奇策に秘められた深謀遠慮
昨季からの違いとして際立つのが “奇策”も厭わない積極采配だ。4月24日のソフトバンク戦(札幌ドーム)。2点を追う3回1死三塁、カウント3ボール1ストライクから新庄監督が仕掛けた。三塁走者・近藤がスタートを切り、呼応して松本剛がセンター方向へ。ソフトバンクの二塁手・野村勇の好捕により、近藤が戻れず併殺に終わったが、走者三塁からのエンドランは、塁間の短いソフトボールではしばしばある作戦ながら、プロ野球では極めて珍しい形だった。
その前日の同カードでも、エンドランを多用した。一回1死一、二塁の好機。打者・野村の場面で、初球からサインを送った。初回の攻撃で4番にチャンスが回ってきたところで、いきなりベンチが動くのは、やはりセオリーから外れている。この作戦は見事成功。野村は右前に落とし、二走・松本剛が生還。鮮やかな先制劇となった。
なお1死一、三塁では、続く石井の打席でも初球にエンドランを指示。こちらは空振りで飛び出した三走・近藤が挟まれてタッチアウトとなり、 追加点にはならなかったが、走者三塁からのエンドランを2日連続で敢行する辺り、まさに新庄采配の真骨頂。 “BIGBOSS流”が、よく表れた場面といえた。
4月6日の試合では、同点の九回無死一塁から、相手の極端なバントシフトを破るエンドランを起点にサヨナラで連敗をストップ。4月26日のオリックス戦では、好投手の山本に対して先制後の四回無死一、三塁での野村の打席で一塁走者・石井が盗塁し、三塁走者・松本剛もスタート。重盗で2点を奪った。
これらにとどまらず例を挙げたらきりがないほどだが、最下位に低迷していることもあって、成功と失敗が紙一重の采配が前向きに評価されるタイミングは限られている。ただ、そのコメントを分析すると、采配の真意が「目先の1勝」だけを考えたものではないことが透けて見える。
開幕前、新庄監督はエンドランのサインを出す“効果”をこう口にしていた。「(サインを)出すことでバットがポンと最短で出てくる」。前述の23日にエンドランを仕掛けた際も同じ。野村のスイングが遠回りして大きくなっていることに気付き、コンパクトな打撃を意識させる意図があったことを指揮官は後に明かしている。つまり、単に1点を取りに行くためではなく、選手の成長や能力の発揮を後押しする狙いが、そこにはあるというわけだ。
昨年11月の就任記者会見で「優勝なんか一切目指しません」と発言し、「やる前から勝負を放棄している」などと批判を浴びた新庄監督だが、そんな“外野の声”などどこ吹く風。「1年間のトライアウト」と今季を位置付け、さまざまな考え方、経験を若い選手たちに注入し、その上で選手を見極めていることがうかがえる。
昨季までチームは3年連続で5位に低迷。大田や西川ら主力が退団し、戦力不足は明白だ。来季には北広島市に新球場「エスコンフィールド北海道」も開場し、転換期を迎える中で起用されたのが新庄監督だった。そうした球団の意向も踏まえ、今季は“種蒔き”に徹し、経験、状況判断、技術の向上を優先する。成否こそあれ、その思いを“奇策”に込めているのは間違いないところだ。
選手起用にも、それは表れている。シーズンの中で、全選手を1軍で起用することを明言。開幕投手にはドラフト8位ルーキーの北山をサプライズ起用し、開幕カードでは登録した全31選手をグラウンドに送り出した。4月26日現在、30歳以上の日本人野手で1軍登録されているのは中島、谷内のみ。打順も日替わり。4番にスラッガータイプの清宮を置いたかと思えば、昨季まで通算7本塁打の11年目外野手・松本剛を登用することもある。いずれも奇想天外な作戦・采配に見えるが、開幕独特の緊張感を全員に経験させるなど、根底には一貫して「目先の1勝より成長」の哲学がある。
集客面は苦戦
一方、期待された集客面では、やや盛り上がりに欠けている。開幕前日には登録名を「BIGBOSS」に変更し、3月29日の本拠地開幕戦では指揮官自ら空中を飛行する「ホバーバイク」で登場する「世界初」のド派手なセレモニーを行うなど話題をさらった新庄監督。グッズの売り上げも、選手をしのぐほどだという。
しかし、その本拠地開幕戦こそ2万868人が集まったものの、以降は平日の札幌ドームの観衆が1万人にとどかないこともあるなど、意外にも苦戦している。いざ公式戦が始まれば、やはりグラウンド外のパフォーマンスよりも、「勝利」や選手の活躍に重きが置かれるのは自然なファン心理。そのためにも、監督のパフォーマンスではなく、スター選手の育成が急務といえそうだ。
数字に表れる若手の成長
もちろん、スター育成は一朝一夕にできるものではない。ただ、早くも数字に“兆し”は表れてきている。前述の松本剛は、打率がリーグトップの・400で盗塁もトップの10、得点圏打率・583も1位。2017年に規定打席に到達して以降は出場機会を大きく減らしていたが、新庄監督のもとで大きな飛躍を遂げようとしている。
データ分析を行う株式会社DELTAの公式サイトで公開されているwRAA(weighted Runs Above Average=リーグの平均的な打者より、どれだけチームの得点を増やしたか、減らしたかを表す打撃指標) を見ると、さらにチームの奮闘ぶりが見えてくる。
4月24日の試合終了時点でのポジション別数字は、宇佐見が主に起用されている捕手が「1.5」、野村の主戦場である三塁が「2.4」で、いずれもパ・リーグ首位に立つソフトバンクに次ぐものとなっている。実績ある近藤が主に入る中堅に至っては「6.3」と断トツ。この数字が「10」なら、その打者が打つことによって、同じ打席数を平均的な打者が打つ場合に比べてチームの得点が10点増えたことを意味する。つまり、日本ハムはこの3ポジションで10.2得点稼いでいる計算になる。マイナスは一塁、遊撃、左翼、代打の4ポジションだけで、これもソフトバンク、楽天(ともに2ポジション)に次ぐ少なさ。昨季リーグ優勝のオリックスは9ポジションでマイナスとなっており、最下位に低迷する中でも、客観的なデータは決して悪くない。
“ガラポン”から固定へ、采配には変化も
また、頻繁な選手の入れ替えを行っている印象がある新庄監督だが、実は4月6日の上野を最後に内外野手で昇格したのは中島、谷内という30代の2人だけ。その後の20日間は6勝8敗と、以前に比べてチームの成績も安定してきている。“ガラポンオーダー”の印象が先行する中、実は先発メンバーの顔ぶれは少しずつ固まってきており、“常識的な采配”に移行する中でチーム成績は確実に上向いている。
型破りな言動、采配でプロ野球界に新しい風を吹き込むBIGBOSSだが、実は少しずつ“変化”が見えるのも事実。監督自身、若き選手たち、そしてチームも、手探りの中で少しずつ階段を上がっているといえそうだ。