この国で最も有名なラグビー選手の一人は、「グローバル」、「時代への対応」といったフレーズをしきりに使う。

日本代表として活躍する山田章仁は、ウイングというタッチライン際のポジションに入って競技の華といえるトライを量産。日本最古豪の慶応義塾大学にいたころから単身で海外に留学したり、パナソニックのプロ選手になってから社会人アメリカンフットボール・Xリーグに挑戦したりと、誰も歩まない道を歩む人としても知られる。

2大会連続出場が期待されるワールドカップ2019日本大会へは、これからラグビーに注目する人たちに向けて、「発表会」「テスト」といった例え話を用いて意気込みを語る。
(インタビュー・構成=向風見也、撮影=長尾亜紀、取材日=2018年10月9日)

いまの自分があるのはエディーさんのおかげ

――山田選手がワールドカップを意識するようになったのは、いつからですか。

「2015年(イングランド大会)の前ぐらいですかね。2011年(ニュージーランド大会)の時は、いま振り返ればそれほど強い思いはなかったかな。わかりやすくいえば、2011年の時は、その年に合宿に参加させていただいて準備に入ったけど、2015年の時はほぼ4年間、まるまる準備できた。その違いがあります」

――イングランド大会では9月19日の初戦で優勝候補の南アフリカ代表を撃破。日本にラグビーブームが巻き起こります。

「それを感じる余裕はあまりなかったです。南アフリカ戦のメンバーに入ることも含め、結構、必死だったので。あっという間に過ぎたワールドカップという感じでした。監督に地道にアピールするということは2015年までの4年間で一番、大切にしていたことだし、自分の思いを伝えることも大切にしてきましたね」

(C)Getty Images

――その南アフリカ代表戦。3点差を追うラストワンプレーでペナルティーキックを獲得。ペナルティーゴールを決めれば引き分けに持ち込めるなか、日本代表はスクラムを選択してトライを狙います。先発した山田選手はすでに交代で退いていましたが……。

「あの最後の時は正直、3点(ペナルティーゴール)を狙ってもいいと思ったりもしました。南アフリカ代表と引き分けられるチャンスだったので。ただタッチラインで『スクラム、どうなの?』と聞いたら、隣で見ていた堀江(翔太、スクラムを組むフッカーというポジションを務める)は『いけるんじゃない?』というようなことを言っていた。スクラムを選んだからには『やってくれよー』という思いで応援していました」

――かくして、このゲームは34-32で逆転勝利。しかし2度目の先発となったサモア代表との第3戦を前に、当時のエディー・ジョーンズさんになぜか「練習態度がよくない」と怒られたそうですね。

「怒られましたねぇ、練習で。言い返してみたものの、コテンパンにやられました!」

――苛烈な人柄で知られる方ですが、それまでワールドカップ通算1勝だった日本代表に3つの白星を与えた人でもあります。

「エディーさんは、プロフェッショナルのコーチとしては非常に素晴らしいと思います。僕がいまこうして取材を受けさせてもらっているのも、ラグビー選手として楽しい人生を送れているのも、彼のもとでもがけたおかげ。なので、本当に感謝しなくちゃいけないです」

(C)長尾亜紀

いまの体制は『ラグビーありきのラグビー』

――エディー・ジョーンズ前体制の日本代表のキーワードが「ハードワーク」なら、ジェイミー・ジョセフ現ヘッドコーチ率いる今のチームのそれは「スマート」。戦術やプランも大きく変わりました。

「(現体制は)本当に新しいチームで、すごく頭を使う、ラグビーをしっかりやらないといけないチームですね。あまり比較はしたくないですけど、2015年のチームとは180度変わっていて、ミーティング、戦術(の運用)も選手が主体的に考えてやっていかないといけない。グラウンドに出る15人にそれぞれの役割があって、それを念頭に置きながらラグビーをする。『ラグビーありきのラグビー』というと、わかりにくいかもしれないですけど……」

――『ラグビーありきのラグビー』の最初の「ラグビー」を「選手がその場でベストな判断をする」に置き換えたら、クリアになりますか。

「そうですね。大まかにいえば。本当に大切なものは何か。それがラグビーでいえば、前に行く、トライを取る、ディフェンスで相手を止める……、今回(2019年の日本大会)は、そういったメッセージを伝えやすいんじゃないかと思います」

――先ほどのお話で「15人にそれぞれの役割があって」とありました。本来の役割と違う動きをすると決断をした場合は、コーチ陣からどう見られるのでしょうか。

「役割外のことをする時は責任が伴って、しっかり結果を残さないといけないというプレッシャーもある。だから僕自身、これからいろんな組織で仕事をすることになると思うのですが、本当に勉強になることが多いですよね。課された役割はしっかり果たさないといけないし、そこがおろそかになってはいけない。(それ以外のことをするなら)しっかりと責任を取らなきゃいけません」

(C)長尾亜紀

「自分だけの三角形をつくる」とは?

――ジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチ率いる日本代表では、スピード感が求められます。山田選手はそれにフィットすべく一時体重を絞っていました。いまはいかがですか。

「すごく痩せている時よりかは、ちょっと体重も増えてきたかなと思う。でもバランス、自分のコンディションとかを見ながら、徐々に自分のベストを(探っている)。これは(サイズが)大きい、小さいではなく、言葉では表せないですね。……それを言葉で表すのがインタビューだろ、ってなるんですけど。……まぁ、バランスの取れたラグビー選手になりたいなと」

――山田選手が以前強調していた考えに「きれいな二等辺三角形より、自分だけの三角形をつくる」があります。「スピード重視」「パワー重視」と見立てた下辺の両端と、「下辺の上で、自分がどの地点に位置するかを示す点から垂線を引いた先の点」とを結んだ「三角形」に独自性を持たせたいという意味のようです。他の誰でもない領域を見つけられたら、どんな相手に対しても一定の優位性を示せるというイメージが浮かびます。

「そうですね、自分なりの三角形を目指す。その三角形は、時代にも、相手にも、チームの戦術にも合わせたものにしなきゃいけない。いまは社会自体がそんな時代に来ているとも思っています。社会の波に合わせるようなラグビー選手になっていきたいですね」

(C)Getty Images

――「時代」は2019年のワールドカップ日本大会、「相手」はアイルランド代表など同大会の予選プールでぶつかる相手、「チームの戦術」はジョセフの唱えるスタイル、と見ることができそうですね。

「とはいっても、勝負するのは1対1。例えばアイルランド代表と大くくりに見るんじゃなくて――まだメンバーが誰になるのかはわかりませんけど――あのなかにもパワー系の選手、スピード系の選手がいたりと自分なりの三角形を持つ選手がそろっていて、それらに勝てる三角形にならないといけない。いまの日本代表には、それができる環境が整っていると思います。選手の日当もちょっと増えてるし! ……あとはワールドカップまであと1年を切って、取り扱ってくださるメディアも多い。選手のモチベーションも高まっているなと感じます」

2019年はいままでのラグビー人生の集大成

――今年9月、候補選手が和歌山に集まって数多くのミーティングをこなしました。

「はやりのグループワークです。トップダウンでは限界があるんじゃないかというのがいまの時代の流れ。ラグビーには時代を引っ張っているところがあって、いろんな人種の人が同じ国の代表で戦うんです。これは日本のような島国ではとても大事なことで、それで結果を残せば皆も感動、賛同してくれる。だから本当に大事なのは、ラグビーで結果を出すことなんだよ、と」

――チームづくりに携わると同時に、大会登録メンバーに入るための努力も続けます。

「引き続き首脳陣には自分の強みをアピールします。プレーでも、話し合いでも、すべてにおいて。いままでのラグビー人生の集大成なので。集大成って言うと『最後なんですか』って勘違いされるんですが、『そこ(開催年)までの集大成』ってこと。2015年もそれまでの集大成ですし、2019年はこれまでの集大成。もちろん2023年も出るのであれば、そこも集大成。ワールドカップは、発表会というか、いままで練習してきたことをしっかり出すステージにしたいという思いではいます」

――日本代表として戦う時の気持ちは、どんなものですか。プレッシャーなのか、楽しみなのか。

「プレッシャーって、自分のしてきた以上のことをしようとするから感じると思うんです。テストでいえば、80点しか取れないのに100点を取ろうとすると、緊張する。テスト勉強の時に『あ、教科書2ページ分やれていないな』となったら、(100点満点のテストを)90点満点だと思わないと。僕は緊張、プレッシャーとかはあまり感じない方ですね。となると、いままでやってきたものをどれだけ出せるかという楽しみ、やってきたことに自信があって早く皆に見てもらいたい(という気持ちが強い)。『テストに出るか出ないかわからない単語帳の端の単語を俺は勉強した! ここ出てくれ! 出た!』みたいな気持ちの持ちようでございます!」

