12年総額3億2500万ドル(約520億円)でドジャースと契約した山本由伸投手に対し、今永の契約金は4年総額5300万ドル(約85億円)。オフの移籍市場における期待は、山本が今永を上回っていたことが数字から浮かび上がる。オリックス時代に2021年から3年連続で投手の主要タイトルを独占していた山本に対して、DeNAで今永が獲得したタイトルは23年の最多奪三振のみ。それまでの成績が反映された評価といえた。

しかし、それはあくまで机上の数字の話。シーズンが始まると、より注目を集めたのは今永の方だった。5月半ばまで防御率トップを維持し、メジャーで自責点が公式記録になった1913年以降、シーズン最初の9先発登板で防御率0.84は新人に限らず全体の歴代6位。まさにメジャー史に残る成績を、いきなり残したのだ。

今永の活躍を受け、まず過去の日本人投手がメジャー1年目にどれだけの成績を残したのかに注目したい。1年目で2桁勝利を挙げたのは以下の8人。

■メジャー1年目に2桁勝利を挙げた日本人投手

① ダルビッシュ(レンジャーズ) 16勝9敗 防御率3.90
② 前田健太(ドジャース) 16勝11敗 防御率3.48
③ 松坂大輔(レッドソックス) 15勝12敗 防御率4.40
④ 石井一久(ドジャース) 14勝10敗 防御率4.27
⑤ 野茂英雄(ドジャース) 13勝6敗 防御率2.54 最多奪三振、新人王
⑥ 田中将大(ヤンキース) 13勝5敗 防御率2.77
⑦ 千賀滉大(メッツ) 12勝7敗 防御率2.98
⑧ 高橋尚成(メッツ) 10勝6敗 防御率3.61
※所属は当時、成績の右は1年目に獲得したタイトル

今永に比肩する好スタートを切ったのがダルビッシュだ。2012年4月9日のマリナーズ戦でメジャー初勝利を挙げ4月に4勝を記録。月間最優秀新人に輝き、前半戦で10勝を挙げてオールスターにも選ばれた。松坂も前半戦で10勝を挙げ、日本選手初の1年目からの15勝&200奪三振をマーク。与四球が多く、防御率にも表れるように安定感に欠ける面があったとはいえ、ワールドシリーズでも白星を挙げるなどチームの世界一に貢献し、高い評価を受けた。石井は頭部に打球を受けて離脱したため後半戦は勝ち星が伸びなかったものの、前半戦だけで11勝を記録した。今永もシーズン序盤の成績を見ると、こうしたメジャーで名を成した投手たちに匹敵する数字を残せる可能性は十分にある。

今永の渡米前のNPBでの通算成績は165試合に登板し、64勝50敗、防御率3.18、1021奪三振。堂々たる成績ではあるが、167試合で93勝38敗、防御率1.99、1250奪三振を記録したダルビッシュ、172試合で70勝29敗、防御率1.82、922奪三振の山本らと比較して圧倒的な成績を残していたわけではない。

では、なぜ今永は米球界を席巻するような活躍ができているのか。そのカギがフォーシーム、いわゆる直球の「ホップ成分」の高さにある。「ホップ成分」とは俗にいう「浮き上がる力」。当然、ボールが重力に逆らって“浮き上がる”ことは自然の摂理からもあり得ず、厳密にいえば平均的な捕手の補球位置よりどれくらい落ちなかったかという意味合いだ。打者にとって、予測より高い位置への軌道を描くボールは、まさに“浮き上がる”ように感じられるといわれる。

MLBが公式に採用する解析システム「スタットキャスト」のデータによると、今永の直球はMLBの平均より2.7インチ(6.858センチ)“浮き上がる”という。これは今季250球以上の直球を投じた選手で5番目の数値。山本が0.4インチ(1.016センチ)、菊池が1.6インチ(4.064センチ)であるのに対して大きな優位性を持っている。

この「ホップ成分」は、直球の回転数が増すと比例して高くなる。今永の直球の回転数は毎分2431で全体の15位。山本の2144回転(85位)、菊池の2277回転(47位)を大きく上回る。直球の平均球速は94位の91.7マイル(約147.6キロ)で、山本の95.5マイル(約153.7キロ=19位)、菊池雄星の95.6マイル(約153.9キロ=18位)より6キロほど遅く、メジャーでは決して目立つものではない。しかし、今永の直球には速さだけでは見えてこない、稀有な特色があるわけだ。

専門局MLBネットワークの番組「MLBナウ」の公式Xでは、この直球を今季のメジャーで「最も価値のある球種」に選定。2位のグラスノー(ドジャース)のフォーシーム、バーンズ(オリオールズ)のカットボールを超える評価を与えた。記事は「打者は錯覚を起こす。90マイルそこそこの今永のボールが打たれない理由がそこにある」と分析する。

また、今永の投球で特徴的なのが配球だ。直球は高め、変化球は低めの意識を徹底していることが、試合を見れば明らか。「スタットキャスト」のヒートマップでも、直球の分布が右打者のインハイに偏っていることが分かる。フライボール革命(ゴロを打つより強いスイングで角度をつけてフライを打ち上げる方がヒットの確率が上がるという理論)により、アッパー気味のスイングが主流となっている米球界。レベルスイング、いわゆる“上からたたく”打ち方が主流の日本野球とは対照的に、アッパースイングでは高めのストレートにコンタクトするのは物理的に難しく、低めの直球は逆に拾いやすい。日本時代の被本塁打が114本とやや多い傾向にあった今永だが、並み居るメジャーのパワーヒッターたちを高めのボールで封じているあたりに、あくなき探求心、適応能力の高さが表れている。

一方で、6月22日のメッツ戦では四回途中までで10失点と大きく崩れ、時に“脆さ”も見えてきている。平均より遅い直球はコントロールを誤ればおあつらえ向きのボールになり、回転数の高いボールは反発力が増しコンタクトされると打球の飛距離が増すという負の側面もある。データ分析が盛んな米国では活躍の要因を探られ、すぐに対策も練られていくだろう。ただ、「振り返ってみると、本当に紙一重の勝負をたまたま拾ってきた」という言葉に象徴されるように、今永に慢心が一切ないのは頼もしいところ。相手の研究を上回るだけの努力を続けられるところが、「投げる哲学者」が持つ何よりの“武器”といえるかもしれない。


VictorySportsNews編集部