ボランティアの定義とは?

8月初め、カナダのモトリオールで開催されたテニスのロジャーズカップを取材した。大会1日目、午後6時ごろからの激しい雷雨で試合が中断。その後、いったん雨がやんだところで、スタッフ総出で水を掻き出す作業が始まった。そのスタッフの半数は12歳から16歳までの少年少女たち。彼らは試合中にボール拾いをするボールパーソンだが、水を掻き出す作業にも参加していた。

スタッフが試合再開できる準備を整えたにもかかわらず、またもや雨が降り、残りの試合は翌日へ順延となった。その発表があったのは午後10時過ぎ。その時間までボールパーソンも会場で待機していた。

ナイター照明に照らされた彼らの姿を見ながら、日本で同じ状態になれば、批判の対象になるのではないか、と感じた。彼らは無償のボランティアであり、しかも未成年である。これほど夜遅くまで活動させてよいものか、と。カナダは人権意識の高い国だという印象を持っているが、このような活動は問題になっていないのか。

同じ頃、TwitterなどのSNSでは東京2020オリンピック・パラリンピックのボランティアの待遇についての疑問や抗議の声が挙がっていた。事前に講習を受けなければならない、10日間以上・1日8時間と拘束期間が長過ぎる、交通費や宿泊費が支給されない、といった内容だ。

翌朝、ボールパーソンをまとめる担当者と2人のボールパーソンに取材をする機会を得た。担当者は「昨日はみんな13時間ほど会場にいましたね」と言ったが、全く問題視していない様子。保護者からの苦情もないという。ボールパーソンには、お金ももらえず、夜遅くまでの長時間は大変ではないのか、と質問を投げかけたが、「トップ選手のすぐ近くでプレーを見ることができるので、とてもうれしい」と屈託なく目を輝かせていた。大会は1週間。プロが出場し、選手には賞金が出るが、ボールパーソンを含むボランティアは無償であり、市内の公共交通の乗車パスと会場内での飲食だけが提供されていた。事前にはボールパーソンになるための選抜テストも事前に行われた。

「ボランティア・カナダ」という組織では、ボランティアの定義を次のように定めている。
ボランティアの定義は「個人の自主的な活動」である。無償の労働力、専門能力をある団体や組織に提供することで、団体や組織は恩恵を受ける。だが、これは一方的なものではなく、ボランティアにも恩恵がなければならない。ボールパーソンの少年少女は大会を支えると同時に、トップ選手たちの間近でプレーを見ることができ、仕事を体験するという恩恵があったといえるだろう。保護者もこれに同意して送り出したということだ。

だからといって、カナダのスポーツ大会のボランティアが朝から夕方まで無償で活動しているのだから、日本のスポーツ大会や東京2020大会のボランティアも喜んで引き受けるべきだとはならない。オリンピック・パラリンピックはこれまで他国でも開催されているので、まずは過去大会との比較は必要になるだろう。

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過去オリンピックでのボランティア事情は?

2008年北京、12年ロンドン、16年リオ五輪のボランティアは、いずれも7万人の規模だった。北京大会の募集要項を見つけることはできなかったが、ロンドン大会は大会ボランティア7万人、都市ボランティア8000人を募集。3日間の事前研修、1日最大10時間、少なくとも10日間の活動、無償、交通費・宿泊費は自己負担。リオ大会も事前面接と研修に最長3日間、少なくとも10日間の活動、無償。活動当日の公共交通費は支給されたようだ。活動内容はロンドン、リオともに案内、競技サポート、通訳、医療などの専門職が含まれている。東京2020大会のボランティア募集要項で示されている活動内容だけが劣悪だというわけではない。

ロンドン大会では7万人の募集に対して、24万人を超える応募があり、応募者を絞り込む作業があった。ボランティアの募集・育成は、ロンドン大会組織委員会から委託された、大会スポンサー(当時)でもあるマクドナルド社が行った。またロンドン大会では、ボランティアに対しユニークな支援をしていた。『現代スポーツ評論37 特集:スポーツとボランティア』(創文企画)に掲載された金子史弥氏の「ロンドン2012オリンピック・パラリンピックにおけるボランティア政策」によると、欧州社会基金、ロンドン開発公社、ロンドン特別区からの出資をもとに「パーソナル・ベスト」というプログラムが実施された。これは長期失業者に対してロンドン大会のボランティアに応募する際に必要とされるスキルを身に付ける機会を提供するもので、2006年から2011年の間に500名の長期失業者を対象に行われたという。ボランティアに求められる条件を逆手に取り、これを職業訓練の場に置き換え、ボランティア活動によって雇用の可能性を高めるという工夫があったということだ。

一方、リオ大会では、ボランティアユニホームを受け取ったが、実際には活動しなかった人が約1万5000人いたという。2016年8月16日付の『ニューヨーク・デイリーニュース』が報道した。同紙によると、ボランティア活動をやめた一人が取材に対して「2週間続けなければいけないので、やめなければいけなかった。1日に8時間から9時間働くように言われたが、おやつ程度のものしかない。組織委員会は我々をお金のかからない労働者として利用している」と話している。これを受けて、リオの組織委員会は、ボランティアが1万5000人少ない状態で乗り切ると発言していた。

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東京2020大会におけるボランティア批判をどう見る?

