一方で、日本のファンにとって、そこに冨安の名がないのは少し寂しいところかもしれない。3月16日に行われたヨーロッパリーグのスポルティング戦で右膝を負傷。手術を受け、一足早く今季を終えてしまったのだ。

 冨安は、高校2年時の2015年にアビスパ福岡で公式戦デビューを果たし、18年にシント=トロイデン(ベルギー)に移籍。その1年後にはセリエAの古豪ボローニャへとステップアップし、21年にアーセナルと契約を結ぶという輝かしいキャリアを積んできた。ボローニャ在籍時から度々けがに泣かされ、今季は昨年11月3日のヨーロッパリーグでハムストリングを痛めた影響で、その後のW杯カタール大会では本領発揮といかず。ドイツ戦、スペイン戦での日本代表の金星に貢献するなど随所で活躍を見せたものの、フル出場は決勝トーナメント1回戦・クロアチア戦のみと、不完全燃焼の大会になってしまった。

 日本代表では188センチの長身を活かしたフィジカルの強さからセンターバック(CB)での起用が多い冨安だが、アーセナルではミケル・アルテタ監督のもと、スピードと守備でのポジショニングセンスを買われてサイドバック(SB)として評価されている。CBのSB起用は近年ビッグクラブのトレンドとなっており、マンチェスター・ユナイテッドのイングランド代表FWマーカス・ラッシュフォードやリバプールのエジプト代表FWモハメド・サラーら強力なサイドアタッカーを擁する強豪が増える中、その対抗策としてマンチェスター・シティのスイス代表DFマヌエル・アカンジとイングランド代表DFジョン・ストーンズ、バルセロナのウクライナ代表DFロナルド・アラウホら1対1に強い選手をSBに置く例が増えている。

 冨安のSB起用も、まさにこのトレンドを踏まえたもの。しかし、今季はイングランド代表DFベン・ホワイトが右SBで定位置を確保し、冨安はバックアッパーの立ち位置に。手術からの回復が遅れ、復帰が来季開幕後になるとの報道も出ている中で、難しい状況に置かれている。

 冨安とホワイト。その比較は英メディアでも“論争”になっている。「フットボールファンキャスト」は「ホワイトは過小評価されている」と冨安のライバルに肩入れ。アーセナルで619試合に出場し、右SBとして活躍したリー・ディクソン氏も、英誌「フォーフォートゥー」の取材に「マンマークが必要な相手なら冨安を使うが、SBには他の要素も必要となる。私はホワイトが(レギュラーに)ふさわしいと思う」と言い切る。

 ディクソン氏が言う「他の要素」とは、対人守備の強さだけでなく、王道のオーバーラップに加えてインナーラップ(アンダーラップ=ボールを持つ味方選手を内側から追い越すオフ・ザ・ボールの動き)による攻撃参加や、「偽サイドバック」と呼ばれる中央に絞って中盤として攻撃の起点となるプレーのこと。冨安と同じく本職はCBのホワイトだが、今季リーグ戦で2ゴール5アシストをマークするなど攻撃能力でも光るものを見せている。そこが、アルテタ監督の優先度に表れているというわけだ。

 もちろん、DFの本来の仕事である対人守備に優れる冨安の評価も、決して低くはない。冨安離脱後のアーセナルは、5月8日のニューカッスル戦まで7試合でクリーンシート(零封勝ち)無し。先述のマンチェスター・シティ戦では4失点、その前のサウサンプトン戦でも3失点を喫して引き分けに持ち込まれるなど守備面の不安定さを露呈した。その中で、英メディア「ペイン・イン・ザ・アーセナル」は「(背中を負傷したフランス代表DF)サリバの離脱が騒がれているが、冨安の影響が軽んじられている」と“待望論”ともいえる主張を展開。ユーティリティ性と高い守備能力を持つ冨安の再評価を促した。

 また、来季の補強に向けた報道も過熱しており、新たな右SBとしてバジャドリード(スペイン)のU-19スペイン代表DFイバン・フレスネダやアヤックス(オランダ)のオランダ代表DFディバン・レンシュの名が挙がっている。アルテタ監督はホワイトをCBで起用し、冨安を左右SBの候補として検討しているとも伝えられている。いずれにしても、不在時にその名がメディアで多く語られるのは、冨安が一定の地位をアーセナル、そしてプレミアリーグで築いているからこそといえるだろう。

 冨安は、かねてバルセロナの黄金期を支えた元アルゼンチン代表MFハビエル・マスチェラーノを理想像に掲げる。本職はボランチながら、バルセロナでは主にCBとして活躍し、ボール奪取能力のみならず、攻撃の起点も担っていたレジェンドだ。「偽センターバック」ともいえる、その能力は、まさに冨安に求められているもの。自身の最終形をイメージしているともいえる目標設定に、今後への期待は高まる。

 アーセナルの同僚、イングランド代表MFエミール・スミス・ロウが英スポーツ配信局「DAZN」のインタビューで「トミの守備はすごい。練習で誰も彼を抜けない」と絶賛するなど、その対人守備能力、“エースキラー”としての評価はプレミアでも屈指の領域にあるのは間違いない。そして、ブライトンの日本代表MF三笘薫の獲得に、アーセナルが補強の“目玉”として本腰を入れているとの英報道もある。日本の稀有な才能の共演が、ビッグクラブで実現するのか。シーズンも佳境を迎え、アーセナルのピッチ内外の動きから目が離せない。


VictorySportsNews編集部