2017年シーズン、名波浩監督率いるジュビロ磐田は6位でフィニッシュ。残留争いに巻き込まれた2016年度シーズンから躍進、一時はACL出場権獲得圏内である3位への滑り込みもうかがえる位置につけました。これは、低迷期に突入した2006年度以降、最高順位タイとなる成績です。

特筆すべきは、失点の少なさ。2016年は、リーグ屈指のGKクシシュトフ・カミンスキーを擁しながら50失点。しかし今季は30失点と大幅減。これはリーグ最少失点であるだけでなく、2006年度以降磐田が記録した最小失点数であり、2006〜2016までの平均失点数が51という失点が非常に多かったクラブとしては画期的な数字でもあります。

本稿では、躍進の要因となった守備の強化を中心に、ジュビロ磐田の2017年度シーズンを総括してみたいと思います。

「J1仕様」の挫折~2016年度シーズンまでの磐田の守備

名波浩監督の就任は、J2時代の2014年度シーズンの終盤でした。以降、名波監督は「J1仕様」を標榜し、一貫して前から奪いにいくアグレッシブなサッカーを志向してきました。

「高い位置からボールを奪いに行き、奪った瞬間に、まず前(へボールを入れる)。でも、前の選択肢を相手に消されるから、そこでわざと密集を作って、広いところに(展開する)っていうのが、自分はJ1のサッカーだと思っています」 「そこがやっぱり、下がって守備をして、長いボールをボンッと蹴るチームが半分以上あるJ2との差。うちは昨季もずっと高い位置でサッカーをやっていたし、それを1年やり通すっていうことも、J1仕様だと思います」
名波監督が詳しく語る「ジュビロがJ1で勝つための中長期的ビジョン」|Jリーグ他|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva

しかし、シーズン50失点、残留争いという結果のみならず監督自身も様々なインタビュー等で認めている通り、「J1仕様」は大きな壁にぶつかっていました。実際のところ、J2時代の2014年度シーズンからJ1昇格初年度の2016年度シーズンに至るまで、名波磐田の「前から奪いにいく」コンセプトは意図通りに機能することが少なく、その機能不全は構造的な弱点となっていました。

特にアタッカーたちによる敵陣でのプレッシングと、後方に控えるDHやDFラインとの連動性に大きな問題を抱えており、以下のような危険なシークエンスが頻繁に見られたのです。

図表:五百蔵容

敵陣でのプレッシング。それに対するミドルゾーンでのカバーもしくはプレスを受けたボールへのアクション。前方でのそれらアクションの成否に応じたDFラインの操作。これらがバラバラにされ、距離を空けてしまう。それにより自陣に多くのスペースが暴露された状態で相手に攻撃を受ける……というシーンが総じて多く、中央から、サイドからスピードアップした攻撃を数限りなく受け、そして、J2・J1どのカテゴリのチームを相手にしても同じような形で失点を積み重ねていました。

個々の選手の問題もありましたが、プレッシングやトランジションが明確に組織化されていないことに大きな原因があったと思われます。このため、ライン間や個々の選手間に空いた距離、スペースをプレーの流れの中で効果的に狭めることができず、ボールを奪われた時に即座にグループを組んで再奪取に動いたり、危険なスペース・コースを組織として閉塞することが安定的にできない、ということにつながっていました。

サッカーは攻防一体のボールゲームなので、このことはボール奪取後の攻撃局面にも影響を与えていました。素早くボールを奪い返すことができても、周囲の選手の再ポジショニングが遅れ、展開が遅くなり、相手チームにDFのセットを許し、待ち構えられた状態でサイドからのクロスを繰り返すことになる。個々の選手の「切り替え」の意識は高くとも、戦術的な意図にかなう行動を組織としてそろえることができず、チームとして標榜する「J1仕様」の攻め筋が機能したのはわずかなケースにとどまっていました。