東京2020大会には、やりがい搾取やブラックボランティアとの批判がある。本来は個人が自主的に参加するのがボランティアの姿であるのに、日本の場合は、大学などの学校や、地域、企業などの団体や組織を通じても、ボランティアを集めようとしていることが問題なのかもしれない。自分の所属している集団から依頼されることで、断りにくい状況に陥ることもあるだろう。多くの日本人がこれまでにも自主的な参加を保証されず、本当は嫌にもかかわらず、形の上では“自由参加”してきた経験がある故に、大会ボランティアをブラックと警戒してしまうという背景もあるのではないか。東京2020大会は8万人の大会ボランティアを募集していて、ロンドン大会やリオ大会に比べて1万人ほど多い(都市ボランティアは3万人募集)。暑さ対策のために頻繁に休憩を取れるようにするための人数確保ならば理解できるが、対外的なメンツに巻き込まれるのは、私は嫌だ。

また、過去大会が全て無償のボランティアによって支えられていたからといって、それが妥当とは言い切れない。「ボランティアは自主的な参加であり、オリンピック・パラリンピック大会だけでしか味わえない価値の高いものだから、無償でも良い」のだろうか。無償で10日間の活動が条件であれば、その期間中、自分の生業を中断しても生活が成り立つ人しか活動に応募できない。時間給や日当で生活している人たちは、それほどまでに素晴らしいとされる「ここでしか味わえない特別な経験」をするチャンスがない。これは東京2020大会の問題だけでなく、他の大会でも同じことだろう。

オリンピック・パラリンピックは巨額なスポンサー料を集めているのに、なぜ、ボランティアは無償なのか、という批判もある。大会を支援するオフィシャルスポンサー、オフィシャルサプライヤーが存在するのだから、ボランティア支援を全面に出したスポンサー、サプライヤー、サポーター企業があってもよいのではないか。ボランティアの宿泊費を一部支援したり、食事をより充実したものにしたりできるはずだ。ボランティアを希望しながらも、経済的な事情でボランティア活動できない人たちにも、活動してもらえる機会を提供することにつながると思う。

ボランティアは、その労力を受け取る団体にも、その労力を提供するボランティアにも恩恵がなければならない。しかし、東京2020大会では、ボランティアすることによってどのような恩恵があるのかが見えにくいという面もあるのではないか。代表選手たちの活動を目の当たりにする機会、世界各国からの人たちとのふれあい、他のボランティアとの交流といった体験はできるだろう。しかし、損得勘定が染みついている私は、労力を無償で提供するなら、それがどこかの誰かに還元されていてほしいと思う。

私事で恐縮だが、デトロイト市内のユーススポーツ組織で清掃ボランティアをしていたことがある。この組織の目的は「低所得世帯の子どもたちがスポーツをできる機会を得られるように」というもので、そのために参加費を極力、抑えている。私が無償で提供した労働力によって、子どもたちの参加費を抑えるのにいくらかでも役立っているので、還元されているという実感を持つことができた。オリンピック・パラリンピックは競技場の建設から、テレビの放映権料、その他さまざまに大会に関係する会社への支払いと大きなお金が動く。テレビの放送権料、世界的企業が協賛する「TOPプログラム」から得たお金は、国際オリンピック委員会(IOC)と大会組織委員会、各国オリンピック委員会、国際競技連盟に分配されている。ボランティアによって大会の経費が節約できたのだとしたら、その浮いたお金がどのように分配されているのか、誰の役に立っているのかを知りたい気持ちにもなる。

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「主体的」に参加することでできること

現代のオリンピックは、商業化され、大規模になり、多くの人の生活からかけ離れてきている。だからこそ、ボランティアは最後の砦になり得るのではないかとも思っている。ボランティアは、大会の組織委員会とは雇用関係にない。労使の関係にないことをうまく使えばよいのではないか。8万人の人たちが「タダ働きの労働者」ではなく、「主体的に考える参加者」になれば、市民から支持を得られなくなってきている現代オリンピック・パラリンピックの在り方を考えるためのそよ風くらいは起きるかもしれない。

現実には、マニュアル通りの活動にならざるを得ないだろうし、守秘義務もあるだろうが、「東京2020大会」という大きなものの中に入って、内側から考え、提案し、改善し、批評するのにボランティアは絶好の機会でもある。「タダ働き」に終わるか、「主体的な参加者」として今後のスポーツ界の設計図の変革につなげるかは、こちらの姿勢ひとつで変えることもできる。鬼の中へ入り、内側から鬼のお腹を針で刺した一寸法師作戦といったら言い過ぎか。

カナダや米国で開催されるスポーツの国際大会では、はつらつと活動する数多くのボランティアの姿を見かける。特に小さな都市では、街を上げて盛り上げようという熱気や地域の組織委員会とボランティアの誇り、プライドを感じる。ボランティアの盛んな国や地域では、キリスト教の宗教観もあるのだろうが、直接にサポートしてもらった人だけでなく、その地域や社会からも感謝され、敬意を払われている。だからこそ、ボランティアの土壌があるのだと思う。

東京2020大会にボランティアの在り方を注視し、批評することは重要だ。しかし、ボランティアとして参加する人を個人的に「国家主義、商業主義の片棒を担いだ」と指さして批判するのは慎むべきではないか。ボランティアとして参加する一人ひとりは、自発的に、それぞれの理由で参加している。参加しない自由もあれば、参加する自由もある。それは、会社や大学からボランティアをすることを促された時に、「みんなで盛り上げる大会なのに、なぜ、協力しないのだ」と詰め寄られることの裏返しにもなるからだ。

<了>

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谷口輝世子

著者プロフィール 谷口輝世子

スポーツライター。1971年生まれ。1994年にデイリースポーツに入社。1998年に米国に拠点を移し、メジャーリーグなどを取材。2001年からフリーランスとして活動。子どものスポーツからプロスポーツまでを独自の視点で取材。主な著書に『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)、『子どもがひとりで遊べない国、アメリカ』(生活書院)、章担当『運動部活動の理論と実践』(大修館書店)。