インタビュー=平野貴也 写真=松岡健三郎

Vol.1へVol.2へVol.3へVol.4へVol.6へVol.7へ

モチベーションのコントロール

©共同通信

(写真=広島に勝利して初のCS進出を決めたDeNAナイン)

――リーダーとしての覚悟の仕方は、孤高な部分がありますね。先ほど、スタッフの役割や分担を明確にするという話がありましたが、同じ会社や組織に属する仲間のモチベーションは、どのようにコントロールしていたのでしょうか?

池田 「やってくれ」と言うだけでは、誰もやってくれませんからね(笑)。先ほど話したように、明確な役割と目標を与えたら、あとは自分でモチベーションを上げてもらうしかないですよ。結局、「意識」が非常に大切です。リーダーは、その「意識」をさせたり、高めたりすることができるかどうか。その前提として、全体の方針やビジョンは常日頃からコミュニケーションをとって共有しておかなければいけません。さらに、リーダーが気を使うべきところとしては、まずはモチベーションを上げるというより、下げないことじゃないですかね。2016年のベイスターズは、途中でモチベーションを取り戻して、上位3チームが出場できるクライマックスシリーズに進みました。最初、クライマックスシリーズを狙えそうな雰囲気でしたが、終盤9月の頭に負けが込んで厳しくなったときにチームがまだ3位にいるにもかかわらず、もう負けが決まったような、もうCS進出が途絶えてしまったかのような空気がはびこっていて、勝手に落ち込んだんです。普通は「せっかく良い流れなのにもったいないだろう、何をやっているんだ。頑張れ」とか、いわゆる「ハッパをかける」みたいな強い言葉で言いたくなるところです。でも、それではモチベーションは落ちるんです。だから、もっと厳しかった時期、つらかった時代があったことを思い出して「おい、負けが込んでいるけど、まだ3位だぞ。こんなに良い順位で9月を迎えるのは初めてだな! いいじゃないか。このまま上位で最後まで争いたいよな」という話をしました。もう、一気に明るくなったのを感じることができて、自分の想いを強い言葉で「伝える」よりも、相手のモチベーションを上げるために「意識を上げる言葉」を選択することが、リーダーは非常に大切だと、改めて思いました。

井上 なるほど(笑)。でも、本当にそういう空気が大事ですよね。

池田 大事ですよ。頑張らせたいという思いは同じでも、どういう言葉ならモチベーションが下がらないか、上がるのかを考えないといけません。相手の気持ちを考えず、自分が言いたいことだけを言ってしまうと、モチベーションは下がりますよ。

©VICTORY

井上 試合に負けた後の接し方は、特に大事だと思います。「何をやっているんだ、あんな相手に負けていて、どうするんだ」と非難するだけで終わってしまう例が、これまでは多かったように思います。それだと試合内容のすべてを否定することになってしまいます。でも、実際には良かったところや、決して悪くはなかったところもあるはずです。慰めるという話ではなく、冷静に試合を分析して、悪かった点をしっかりと定めて改善を促すべきだと思います。試合内容のすべてを否定してしまうと、選手は何が悪かったのかわからないまま試行錯誤を始めるので、結果的に叱咤激励としての効果を発揮せず、改善に時間がかかってしまうケースがあります。敗戦や失敗には、必ず原因がありますから、しっかりと分析をして伝えることが必要だと思います。

池田 井上さんはまだ今のトップアスリートと比較的に年齢が近いですよね。世の中の環境はどんどん変わって、その中で次世代の選手や社員が育ってくるので、昔と同じコミュニケーションの方法では対応し切れなくなっている時代なんだと思います。昔みたいに、盲目的というよりも、多様な意識が若い人たちの前提にある時代でもあります。押し付け、精神論、猪突猛進みたいなものを推奨しても、響かない時代なんですよね。その点、井上さんは年齢の部分もあるでしょうけど、現代の選手に適したコミュニケーションを取っているんだな、だから五輪でああいう良い結果が出たのだなと感じますね。

