2011年に現体制になって以来、ドキュメンタリー映画を制作するなどIT企業らしい独自の取り組みやアイディアで他球団との差別化を図り人気を博してきたDeNAだが、意外なことに球団の公式ツイッターを活用し始めたのは2018年7月からであり、これは他球団とくらべかなり後発となる。そうであってもクリエイティブなSNSを発信してきたDeNAではあるが、このたび満を持し、オランダ発のSNSコンテンツ生成およびファンエンゲージメントプラットフォームである『Content Stadium』というサービスを導入した。

 『Content Stadium』とは簡単に言うと、SNSのマルチテンプレートパッケージである。パッケージには最先端SNSテンプレートデザインがあり、高品質で視覚的効果の高いアニメーションやビデオコンテンツを用いることで、高レベルなファンエンゲージメントを実現可能にするツールだ。日本国内としてはDeNAが初導入となる。

 『Content Stadium』の名が世界のスポーツシーンで知れ渡ったのは昨年日本で開催された『ラグビーワールドカップ2019日本大会』である。主催者であるワールドラグビーは、このツールを公式サービスとして活用し、SNSを通じて大会の情報をファンに提供することで、イベントの成功に重要な役割を果たした。

 世界中のスポーツ団体にとって、SNSのコンテンツをリッチ化して、ファンとのエンゲージメントを高めることの重要性が認識されつつある。

スピード感と利便性

 現在『Content Stadium』 は、FIFAやFIVB(国際バレーボール連盟)といった主要国際競技団体をはじめ、MLBやNBA、サッカーのスペインリーグ、テニスの全仏オープンなど、世界中の170以上の団体に採用され、ワールドスタンダードになりつつあるのだ。サービスは、テンプレートごとに、月額5万円程度から導入できる仕様で、ドイツブンデスリーガのフランクフルトは、このサービスを導入することで、月84時間もの作業時間を削減し、FIFAは導入前と比べてコンテンツ生成量が300%アップしたという。

 導入を決めた経緯を球団広報部の丸形佳之氏は次のように説明する。
「弊球団としては、日々、SNSをタイムリーに動かしていく上で、よりクオリティーの高いものを提供していきたいという狙いが運用を開始した当初からありました。SNSを通してファンの方々とのエンゲージメントを高めていく上でスピード感と更なるコンテンツのリッチ化が必要だということで、利便性が高く実績のあるこのツールを利用することになりました」

 スタジアムのボールパーク化や独自のファンサービスにおいて、プロ野球界の先駆者として実績を残してきたDeNAならではの方向性。後発となったSNS事業ではあるが、ここは“ベイスターズらしさ”で一気に他球団と差別化を図るというわけだ。丸形氏はスピード感と利便性と語ったが、この『Content Stadium』の特徴の一つは、まさにそこにある。制作現場の最先端にいるクリエイティブ戦略部の岡田恵氏は、実際に利用してみた感想を次のように教えてくれた。

「まだ動き出したばかりなのですが、非常に使いやすいツールですね。書き出して、ものの数分でSNSへアップすることができますし、運用する人間を選びません。簡単に言うとスマートフォンのアプリのような感じで、ほんの少しの知識があればデザインの専門職でない人間であっても、高いクオリティーの画像や動画を同じレベルで提供できる魅力があります」

 時間と人を選ばない。例えば旧来の方法で『Content Stadium』と同等レベルの画像や動画を用意するのであれば、クリエイターがフォトショップなどの専門のソフトを使い、ある程度時間をかけて制作しなければいけなかったが、この新たなツールを使えばわずかな知識と手間で、すぐにアップできるというわけだ。スピード感を必要とするSNSにおいて、これは大きな武器になると言っていいだろう。

 人材の多様性という部分で丸形氏が言う。
「SNSを活用している団体は、おそらく1名から数名の人間しか運営に関わっていないと思うんです。いわゆる“中の人”ですけど、その方が変わったり、不在となってしまった場合、SNSの雰囲気や空気が崩れてしまうといったことが考えられます。リスク回避ではないですけど、多くの人間が均一かつ高クオリティーでスピーディーに対応できるのは、ファンの方々へ向けた意識の共有という面でも弊球団の考え方にマッチしたツールだと考えています」

SNSに投稿されるスタメン情報も、デザイン性の高い動画でファンを楽しませている ©️YDB

SNS活用の意義

 さて、日本のスポーツ界におけるSNSの活用は世界に比べ遅れていると言われているが、DeNAにとってSNSとはなにを意味するものなのだろうか。極論を言えばSNSで情報を発信することが直接収益につながるわけではない。その意義を丸形氏は次のように教えてくれた。

「SNSによっても用途は異なります。例えばツイッターならば拡散性という特性を生かし、球団のオンタイムの情報やチームのトピックスなどをファンの方々にいち早く知ってもらう。ここには新規ファン拡大といった意味合いもあります。またインスタグラムであれば写真というビジュアルを活用した上で、選手やチームに深く踏み込んだ情報を知ってもらう。いずれにせよ高いレベルの情報を出しつづけることで、ファンの方々が持っている“熱量”を落とすことなく、チームを身近に感じてもらい、より好きになってもらいたいという思いはありますね」

広報部 丸形佳之氏(左)とクリエイティブ戦略部 岡田恵氏(右) ©️YDB

 ファンの“熱量”を落とすことなく、チームと一体となる――まさにこれぞ“ファンエンゲージメント”である。

 もちろん制作側にも熱量は必要だ。前出の岡田氏は「素晴らしいツールではありますが、もっと重要なのは、それをどう使うかだと思います」と語る。

「インスタグラムなどでファンの方々の反応を見ていると、綺麗にデザインされたものよりも、画像を加工しない、選手の息づかいが感じられるような写真の方が反応のいい場合もあります。ですから、そこはファンの方々がなにを求めているのか、これからも敏感になって察していきたいですね。あと重要なのは、ビジュアル面はもちろんなんですが、何を投稿するか、という中身ですよね。球団が伝えたいメッセージや、実際にグラウンドでプレーする選手たちの想いや言葉。それらを融合させ、さらにレベルアップさせて見せていくことが大事だと思います。ツールを活用して、デザイン性や利便性を高めつつ、チームの“熱量”を、球団独自のやり方でファンの方々にお届けしたいと思っているんです」

 既存の物ではない、前例のないオリジナルを追求するのがDeNAの変わることのないスタンスだ。その上で最先端のツールを利用しながら独自のSNS路線を切り拓いてゆく。

 現在、新型コロナウイルスの影響により、以前のように多くの人が横浜スタジアムへ足を運べない状況になっている。マスコミの情報も制限され、受け取り手側にとってはいささか物足りない状況がつづいている。その観点から言えば、情報発信の拠点であるSNSの重要性はこれまでよりも増していると言っていいだろう。

 SNSはファンばかりでなく、世界全体をつなぐ有用なメディアであることは間違いない。今後日本のスポーツ界でも、SNSの重要性はさらに増していくことになるだろう。


石塚隆