他へのインパクト

 17日に終了した男子のメジャー最終戦、全英オープン選手権を主催するR&Aが大会前、画期的な発表を行った。賞金総額を22%アップして1400万ドル(約19億円)に増やし、優勝賞金も250万ドル(約3億5千万円)になった。今年で第150回を迎え、スポーツ界最古の選手権と称される同大会。今年は特に〝聖地〟と呼ばれるセントアンドルーズで開催されて注目を集めた。5月の全米プロ選手権、6月の全米オープン選手権といったメジャーでも賞金が増えており、LIVへの対抗が見え隠れする。

 PGAツアーと欧州ツアーはLIVに参加した選手に対し、自らのツアーへの出場を禁ずるなど厳しい措置を講じ、早くも対抗策を打ち出してきた。例えばPGAツアーは来季から8大会で賞金を増額したり、選手数を絞った海外での試合を三つ、秋口に創設したり。また、現在は秋に開幕して年をまたぐ日程を組んでいるが、2024年からは1月スタートで8月までレギュラーシーズンを行って同一年に収めるなどスケジュールを改正することにした。PGAツアーが欧州ツアーに追加投資して賞金額や収益の向上に取り組むなど、長期のパートナーシップ契約を結んで連携強化を図っている。

 PGAツアーの中には間接的にLIVの恩恵を受ける選手層がある。LIVゴルフへ参加した選手には元世界ランキング1位のダスティン・ジョンソンをはじめ、メジャー制覇経験者のフィル・ミケルソン、ブルックス・ケプカ、ブライソン・デシャンボー(以上米国)やセルヒオ・ガルシア(スペイン)らが名を連ねる。有力どころが抜けた出場枠に空きが発生し、実績の少ない選手にPGA参戦のチャンスが巡ってくることにつながる。

断り切れない‥

 LIVにまつわる賞金の話題は「桁違い」という表現がぴったり当てはまる。今年の8大会のうちレギュラーの7試合は賞金総額2500万ドル(約35億円)で個人戦とチーム戦の両方で賞金を獲得できる。しかも48人による3日間54ホールの大会で予選落ちはない。例えば、米オレゴン州で開催された第2戦で、ブランデン・グレース(南アフリカ)は個人戦優勝だけで400万ドルを授与され、日本勢最高位の6位だった香妻陣一朗は80万ドル(約1億1000万円)を稼いだ。日本最高峰の大会、日本オープン選手権の優勝賞金が昨季実績で4200万円だから、それを軽く上回った。

 LIV出場の契約金に関しても、驚くべき数字が取り沙汰される。ミケルソンは2億ドル、D・ジョンソンは1億5000万ドルと言われる。また、PGAツアーへの忠誠を公言しているスーパースターのタイガー・ウッズ(米国)は約10億ドルの誘いを断ったと報じられた。

 ミケルソンをはじめLIVへの出場理由を問われた選手たちは軒並み、「家族との時間を大切にしたい」などとプライベートの事情を前面に出す傾向にある。ただ、プロとして当然ではあるが、経済的な要因も横たわっている。ミケルソンは今年に応じたインタビューで、自身のギャンブル依存症について告白した。ミケルソンに関する書物によると、2010年から2014年の間に損失が4000万ドル以上にも達したという。

 また、実入りについて端的に明らかにしたのが、スペインから米オクラホマ州立大にゴルフ留学していたエウヘニオ・ロペスチャカラという選手。世界アマチュアランキング2位に就いたこともある有望株は第2戦から参戦した。母国メディアによると、決断の理由の一つに巨額オファーの存在を挙げ「断り切れない額だった」と表現。〝オイルマネー〟の破壊力があらわになった。

ウッズの疑問

 欧米でのサウジアラビアに対するアレルギーは強い。反政府記者の殺害や死刑執行の多さ、女性や同性愛者への人権軽視などが問題視されている。2001年9月11日に発生した米中枢同時テロで実行犯の多くがサウジアラビア人だったことも影響している。

 その国が後ろ盾のLIVは最高経営責任者(CEO)を往年の名選手、グレッグ・ノーマン(オーストラリア)が務める。エンターテインメント性をより重視する大会方式にも風当たりが強い。54ホールで予選落ちがなく、最下位にも12万ドル(約1700万円)が与えられる。通常のトーナメントは72ホールで争われ、予選落ちすれば賞金はなし。それゆえに豊かな向上心やハングリー精神が育まれやすく、結果的にゴルフ界全体のレベルアップを期待される。圧倒的なプレーで新時代を切り開いてきたウッズは、LIVについて競技性の点で劣るとし「保証された金銭のためにプレーするのであれば、選手が練習するモチベーションはどこに生まれるのか?」と疑問を呈した。その上で「グレッグはゴルフのために最良とは思えないようなことをしている」と断じた。

革新の行く末

 他にも各ホールから同時にスタートするショットガン方式も特徴だ。時間短縮には好都合で、プロアマ大会ではよく用いられるが、競技としてはなじみが薄い。例えばマスターズ・トーナメントの舞台となるオーガスタGC。11番から3ホールは〝アーメンコーナー〟と呼ばれて難しさが警戒される。16番パー3は池が効き、最後の18番は右ドッグレッグで第2打が打ち上げ。ピンの奥からは難しい‥といったストーリーがある。

 今回の全英でもティーショットをホテル越えで放つ17番、ドライバーで1オン可能なパー4の18番が盛り上げを演出した。ギャラリーにもスコアと残りホールを計算しながら優勝争いを予想する楽しさがある。しかしショットガン方式だと全員が18番で終わるわけではなく、流れをイメージしにくい。革新をアピールするノーマンCEOは「ゴルフの発展を願っている。その可能性を完全に満たすことを手伝うのが私の使命だ」と自信たっぷりだが、定着するまでには時間がかかりそうだ。

 日本ツアーを統括する日本ゴルフツアー機構は現時点で、LIVへの出場を制限していない。ただ今後何年も存続すれば、何らかの対応に迫られることは必至だ。サウジという国への反感や拝金主義的雰囲気など何かと周囲が騒がしいLIV。ただ〝岩盤規制打破〟ではないが、既存ツアーに刺激を与えて業界を活性化させ、メリットがファンや選手に還元されるのであれば、見逃すことのできない存在価値を有するといえる。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事