井上 言葉の選択だけでなく、あらかじめ最悪の事態に備えておくこと自体が大事とも言えるかもしれません。五輪では、選手に「常にネガティブな準備をしなさい」と言いました。想定していなかった選手は、いざ苦しくなったときに対応できないからです。緊張するなとか、楽しくやろうなんて言っても、五輪の場でそんな気持ちになれる場面は、ほとんどないと思います。異常な世界に挑戦しなければいけないことを自覚しなければいけません。ただし、プレッシャーを与えるだけではいけませんから、「しかしながら、君たちほど幸せな人間はいないのではないか。こんなに素晴らしい環境で、全世界の人々が見てくれる中で柔道をとれる。だから、その生き甲斐ややり甲斐を感じながら元気よくやろう」とも伝えました。準備の部分においては、細やかな現実の問題に向き合わせる一方で、君たちの可能性は無限大で、まだもっといろいろなすごいことができるよという形で話すことも大事だと思います。

池田 それぞれの人の、聞いている姿やそのときの気持ちを意識することで、使う言葉も大きく変わりますよね。ベイスターズの社長という立場で、監督コーチ選手を従えて、何百人ものファンを前に話す機会が多々ありました。盛り上げるためだけに「優勝します!」とか安易な言葉を使って、勝手にチームとしての約束をしてしまう人もいるんですけど、そうすると監督やコーチや選手は「まだ、そんなことを言えるだけの戦力は整っていないのに……」「やるのは選手なんだよ。勝手に軽々しく“優勝”とか公言されても……」という実態を知っているが故に複雑な想いになってしまいます。ファンは盛り上がるんですが、チーム側の信頼を失ってしまうことにもなりかねないシチュエーションが多々ありました。ファンは盛り上がって、期待ができればいい。重要なのは、チームのモチベーションを高め、モチベーションを損なわないようにすること。「言葉」は重要です。いつなんどきでも、それぞれの人がどう思うかを考えて、私は「言葉」を使いますね。

究極の緊張感の中での戦い

©共同通信

(写真=「クライマックスシリーズ」 広島―DeNA第1戦  1回DeNA2死一塁、筒香が三振に倒れる)

――モチベーションのコントロールの話から少し発展して、大舞台でのチームマネジメントの話に入って来ていると思いますが、舞台が大きくなって、さまざまなものに影響を受けやすくなったときに崩れない組織やチーム、社員や選手の育て方は?

井上 五輪という舞台で、選手が100パーセントの力を発揮することは、ほぼ不可能だと考えています。ですから、80パーセントの力を出せれば優勝できるという力をつけることと、80パーセントなら出せる準備をしていこうと話しました。でも、実際には50~60パーセントの力しか出せずに終わってしまった選手が何人かいました。4年後の東京五輪は、地元開催で期待も大きいので、今回のリオ五輪以上のプレッシャーが想定されますから、課題が残りました。

池田 実際、大舞台では50パーセント程度になってしまうものですよね? ベイスターズがクライマックスシリーズに進んだときも、別のチームみたいになりました。東京でジャイアンツのときはいい意味で別のチームに意識が高まったのですが、逆に広島に行ったら、頼れる主砲の筒香嘉智が、とんでもないボール球を何度も振らされてしまうような状況になりました。普段とは違う意識になっていることを、ベンチ裏で見ていてすごく感じました。「オレが打たなければいけない」と、ものすごいプレッシャーを背負ってしまったんでしょうね……言葉は悪いですが、そのように勝手に意識してしまったんだと思います。私たちが「いつも通り。平常心」なんて言ったって、もはや無駄というか、まったく聞こえない状態です。そういうときは経験者の行動がものを言うし、経験してきた人がどれだけ周囲にいるかも大事になります。あとは、井上さんが話したように、普段からイメージして準備をしてきたかどうかですよね。結局やるのは選手です。そういった多様な、難しい経験をしていないと、普段どおりの力は出せないでしょうからね。

©共同通信

(写真=「リオ五輪」 柔道代表の公開練習で大野将平(左)らを指導する柔道男子の井上康生監督)

井上 それに、状況は変わりますからね。対応は難しいです。リオ五輪に関しては、7階級の代表選手は皆、異なる心理で試合に臨んだのではないかと思っています。例えば、3日目に出場する選手は、1日目と2日目の結果の影響を無視できません。たとえば、2日連続で金メダルだったとしたら「自分も勢いに乗って行くぞ」と思えるのか、それとも「自分のところで流れを止めてしまったら、どうしよう」と思うのかで、心理面は大きく変わって来ます。ですから「君たちがどんな心理状態で試合を迎えるのかは、俺たちにはわからないよ」と言いましたし、選手が自分でイメージをしておきなさいと伝えました。イメージをするためには、選手が自分自身を知っておかなければいけませんし、言葉で表現できる人間でなければいけません。結果として、うまくいかなかった選手がいたので、自己マネージメントというか、自己コントロールができる選手をどうやって育てるのかは、課題に残った大会でした。

