平野選手を契約初期から担当してきた松本デザイナーは、「平野選手の感性と経験をもとに、妥協せずにデザインと機能性を追求したハイブリッドダウンを共創してきた」。平野選手からの最大の要望は「軽さ」と「サイズ感」で、「ストレスがなく、競技しているときにも美しく見えて、彼のモチベーションまで上がることを目指している」という。

軽さと動きやすさと暖かさを兼備、機能性素材と細部への配慮が詰まった1着に

 2019年のファーストモデルの際から、パウダーガードや裾ゴム、パスケース、ベンチレーションなど14個のディテールをなくすことで軽量化を実現。2020年モデルからは、肩にダブルラッセルという段ボール状のメッシュ素材を用いることで、通気性と肩に乗るようなフィット感を実現。ダウンの盛り上がりによって点で身体にフィットしウェアが全体的に持ち上がることもあり、体感での軽さをぐんと向上させた。

 また、2021年モデルでは、「腕が上げやすいように、肩回りを改善してほしい」というお題が出された。そこで昨年まではセットインスリーブの袖付けだったものを、今年は肩線を無くし、背中心から袖先にかけて1枚の生地で作り上げたことで、さらに動きやすく、かつ、肩なじみの良いシルエットにアップデートさせた。これで「腕が上がりやすくなるとともに、腕を下げたときにもスッキリと、さらには、腕を上げたときに一番キレイに見えるようなデザインに仕上げた」。背中にハギを入れて生地をバイアス使いすることで伸縮性をもたせるなどの工夫も施した。

 暖めたい場所(前身頃、背中、クビなど)には羽毛(ダウン90%、フェザー10%)を採用。袖や後ろの裾など動きがある場所には中綿と、パーツによって仕様素材を切り替えることで、暖かさと、軽さと、動きやすさを兼ね備えたハイブリッドパーカに仕上げている。

 肝心の生地には耐久撥水、透湿防水、防風素材を採用。肩部分の切り替えをなくすことで、ボードを担いだり雪や雨がかかる肩から水が入りにくくなる工夫をしている。シームテープ、止水テープも伸縮性があるものを採用している。他にも、冷たい風を防ぐために下前立を付け、肌に当たる頬から口元にかけての部分には起毛素材をあしらった。ドットボタンも内側に貫通させずヒヤッとする感覚を回避させるなど、ディテールまでやさしさが詰まっている。

サイズ感とカラーにこだわり。パントンの色見本も入手

 デザインについては、ポケットの配置やパーツ選び、サイズ感にいたるまで、平野選手の好みを反映した。平野選手は身長165センチメートルで、ジャストサイズはS~Mサイズ。けれども、「好んで着るのは3XLや4XLなどで、横乗り系、ストリート系ならではのビッグシルエットで、刺激を受けるとともに、身幅や着丈のバランスを工夫しながら、オーバーサイズだけれどもスッキリ見える、これまでのユニクロにはないサイズ感のアプローチにチャレンジしてきた」という。

松本大介デザイナー

 今回も、「もっとドロップ(肩の位置を落と)してほしい」「身幅はもっと太く、丈は短くしてほしい」とのオーダーが入った。「歩夢君は、大きな服のバランスが好きというだけでなく、動作をしているときに身体が服の中で突っ張るのが嫌で、ストレッチ性のある服をまとうのではなく、大きな身幅のウェアの中で身体が自由に動くことを求めていた。そして、『横幅を5センチメートル大きくして』『10センチメートル大きくして』と明確にフィードバックしてくれてありがたかった。ただ、ダウンは厚みがあることもあり、実際にそのサイズで作り上げてもイメージ通りになるとは限らない。パタンナーさんに尽力してもらいながら作り上げたものが、『ちゃんとウェアの中で身体が動く!』『好きなスタイルに仕上がってモチベーションが上がる!』と評価してもらえて、達成感を得られた」という。

 とくに平野選手が楽しみ、のめり込んだのが、色の世界だ。「歩夢君とのミーティングに私物のパントンのカラーガイド(色見本)を持参したところ、すごく興味を持ってくれた。もともと『こんな色がいい』と希望のカラーを提案してくれていたが、ついにカラーガイドを入手して色番号で配色の候補を出してくれるようになった」。

 その中でも今回発売するカラーは都会的でシャープなイメージの黒×グレーに決定。表地はナイロンだが、光沢感を抑えてマットな表情にすることで、様々なシーンに馴染みやすくなっている。「スイスでキャンペーンビジュアルを撮影した際、『すごく新鮮な色』『腕を伸ばしたときに後ろからもキレイに見えるブロッキングの入れ方もいい』『街着としても着やすそう』とポジティブなコメントをもらえたと撮影チームから聞き、手ごたえを感じていたところだ」と松本デザイナー。早速、今冬の大会などでアップグレードされたウェアを着用する姿も見られるはずだ。