「もう少し個と組織をうまく融合させたスタイルを確立したかったけれど、そこまでは1年ではなかなかできなかった」
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現役時代は、周囲の選手の特徴・長所をぞんぶんに生かすゲームメイクで鳴らしていた名波監督です。監督としてチームを指導するにあたっても、同じように「全体として組織的に動きつつも、個々の選手の自由を縛らず良い部分をできる限り発揮させたい」と意図していたものと思われます。

ですが、2014年度終盤〜2015年度のJ2時代、昇格後の2016年度いっぱいと、2年以上をかけても目指す姿をチームに落とし込むことはできませんでした。首脳陣の現時点での指導力、選手の特徴や能力に応じた新たな方策が求められていたと言えます。

急速に向上した守備~「J1仕様」を諦める、という決断。

2017年シーズンを迎えるにあたり、名波監督が選んだ主要なやり方は、敵陣におけるプレッシング、ボール奪取をほとんど放棄し、ハーフウェイラインから自陣側にタックルライン(プレッシングを開始しボールを奪うライン)を下げるというものでした。

あれだけこだわっていた、「前から奪いに行く」「J1仕様」をすっぱりやめて、自陣に撤退する時間帯を大幅に増やすことを選択したのです。

図表:五百蔵容

普通、コンセプト的にほとんど真逆ともいえるようなこのような転換を行なうのは、チーム、グループを掌握する面では危険な選択となります。いわゆる「ブレた」と捉えられるためです。ですが、ここが名波監督の手腕の面白いところ。彼は就任以降、一貫して以下のことをチームに求めてきました。

・素早い縦ズレ(ボールの動きに合わせた守備グループ・ブロックの縦スライド)
・素早い横ズレ(同じく横へのスライド)
・前向きに守備を行い、強くボールにアプローチする。
・守備、ボールアプローチのために動いた味方を積極的にカバーする
・ボールを奪ったら後ろに必要以上に余らせずチームとして前へ出る

これら諸要素は、「自陣に撤退する」このやり方でも、そのまま適用可能になっています。つまり、監督が求めるものは「ブレて」はいない。図の通りボールを奪うためにプレーするエリアが狭まり、組織的に整っていない状態で敵陣で行なう無謀なプレッシングによって生まれた、選手個々が孤立する広大なスペースではなく、前にも背後にも味方が近くにいる状態で、選手たちはチームの狙いを思い切り表現できるようになっていました。

「チームで求められる最低限の約束事」を維持したままでの、この方針転換の効果はてきめんでした。451での撤退守備を試みていたシーズン序盤こそ、サイドチェンジを繰り返すことで二列目のスライド(横ズレ)に隙を作り、中央とサイドに攻略ルートを生み出す相手の対応に苦しみました。が、451プランが対応されたと見るや、名波監督は即座に3421(343)に移行。横スライドが遅くなっても3枚のCBとWBを加えた最終ラインでカバーしやすく、前線の3枚で中央の縦パスを切りやすいシステムで問題を修正し、守備に厚みを加えました。以降、失点を抑えるという面では極めて安定した試合を重ねることができたのです。

「確変」した攻撃~中村俊輔を中心にした成長

一方、攻撃面では当初は思うようにいかない状況が続いていました。

自陣に引く時間帯が増える関係上、どうしてもボールを回収する位置が低くなります。そのため、自陣からのロングカウンターが主要な攻め手となりますが、守備面での修正に多くの手をかけたのか、シーズンインした時点の磐田はそこまで準備が進んでいないようでした。カウンター時の主なターゲットとなる川又やアダイウトンがボールを運ぶことができてもサポートが薄く、単発的な突進にとどまり中央をそのまま陥れることは難しい。サイドに流れてもBOX内にクロスターゲットは1枚のみ……といった、昨季までと同じ状況。

