石川直宏が繋げてきたもの・継続がもたらす未来(後編)

「その時その時に必要としていることと不思議とリンクして、次に繋がっていた」。原博実監督にはじまり、現在の篠田善之監督まで、15年間8人の指揮官と苦楽をともにした石川直宏。クラブの歩みとともに得た“経験”“哲学”は残りの4か月間、そしてその先の未来へと繋がっている。インタビュー後編は、あえて過去の断片に踏み込んだ。石川直宏が後進に繋ぎたい、繋げなくてはならない“大事な思い”がそこにはある。(インタビュー=いとうやまね 写真=佐々木真人・新井賢一・石川直宏・GettyImages)

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©佐々木真人

あれは4年ほど前になる。元同僚のルーカス・セベリーノが引退を発表した直後、石川本人にインタビューする機会があった。プレーヤーとしても、人間的にも手本にしていたというブラジル人選手に対して、当時こんなことを言っている。

『ルーコン(ルーカス)は何も言わなかったです。プレーでまわりに伝えていた。今度は自分がルーコンのような立場にならなくてはいけない。気が付かないうちに発信して、他の選手が何かを感じてくれれば、それが理想です』

その話をすると、「ルーカスとは全くの真逆という事ですね!」と石川は笑った。そしてこう続けた。

「彼の姿は理想。でも僕はそうじゃなかった。だけど僕にしか感じられないことも、僕だからこそ伝えられることもある。理想、憧れ、夢や目標…。自分はもっと現在に“語りかける”ことが出来る。選手だけではなく、様々な立場の人に」

怪我で出られないからこそ生まれた感情に、「価値」を持たせたい

石川 物事を俯瞰できる今だからこそ、いろいろやっておきたいことがあるんです。自分も、チームに対してもそう。年齢的にもキャリア的にも、選手とクラブの間に立つことができる。プロだから必要とされるチームに行く。割り切ってそこでプレーする。評価されなければ次にいく。もし自分がそういうスタンスだったとしたら、ここまで踏み込もうとは思わなかったのかもしれません。

――違う選択をしたわけですね。

石川 同じクラブに長く居たからこそ得られたものをフルに活かしたいと考えました。この場所で出来ることをする。そういう心境に至ったんです。これが怪我なくプレーをしていたら、また違った展開だったと思います。出られないからこそ生まれた感情で、そこに「価値」を持たせたいんです。

色々行動を起こそうと。東京というチームは、結果においても万年中位という見られ方をするし、選手間も仲間でありながら、どこか他人行儀なところがあります。だから、繋がりや絆を強めるのが当たり前だという雰囲気を、どんどん引き出していこうと思うんです。

――具体的には?

石川 たとえば選手は一年一年勝負していくわけで、選手なりの言い分もある。クラブはもっと長いスパンでの考えもあると思うんです。自分はちょうどいい立ち位置で、今以上により本音で話し合うきっかけ作りが出来ればと思っています。

――選手が少し大人しい印象もあります。

石川 ギラギラした闘争心が見えないのは気になりますね。カップ戦が重なってもやりくり出来るメンバーがいるからなのか。「リーグに出れないからカップ戦で頑張ろう!」という気持ちも確かに大事だけれど、「ルヴァンでいいところを見せられたら、次のリーグは出られる!」とか、そういうあふれるような闘志を見せなければならないと思います。結果的にですが、恵まれた環境がそれを奪っているのかもしれません。ギラギラ感が悪いことのような雰囲気すらある。それがうちのクラブの課題のひとつです。

――あまり意見を言い合わない空気は感じます。世代の問題なのか、クラブカラーなのか。

石川 僕はそういうのが昔から我慢できないところがあって。自分の考えを押し殺してやり続けるほうが、よほど不自然で何のためにもならないと思うんです。言って変な雰囲気になったのならわかりますが、聞くと、言っているふうでもない。このあたりは意識的に変えていかなければなりません。周りもフォローすべきだし、当事者も自分がよりいいプレーを目指しているのならば、そこは気兼ねせずに求めるべきです。

――意思表示しないのは、ある種の甘えかもしれません。監督とのコミュニケーションでも同じことです。

石川 僕もいろんな監督とやってきましたけれど、人間だし、トータルで「完璧」という監督には出会ったことがありません。それは選手もそうだろうし、自分自身もしかりで。そこをサポートし合って戦っていくのがチームだと思うんです。社長、GM、スタッフもそうです。自己解決だけでは、いずれ行き詰まりになる。要求し合うべきだと思います。

©石川直宏

選手であることのプレッシャー

――去年は眠れなかったそうですが。

石川 ご飯はのどを通らないし、胃は痛い。毎日サッカーの夢を見るのに、毎日蚊帳の外なんです。みんなはサッカーしているのに、自分はボールが全然蹴れないとか、自分だけがスローモーションになったりとか。