平野選手とカジュアルウェアも協業へ、ユニクロから新しいスタイルとカルチャーを発信する

 松本デザイナーはもともとスポーツブランドでスキーウェアや欧州向け商品を手がけた経験がある。平野選手との協業を通じて感じた「ユニクロだからできること」とは何か?「素材開発や裏地や付属等をイチから開発し、短期間で完成度の高い商品を生み出せるのはユニクロならではだと思う。また、トップアスリートに製品サンプルを提供して実際に着用してもらい、気になったポイントをヒアリングし、フィッティングを繰り返し、修正を重ね、その時の本人にとってベストなものを追求することは、お客様の声を元に常にアップデートを続けるアプローチと同じで、究極のLifeWear作りにつながっている」と松本デザイナー。

 しかも、トップアスリートであるグローバルブランドアンバサダーの平野選手との協業は、ユニクロの商品群のアップデートにもつながってくると期待する。「彼のスタイルは、いままでユニクロにはなかったスタイリングや着こなしをしている。ルーツのあるオーセンティックでクラシックなものをベースにモノづくりをしてきたユニクロで、歩夢君をきっかけに、新しいカルチャーに根差したスタイルが受け入れられるようになったことが嬉しい。今、街に出るとこういうスタイルをしている方々が増えている。自分が作ったTシャツなどに対して、平野選手から『もう少し肉厚なほうがいい』『自分だったらこういう風に着る』などフィードバックをもらって参考にさせてもらってきたが、サイズ感やデザインのバランスは勉強になるし、自分たちにはない発想も持っている。これまで冬のモデルで協業してきたが、今後は一般の方々が日常で着られるカジュアルウェアも彼と一緒に開発していきたい。自分自身もスキルアップしながら、お互いに納得した最高のデキのものをユニクロのコア商品として開発していきたい」と野望を語る。中国などでも平野選手の認知度は高まっており、彼と協業した商品を日本以外で発売することも新たなビジネスチャンスになりそうだ。

 ちなみに、ハイブリッドダウンスノーボードパーカ(平野歩夢モデル)は2019年に1,000着限定で販売したところ、わずか4時間で完売。2020年は1万着を発売。そして、2021年は、2,000着限定で12月6日に発売する。過去の発売アイテムを通勤で着ている人も見かけるが、トップアスリート向けのハイスペックウェアを日常に取り入れることで生活が快適になる、まさにLifeWearの象徴的アイテム。保温性も高く、真冬でもTシャツの上に羽織るだけでコンビニにも行けるし、防水性があるので多少雨が降っても問題なく着用できる。

スポーツ、サステナビリティ、スウェーデンから生まれたSUW(スポーツユーティリティウェア)の新ラインナップ「+S」誕生

 なお、ユニクロでは、スウェーデンのトップアスリートと共に開発した本格スポーツ仕様の新作アイテム「+S」(プラスエス)を、12月13日から一部店舗とオンラインサイトで発売開始する。Sはスポーツ(Sports)、サステナビリティ(Sustainability)、スウェーデン(Sweden)の頭文字からとったものだ。

+S 新作アイテム

 「世界中でスポーツ、トレーニングを楽しむ人々が増加する中、ユニクロにはスポーツ・運動時に着られる、優れた機能性とサステナビリティ要素を兼ね備えた本格的なLifeWearがあることを世界中のお客さまに知っていただき、アクティブで健康的な生活をサポートしていきたい」とユニクロのマーケティングリーダーである小笠原氏はコメント。ユニクロ初となるリサイクル粒中綿(ポリエステルなどを粒状にした中綿)を使ったパデッドジャケットやパンツ、回収ペットボトルから作られたリサイクルポリエステルを使用したウールブレンドドライTシャツや大容量35ℓの高機能なバックパックなども発売する。

 平野選手をはじめとしたグローバルブランドアンバサダーやトップアスリートと協業し、機能性、快適性、汎用性を高め、スポーツシーンでも日常着でも着られる商材を増やし、LifeWearの活用シーンを拡張させること。それが、選手とユニクロがともに世界で飛躍する起爆剤になりそうだ。

【動画】2021年ハイブリッドダウンスノーボードパーカ発売記念スペシャルムービー2021年ハイブリッドダウンスノーボードパーカ 商品ページ2021FW +S 商品ページ

「ユニクロ、冬のスポーツウェアはじめました!」 高温多湿の東京、極寒の北京五輪を支える商品開発の秘話に迫る

東京五輪の感動の余韻が残る中、2022年2月には北京五輪の開幕を迎える。「ユニクロ」は東京に続き、スウェーデン選手団に公式ウェアを提供する。フリースタイルスキー/スノーボード、モーグル、カーリングの競技用ウェアも手がける。屋内と屋外、晴天と吹雪など大きな寒暖差が予想される中、競技の瞬間に最高のパフォーマンスが発揮できるように。セレモニーやトレーニング、移動や休息時などあらゆるシーンで快適に過ごせるように。21人のトップアスリートで構成するチームブランドアンバサダーの声に耳を傾け、LifeWearとして“クオリティ(高品質)”“イノベーション(革新性)”“サステナビリティ(持続可能性)”を追求した。

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松下久美

ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表 。「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、25年以上にわたり、ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。「ザラ」「H&M」「ユニクロ」などのグローバルSPA企業や、アダストリア、ストライプインターナショナル、バロックジャパンリミテッドなどの国内有力企業、「ユナイテッドアローズ」「ビームス」を筆頭としたセレクトショップの他、百貨店やファッションビルも担当。著書に「ユニクロ進化論」(ビジネス社)。