ボールを奪った後簡単に失わずにキープし次の展開につなげる、という課題は、名手中村俊輔の加入により劇的に改善し、ボールポゼッションの安定度は増しました。が、ロングカウンターの成立もままならぬチーム状態で、やはり低い位置で開始されるポゼッションからのビルドアップで崩すという難易度の高い攻撃がうまく行くはずもありません。

守れるが、点が取れない。という状況がしばらく続きました。

しかし、CFの川又堅碁が「相手ボランチの横」……ハーフスペースに立つようになってから、ポストプレーを成功させる確率が目に見えて上がります。これは中村俊輔のアドバイスによるものだったようですが、DH(ボランチ)、SH、CBの誰が対応するのか、曖昧になりがちなこのスペースでボールを入れ、失わないことで相手に脅威を与えることができるようになりました。

すると、相手は動かざるを得なくなります。ハーフスペースの川又を消すためにSHやSBが動けば、ワイドを走るアダイウトンやWBのランニングが生きます。DHやCBが動けば、空いたスペースを俊輔や三列目から駆け上がってきた川辺駿が突きます。

川又にボールが入れば高確率でこの状況が生まれるため、課題だったロングカウンターを完結させるための基盤ができました。基盤ができれば、そこからの仕留めの展開でバリエーションを増やせます。敵陣で誘えるファウルの数も増え、中村俊輔がFKを狙う機会も増える。芋づる式に得点機会が増えて、シーズンの中盤が終わる頃には見事、堅守からのカウンターが脅威、というチームになりおおせました。

来季に向けた課題~「J1仕様」への再挑戦

「得失点差0」「中位に定着」というシーズン目標を早々にクリアした名波監督は、来季への準備をはやくも始めていました。今季終盤にさしかかるにつれ、タックルラインを敵陣まであげる時間帯を増やすとともに、4バックを採用する試合が増えていたのです。自陣ではなく敵陣でのボール奪取とゲーム支配、ショートカウンターでの得点機会創出を目指したものです。

来季の名波磐田はおそらく、かつて夢見た「J1仕様」への再挑戦と、自陣に引いて受ける戦い方のミックスを試み、磨き上げるシーズンになるでしょう。

その場合問題となるのは、「J1仕様」を諦めざるを得なかった要因の一つである、「トランジションの弱さ」。今季は自陣に撤退したところから切り返す、というシチュエーションに割り切ったことで、局面を単純化し問題が顕在化しないようあらかじめ手を打っていました。

敵陣でのプレッシングを推し進めるとなると話は違ってきます。自陣だけではない、より広いスペースで行なうプレッシング、そこで生じるより多様な局面を制する、組織的なトランジションプレーを装備できるかどうか。その成否によって、「J1仕様」の敵陣プレッシングサッカーと自陣撤退サッカーを連結できるかどうかが決まります。

うまくいけば、敵陣でプレッシングを仕掛け、ゲームを支配しつつ引いて守ることもでき、ロングカウンターもいける、それをバランスよく繰り返せる強力なチームになるでしょう。必然的に、タイトル争いが見えてきます。

敵陣で、時には自陣で無闇にプレッシングを仕掛けては、それでできる穴を狙うカウンターに、パスワークに頻繁に沈んできたこのクラブの歴史と共に歩んできた長年のサポーターとしては安易な皮算用は厳に戒めたいところですが(笑)、時には希望を持ちたいもの。中盤での止まることを知らない精力的プレッシングからのトランジションプレーに飛躍的な成長を見せる上原力也を筆頭に、若手の底上げも進んでいる現状もあります。今はただ、名波磐田の2018年度シーズンに夢を見つつ、本稿を閉じたいと思います。

<了>

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五百蔵容

いほろい・ただし。株式会社セガにてゲームプランナー、シナリオライター、ディレクターを経て独立。現在、企画・シナリオ会社(有)スタジオモナド代表取締役社長。ゲームシステム・ストーリーの構造分析の経験から様々な対象を考察、分析。web媒体を中心に寄稿・発言しています。