3月から始め、モンブランを含めた8つの山を制覇

2019年のラグビーワールドカップ(W杯)日本大会に向け、喫緊の課題は大会の知名度不足だろう。大会組織委員会が30万人超に対しておこなったインターネット調査によれば、大会認知度の全国平均は51パーセント。オリンピック東京大会の前年に開催される世界有数のスポーツイベントなのに、知っている日本国民は2人に1人と見られているのだ。

日本のラグビーの試合で確実に5桁台の観客を集めるカードは、OBという固定層を掴む一部有名大学の試合や開催会場の自治体が奮闘した場合の国際試合などに限られる。W杯イングランド大会のあった2015年には日本代表の活躍で国中に楕円球ブームが巻き起こったが、1年ほどで落ち着いた。

そんな緊急局面を、文字通り自らの一歩で変えようとするのが愛知県出身の長沢奏喜さんだ。「ラグビー登山家」と名乗る。

2016年12月にシステムエンジニアとして8年間務めてきた都内の勤務先を辞め、ワールドカップ出場経験国に赴き、その国の最も高い山を順に登っているのだ。

トレードマークは山吹色のニット帽と、ラグビー日本代表のジャージ。凸凹した道で大股を開くときも、ロープを使って崖を這い上がるときも、脇にはラグビーボールを抱える。ラグビーのルールに似た登山ルールもあり、途中で落球したら「ノックオン」の反則で10メートル後退。スクラムの体勢から再び歩み出す。

雪崖がある場合は、前方にボールを高く蹴り上げて歩を進める。ラグビーではパスは前に投げられないが、キックなら前に蹴られる。

てっぺんに球を置いて「トライ」を決めたら、ミッションクリアとなる。

2017年3月に企画を始動させ、すでにヨーロッパ9カ国、8つの山を制覇した。8月には3度のアタックの末、フランスとイタリアの間にある欧州アルプス最高峰のモンブランも乗り越えた。

秋から冬は一時帰国中だ。それまでは自腹で挑戦していたが、今後はクラウドファンディングで資金を募る。目標金額の150万円を手に、年末には南米に渡りたい。最も高いアルゼンチンのアコンアグア(6960m)と、最も低いウルグアイのカテドラル山(514m)を目指す。

資金を集める専用のサイトをつくり、自らの思いを交えたテキストを並べ、一部のジャーナリストに連絡をしてインタビューや記事掲載を依頼する。愛知や東京の関連イベントにも登壇するようになった。スポンサー企業の発掘は「そういう話は代理店を通していただかないと」と言われ、難航しているが、まずはラグビーファンへの存在感を示し、プロジェクトの価値を高めようとしている。

大会エンブレムを見て思い立った登頂企画

©ラグビーW杯組織委員会

長沢氏は1984年生まれで、愛知県立明和高校でラグビーを始めた。進学校の校庭での猛練習に苦しさばかりを覚えたが、卒業してしまうと、その苦しみの先の達成感が恋しくなった。2浪の末に慶応義塾大学へ入ると、慶應B.Y.Bという老舗サークルで競技を続けた。

自責の念にさいなまれたのは、社会人としてパソコンと向き合っていた2015年のことである。

仕事が忙しいこともあって、W杯イングランド大会にさしたる関心を抱けなかった。気づけば、過去通算1勝の日本代表が優勝2回の南アフリカ代表を34-32で撃破していると知った。戦前はここまでの快挙を期待しておらず、長澤さんは「申し訳なさ」を覚えたという。

さらに爆発的な人気が落ち着いたら、その「申し訳なさ」はより大きくなった。放っておいたら、あの時の自分のような人だらけのまま、自国開催を迎えるのではないか……。長澤さんは危機感を覚えた。

いちファンの立場で大会を盛り上げるべく、何かしなければいけない。ヒントになったのは、2015年W杯の大会中に発表された、富士から太陽がのぞくデザインがあしらわれていた、日本大会のエンブレムだった。

