質問に答えない競技団体 自分の言葉で語る選手

「また選手が窮地に立たされてしまった。なぜ協会は選手を潰してしまうかもしれないということに真摯に向き合わないのだろう、というのが正直な感想です」

横浜DeNAベイスターズ初代球団社長で、現在はスポーツ庁参与を務める池田純氏は、今回の騒動についてこんな感想を持ったと言います。

「いま大問題に発展していますが、この件を時系列で見ていくと、初めに日本体操協会が暴力行為を認定した上でコーチを処分して、その次に当事者がそれを否定。『第三者の証言だけでパワハラ、暴行が成立するのか?』という報道のされ方でした。この数日でいろんな動きがあって多くの人が忘れてしまっているかもしれませんが、この疑問に対して宮川紗江選手が質問に答えますと出てきたという経緯があるわけです。そして逆に、協会が選手からパワハラを告発されるという全く最初と異なる形になりました」

誰が暴力行為を告発し、認定するのか? 宮川選手は速水佑斗コーチからの暴力を一部認めた上で、“明らかな暴力”として報道されている内容が事実とは異なると否定しています。法的に“暴行罪”となれば親告罪ではないため、被害者の告訴は必要ありませんが、宮川選手は速見コーチの処分を行った体操協会側に「別の意図があったのでは?」という疑義を会見で表明しています。

「スポーツ界の不祥事はそろそろ棚卸ししたいぐらい多発していますが、いずれも競技の団体、組織側は真摯に質問に答えず、世の中や選手、ファンなどを無視して協会内部のいろいろなことに忖度している様子が見えます。一方で選手、当事者側は勇気を持って表に出てきて、質問にも答える形で出てきたわけです。宮川選手もペーパーを読むだけではなく、圧力がかかって自分に不利になったとしても記者からの質問に答えるという覚悟を前日に公表して、会見に臨んでいました」

“インテグリティ”以前に日本のスポーツ界はスポーツマンシップを失っている

「そういうことに答えた上で、協会の意向、今回の騒動の中心にいる塚原夫妻への不信感とパワハラ行為を告白したわけです。偉い人の意向があり、自分の進路さえも無理やり決められてしまう、その中でオリンピック出場に関わることまで脅される。事実や詳細について私は知り得ませんが、いずれにしてもこの一連の騒動は、選手がないがしろにされているようにしか感じません。『なぜ協会は選手を守りにいかないんだ?』『事実をしっかりと把握しようとしないんだ?』と。山本(宜史)専務理事は会見で、『(協会側へ)宮川さんに訴えてもらい、聞いてくださいと言ってもらえたら粛々と調査します』『コメントを控えさせていただく』と発言するなどなど、『なんのための会見をしたんだ?』としか感じられず、選手を守る、事実を徹底解明するという姿勢は皆無でした」

池田氏は、こうした問題は体操協会だけではなく、多くのスポーツの協会、組織、団体に蔓延する問題だと指摘します。

「体操協会に限らず、メディアが上層部に批判的なことを書いたり放送したりすると取材がしにくくなったりすることも多々あります」

取材をする記者は協会や統括団体の許可を得て取材活動を行い、例えば大会などの中継を担当するテレビ局はイベントを盛り上げるある種の“協力関係”にあります。メディアも忖度を働かせなかったり、協会や偉い人たちを批判、否定すると、すぐに出入り禁止になったりするケースも多々あるといいます。そのため、「競技を盛り上げるため」だったり、「社の今後の取材体制の保全のため」といった理由で、否定的や批判的な報道は極力おさえがちな傾向にある。こうした問題は今年に入って継続的に話題になっているスポーツ界の不祥事に共通するものだと池田氏は言います。

「スポーツ界では昨今『インテグリティ』という言葉が頻繁に聞かれるようになっていて、コンプライアンスやコーチング、選手のあるべき姿など、あらゆる面でインテグリティが重要だという言説が出てきています。ただ、ガバナンスを大切にしていく方向性には当然賛成ですが、インテグリティという言葉自体には懐疑的です。日本語でいえば“高潔(誠実・真摯)”という意味なんですが、非常に抽象的ですよね。日本人にはまったく馴染みのない言葉で、何を指しているのかいかようにも解釈ができて、まるで“完璧”を求めているようにも聞こえます。