池田 大舞台では、ほかのことを一切、頭の中から捨てて、勝負をするしかないわけですけど、そう言われたって、できない人はできないものですよね。特にネガティブなイメージを膨らませてしまう人は、苦しい。野球でも「ここで打てなかったら、ブーイングを食らうかもしれない、自分のせいで負けてしまうかもしれない、最後のバッターになってしまうかもしれない……」と、どんどん悪い方向にイメージを作って、不安が大きくなってしまう。それでも、普段から考えるトレーニングをしておけば、100考えてしまうものを80で留められるのかもしれないですけど。そういうことを監督がわかってくれているというのは、強みですね。

井上 いや、難しいですよ、やっぱり。私自身、それをうまくできなかったから2004年のアテネ五輪で負けました。だから、その経験をハッキリと伝えました。3位で銅メダルを獲得する選手は、一度敗れて金メダルの目標を失った中で1、2戦(敗者復活戦)を戦わなくてはいけません。これほど、つらいものはありません。でも、私は自分が失敗した経験を持っていますから、選手には「オレはアテネで一生の悔いを残すような試合をしてしまった。一度負けて、それでもまだ五輪の試合があったにもかかわらず、オレは途中で(自分に)負けてしまったんだ。気持ちここにあらずの状態になってしまった。やる気がなかったわけではないけど、力を発揮できずに敗れた。五輪なんて、一生に一度出られるかどうかわからない世界。そこで絶対に悔いを残すな。オレのような思いだけはするな」とハッキリと言いました。

Vol.1へVol.2へVol.3へVol.4へVol.6へVol.7へ


今回対談した2人の書籍がポプラ社より発売中

『改革』(著・井上康生)、『しがみつかない理由』(著・池田純)、それぞれが書いた書籍を読めば、今後連載される2人の対談内容の理解が深まります。

井上康生・著『改革』(本体1500円+税)は、「なぜ井上康生は日本柔道を再建できたか?」をテーマにロンドン五輪後からリオ五輪までの4年間の「井上改革」について記したものです。柔道に関心のある方だけなく、停滞する組織に関わる方などにも参考になる一冊です。


井上康生(いのうえ・こうせい)

全日本柔道男子監督。東海大学体育学部武道学科準教授。柔道家。シドニー五輪100kg級金メダル、アテネ五輪100kg級代表。2016年のリオデジャネイロ五輪においては、1964年の東京五輪以来となる「全階級メダル獲得」を達成する。同年9月に、2020年の東京五輪までの続投が発表された。著書に『ピリオド』(幻冬舎)、監修書に『DVD付 心・技・体を強くする! 柔道 基本と練習メニュー』(池田書店)がある。

池田純・著「しがみつかない理由」(本体価格1500円+税)は、「ベイスターズ社長を退任した真相」がわかる一冊で、赤字球団を5年で黒字化した若きリーダーが問う組織に縛られず、自分だけができることをやり抜く生き方について書かれています。


池田純(いけだ・じゅん)

1976年1月23日横浜市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、住友商事株式会社入社。その後、株式会社博報堂にて、マーケティング・コミュニケーション・ブランディング業務に従事。企業再建業務に関わる中で退社し、大手製菓会社、金融会社等の企業再建・企業再生業務に従事。2005年、有限会社プラスJを設立し独立。経営層に対するマーケティング・コミュニケーション・ブランディング等のコンサルティングを行う。2007年に株式会社ディー・エヌ・エーに参画。執行役員としてマーケティングを統括。2010年、株式会社NTTドコモとのジョイントベンチャー、株式会社エブリスタの初代社長として事業を立ち上げ、1年で黒字化。2011年、株式会社ディー・エヌ・エーによる横浜ベイスターズの買収に伴い、株式会社横浜DeNAベイスターズの初代社長に就任。2016年までコミュニティボールパーク化構想、横浜スタジアムの運営会社のTOBの成立など様々な改革を主導し、5年間で単体での売上が52億円から100億円超へ倍増し、黒字化を実現した。2016年8月に初めてとなる自著「空気のつくり方」(幻冬舎)を上梓。


平野貴也

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト『スポーツナビ』の編集記者を経て2008年からフリーライターへ転身する。主に育成年代のサッカーを取材しながら、バスケットボール、バドミントン、柔道など他競技への取材活動も精力的に行う。