「日の出がラグビーボールに見える。2019年の大会開催直前には富士山に関わるイベント、みんなでラグビーボールを持って山頂するイベントとかががあるんだろう、と勝手に妄想したんです。その前に世界中の最高峰を回っていたら、面白いんじゃないかと」

世界各国の最高峰で「トライ」をして回る試みの狙いは、国内外へのW杯日本大会のプロモーションだ。自分の行動が話題になれば、少なくとも国内の一般層にW杯の名前を伝えられるのではないかと決意した。学生時代は四国のお遍路やサンティアゴ巡礼に旅立っており、歩くことは好きだった。

「何かを盛り上げるために冒険するという枠組みはこれまでになかったですし、今回、新しい冒険の枠組みを提案できるんじゃないか……と。こういうやり方で好きなものを盛り上げられるんだということを、身体を張って提示したいですね」

家族の反対を押し切って続ける命がけの挑戦

©長沢奏喜

帰国中の9月下旬。都内近郊のコーヒーショップで、長澤さんに取材に応じていただいた。

そもそも、なぜ、どうやって、こんな無茶苦茶なことを始めたのか。

「もともと東京で働いていたんですけど、2016年の12月に会社を辞めました。それから愛知に安い家を買って、DIYをして、冒険を始めたんです」

「ワールドカップまで残り2年。あまりにも盛り上がりに欠けています。これまでラグビーの機運は選手や協会、メディアが盛り上げてくれて、私たちはそれを見て応援する形でした。でも、ファンからも盛り上げを促進させる働きをしないと、2019年大会に間に合わないんじゃないかと思ったのです。同時に、山を登りたいなと思っていたのですが、私がただ山に登っても、何も生まれません。山登り、プラス、何か企画を掛け合わせたら面白いことになるんじゃないかぁ……と思っていました。
 そこで、ラグビーボールを抱えて山頂にトライすることを思い立ちました。おそらく誰もやっていない試みで、世界初だと思います。その世界初を(各国で)連発するのも面白いなというのと、冒険の新しい枠組みが生まれるんじゃないかな……と。冒険には世界7大陸、北極&南極のような枠組みがあるんですけど、それに(ラグビーワールドカップ出場国という)新しいひとつのフレームを作れるんじゃないかと考えました」

驚かされるのは、突飛な言葉を選んでいる割に、その言葉の抑揚が少ない点だ。周りの力を借りて大仕事をやってのけようとする人には、ある種の我欲が滲むが、それがこの人からは感じられない。

加えて再確認させられるのは、一見すると大人しそうなこの愛好家に一大決心させるほど、いまの日本ラグビー界は断崖絶壁にいるように映ることだ。当然と言えば当然かもしれないが、長澤さんの家族はこの試みについて「いまも反対」しているという。家には妻と娘がいる。長澤さんは言う。

「いまは、無収入ですね。貯金を切り崩してやっています。娘もいる身なのですが、残り2年ぐらいの生活は何とかなるかなと。ただ、山を登る資金は……。無名でも難しい山が色々ありまして、ニュージーランドのマウントプットは3500メートルくらいですが、登頂中に亡くなっている方もいっぱい出ています。ジョージアのシュハラ山にかんしては全く情報がないのですが、ヨーロッパで一番難しい山とだけ聞いています」

使命感に背中を押され、淡々と身と経済を粉にする長澤さんは、無意識的にファン、メディア、関係者に対してラグビーへの関り方を問うている。

2019年以降のことを聞くと、「実家の周りは、いわゆるニュータウンという作りです。いまはショッピングモールとかで、おじいちゃん、おばあちゃんが何もせずに座っていますが、そういう方にも、何かに挑戦、トライを促進させるような仕掛けを作り上げていきたいんです。世界中でトライしてきたトライキングとして」と、展望を語ってくれた。

もっとも現在最大の関心事は、山を登りきった後のことではなく、次の山のこと。ラグビー界を盛り上げるために、長沢氏は命を懸けた挑戦を続けていく。

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向風見也

著者プロフィール 向風見也

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、ラグビーのリポートやコラムを『ラグビーマガジン』や各種雑誌、ウェブサイトに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会も行う。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。