 偉い人は『インテグリティに欠けている』という曖昧な言葉を、自分の意に沿わない人間をいくらでも排除、処分する大義名分にすることさえできてしまう。欧米の文化の中で生まれてきた概念なので、文化背景の異なる日本で『インテグリティ』という言葉を使っていても、大切なスポーツ界に渦巻く問題の根底はまったく解決しないのではないかという気がします。日本のスポーツ界から“スポーツマンシップ”という概念が消えかかっている中で『インテグリティ』という言葉だけが独り歩きしても、組織や人、理念やビジョンの欠如、時代が大きく変わった中で生まれた社会通念との隔たり、世の中に対して内向きで閉じた組織であることなど、スポーツ界の根本的な問題はまったく解決されていかないのではないかと思います。

 そもそも、日本のスポーツに関わる偉い人たち、それだけでなく日本社会全体が、インテグリティという言葉を使えるほどに成熟しているのか? 正々堂々としておらず、公明正大でもなく、スポーツマンシップがないがしろにされている世の中なのに、またインテグリティという『概念』と『建前』で弱い立場の人たちを委縮させてしまう。偉い人たちがこの言葉を用いて自分の思い通りに処分や排除をできてしまうような言葉を蔓延させてしまうのか?まずは、偉い人たちや協会から全てをオープンにして、正々堂々とスポーツマンシップを体現するのが先なのではないかと私は思います」

池田氏は、欧米ではリーダーやマネジメントに不可欠な資質とされる“インテグリティ”を考えることも必要かもしれませんが、日本のスポーツ界が現状の危機を理解した上で公正さを取り戻すことこそが重要だと言います。

「レスリング、日大、ボクシングとスポーツ界にまつわる問題が次々に出てきていますが、すべては『偉い人たちの世界がオープンではない』ことに帰結すると考えています。選手、コーチにインテグリティを求める前に、今のスポーツ界は公明正大でない、“スポーツマンシップ”すらないということを認めないといけない。さらにいえば、これはスポーツ界だけの話ではありません。岐阜の病院で5人の方が亡くなった事件や、中央省庁による障害者雇用の水増し問題など、いま話題になっているニュースを見れば、もう日本社会全体が“公明正大”ではなくなってしまっているように感じます」

スポーツ庁の関与、介入は? 求められる競技団体の“自浄作用”

スポーツマンシップ、公正さを欠いたスポーツ界、社会を前提に何をしていくのか? 池田氏は、スポーツ界が公明正大な制度、システムを取り入れることが解決の糸口になると主張します。

「スポーツは日本の元気玉。スポーツから世の中を変える。スポーツ界の改革が世の中のベンチマークにされるほどまでに、自ら大きな大きな変革を成し遂げる世界になっていってもらいたいと思います。何かを決める時には閉ざされた“ムラ社会”の中だけで決め、問題が起きても過剰な忖度によって身を守り、自分たちは処罰無し、というのでは通用しません。そもそも偉い人たちが公明正大に選ばれているのか? 理念やビジョンはしっかりと公表して世の中に評価されるレベルであるのか? 常に世間に対して開かれた状態、オープンに決めるというのは大前提ですが、仮にオープンではない場で決まったことで問題が起きたら罰則を受けるような規定があってもよいと思います」

かつての名選手、競技のOBが半ば独占的にその世界を仕切る。その競技の近くにいる“お友達”で集まってきて、スポーツの世界に改革をもたらすだけの実績があるのか不明瞭な人が偉い立場に居座る。閉ざされたスポーツ界のマイナス点が強調される事件が頻発しているいま、第三者の目としてスポーツ庁の関与も期待されます。

「開かれたスポーツ界になれるかどうか。私はスポーツ界の危機だと思っています。会議の議事録もなく、あったとしても都合のよい議事録にされ、批判的、否定的な発言は省かれて議事録に載せてももらえない。一部の人の意向だけで人事や予算繰り、方針が決まる。こういうクローズドな組織には、オープンにすべきことのガイドラインを定め、社会通念にそぐわない問題が勃発した場合には即、上位概念の権威の機関が介入できるような制度も必要だと思います。しかし、本来は自浄作用があってしかるべき。人事や運営について情報開示の制度を確立していくべきだと思います」

いま何かと話題になることの多い広報の選任についても、その人がどういう役割を担う人で、どんな人が適任なのかを出発点にして選ぶべき。そうしたマインドで、運営方針や実際の運営・経営情報、人事がオープンになっている状態がベースにあり、その上に強化方針、選手選考といった話があるべきだといえるでしょう。

<了>

取材協力:文化放送

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毎週木曜日レギュラー出演:池田純
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VictorySportsNews編集部