を述べてくれた。

「年齢的な伸びしろを考えても、今からいきなり3割を打つとか、20本塁打を打つとかは難しいかもしれない。でも、ここぞという場面での勝負強さや、意外な局面での長打など、存在感の示し方は他にもある。捕手としての技術はあるだけに、打線の中でそういう役割を担ってくれれば面白い」

開幕早々の猛打爆発、シーズン初本塁打となった満塁弾などは、まさに「意外性」と呼ぶにふさわしかった。

周囲からの不満、課題の指摘は期待の裏返しでもある。

その甘いマスクとスタイリッシュな出で立ちで「泥臭さ」を感じさせない現代っ子風な一面もまた、小林誠司というプロ野球選手の魅力のひとつだ。

逆境でこそ力を発揮する「意外性の男」、小林誠司。

今季はそのプレーを、注目して見ていきたい。

<了>

多くのチームで捕手固定化の動き 球界が渇望する“名捕手”は現れるのか

2016年は名捕手不在のシーズンであり、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に臨んだ侍ジャパンでも捕手選考は難航した。本大会では巨人の小林誠司が予想外の活躍を見せてくれたが、現球界では捕手の併用は当たり前となり、時代を象徴するような名捕手は見当たらない。しかし今シーズンの出だしを見ると、少しばかり様相が異なる。多くのチームが捕手を固定し、地道に育成しようという気概が伺えるのだ。

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花田雪

1983年生まれ。神奈川県出身。編集プロダクション勤務を経て、2015年に独立。ライター、編集者として年間50人以上のアスリート・著名人にインタビューを行うなど、野球を中心に大相撲、サッカー、バスケットボール、ラグビーなど、さまざまなジャンルのスポーツ媒体で編集・執筆を手がける。