<了>

(C)長尾亜紀

[PROFILE]
山田章仁(やまだ・あきひと)
ポジション:ウイング
1985年7月26日生まれ、福岡県出身。現所属は、パナソニック ワイルドナイツ(トップリーグ)、および、サンウルブズ(スーパーラグビー)。50mを5秒台で走る快速、強靭な足腰、クレバーなプレーで高い評価を得る。2015年ラグビーワールドカップの予選リーグ第3戦サモア戦でトライを決める。日本代表キャップは24(2018年6月時点)。

姫野和樹、若きホープが初めて挑むW杯に臆さぬ強さ「期待されるのは好き、応えたい」

2019年、ここ日本で開幕するラグビーワールドカップ。その大舞台に初めて挑むのが、急成長の24歳、若きホープの姫野和樹だ。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

堀江翔太、日本代表の主軸が語る等身大の想い 日本開催のワールドカップは「お祭りみたいに」

ラグビーワールドカップ日本大会が来年9月、開幕する。現役日本代表の主軸の一人、堀江翔太は、「お祭りみたいな試合をしたい」と大らかに語る。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

大畑大介が語る「ラグビーと子育ての関係」。世界に誇るトライ王が見るW杯と日本代表

2019年9月、ラグビーワールドカップが日本にやって来る。日本が世界に誇るトライ王・大畑大介氏が、現在の日本代表への期待と、現役時代の秘話、さらには2人の娘を持つ父親として「ラグビーと子育ての関係」について語った。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

田村優、日本代表の司令塔が感じた手応え「目指すランクが上がった」

今年、ラグビーワールドカップがここ日本で開幕する。日本代表の司令塔・田村優は、試行錯誤の末につかんだスタイルに自信をのぞかせる。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

日本開催のラグビーW杯まであと2年 完売必至のチケットはこれだ!

日本で開催されるラグビーW杯の開幕まで2年を切った。来年1月19日には、先行抽選販売の申し込みが開始となり、同27日からは一般抽選販売の申し込みが開始される。ビッグゲームは、文字通りのプラチナチケットとなる世界有数のスポーツイベント。ここでは、注目のゲームをおさらいする。(文=斉藤健仁)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

日本にとって理想的!? 19年ラグビーW杯組分けを読み解く

2019年に日本で開催されるラグビー・ワールドカップ(W杯)の組分け抽選会が行われ、日本はアイルランドやスコットランドと同居するプールAに組み込まれた。ニュージーランドやイングランド、南アフリカといった優勝経験国との対戦が避けられた今回の抽選結果をどう見るか。また決勝トーナメントに進出する8チームも予想した。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

今さら聞けない 日本ラグビーを飛躍させたエディーの後任 ジョセフとは何者か

2015年ラグビーワールドカップでエディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ)が率いて予選プールで3勝を挙げたラグビー日本代表。そのジョーンズ氏の後を継ぎ、2019年の自国開催となるワールドカップで、「ブレイブブロッサムズ(勇敢な桜の戦士たち)」の指揮を執るのが「JJ」ことジェイミー・ジョセフHCだ。選手時代、「オールブラックス」ことニュージーランド代表だけでなく日本代表でもワールドカップに出場、さらにコーチとしても2015年にハイランダーズ(ニュージーランド)をスーパーラグビー優勝に導いた指揮官に迫る。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

19年W杯での躍進のカギを握る9番、10番争いの行方

「チームジャパン2019総監督」という立場で15人制ラグビー日本代表の強化を担当するジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチが6月のルーマニア、アイルランド戦に向けて嬉しい悲鳴をあげている。戦術のカギを握る9番のSHと10番のSOについて「選手の層が厚くて選ぶのに悩んでいる」と言うのだ。激化するハーフ団の定位置争いについてレポートする。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

五郎丸歩のフランス挑戦、1年で幕を下ろす。トゥーロンでのプレーを振り返る

6月にルーマニア、アイルランドと国際試合を行う日本代表のメンバーから漏れた五郎丸歩がフランス1部のトゥーロンを退団し、ヤマハ発動機ジュビロに復帰することが発表された。なぜ、五郎丸は国内に復帰するのか。1年で終わりを迎えた五郎丸のフランス挑戦を振り返る。

VICTORY ALL SPORTS NEWS

向風見也

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、ラグビーのリポートやコラムを『ラグビーマガジン』や各種雑誌、ウェブサイトに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。