――精神的に追い込まれていたのでしょうね。

石川 ひとつには、「自分がこのチームに在籍していてもいいのか?」という問いが、のべつ頭の中にあったんです。FC東京はリーグのタイトルこそありませんが、「このチームにいる価値があるからここにいる」という強い信念を持って自分はやってきました。現にそういう選手たちが集まっています。

――その中からも、戦力外でチームを去る選手は実際かなりいるわけですよね。

石川 そういった選手たちを見ながら、今の自分は彼らより何ができるのだろうかと、自問自答しました。ピッチに立てないのに契約できてしまう“甘え”があるのではないか。その甘えが周囲に伝わってしまうのではなかろうか。それが不安となって精神的なバランスを崩していました。

――相談する人はいましたか?

石川 友人をはじめとして、いろんな人と話をしました。ある時、「それを含めてナオの価値だ」と言ってくれた人がいて、フっと肩の力が抜けたんです。「そこは考えなくてもいいんじゃないか」と。「そんなに痛いのなら辞めちゃってもいいぞ」というのも。

――そこからはポジティブに捉えられるようになったのですね。今でもサッカーの夢を?

石川 見ますよ。でも、今はサッカーしてるんです。何かが吹っ切れたんだと思います。

引退にはその人の美学が現れる

――引退について、具体的なイメージはありますか?

石川 「サッカー選手は2度死ぬ」じゃないですけれど、まずは選手生活を終えるところで死ぬ。そして本当に人生を終えるところで2度目の死を迎える。そのくらい大きなことだと思っています。でも、その死すら僕はネガティブにはしたくない。いいものに変えたいんです。

――過去にたくさんの引退を見てきました。

石川 早くに引退をきめた人、ギリギリまで競技生活を続けた人もいます。それら決断に至るまでの思いは、一体どんなものなんだろうと、引退に立ち会う度に思いを巡らせました。若いころは、「引退するってことは、それだけの選手になってしまった自分を認めること」みたいに思っていたこともあります。

――実際にご自身はどうでしょう。

石川 自分がその立場になると、そうは思っていないし、思いたくないというか。周りがどう見るかはわからないですよ。自分がそうだったように、若いやつが自分をそう見ているかもしれない。でも、本人はそんなことまるで思わないんです。

――印象に残っている同僚の引退は?

石川 本当に“生きざま”じゃないですか。いろんな引退があって、それぞれが濃すぎて、誰ひとり同じじゃない。誰だろう。東京で一番はじめに立ち会ったのはアマラオですね。自分の怪我を受け入れて、プレースタイルを変えて。それでもゴールを決める。彼の中でかなりの葛藤があったはずです。柏でリーグ最終戦もゴールした上に勝利して。こういう引退が出来たらいいなって思いました。

ルーカスも伊藤哲さんも…きりがないです。ふみさん(三浦文丈)みたいに最後まで力を出し尽くす。あの時同じピッチにいて、その姿を見て、ふみさん今年でやめるんじゃないかなって思ったんです。尋常じゃないくらい違ったんですよ、覚悟みたいなものが。

――知らなかったんですか?

石川 知りませんでした。だけど、ピッチの上で感じ取りました。あとから引退すると聞いたときに、あの時きっともう決めていたんだろうなって。引退にはその人の美学が現れるんですよね。

©佐々木真人

――石川選手の引退までは、4ヶ月です。

石川 やってみないとわかりませんが、いきなり調子が上がってきて、これこのまま行けちゃうんじゃないかとか。まあそういうのも含めて考えた上での8月頭なんですけれど。賛否両論あると思いますが、自分がそうして決めたからには、突き進むしかありません。

――将来的にFC東京には残るんですか?

石川 …とは思うんです。でも、自分の中ではまだわからなくて。思っていることを形にできるのかっていうのもそうだし、それができるのは自分だけだっていう自負もある。この経験を繋げていく使命があると思っています。

◆石川直宏(いしかわなおひろ)MF、背番号18番。1981年5月12日生まれ。神奈川県横須賀市出身。横浜F・マリノスユース、横浜F・マリノスを経て、2002年にFC東京に期限付き移籍。2003年8月に完全移籍し、現在に至る。J1通算289試合出場、49得点。

石川直宏が繋げてきたもの・継続がもたらす未来(後編)

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いとうやまね

インターブランド、他でクリエイティブ・ディレクターとしてCI、VI開発に携わる。後に、コピーライターに転向。著書は『氷上秘話 フィギュアスケート楽曲・プログラムの知られざる世界』『フットボールde国歌大合唱!』(東邦出版)『プロフットボーラーの家族の肖像』(カンゼン)他、がある。サッカー専門TV、実況中継のリサーチャーとしても活動。