世界的な潮流

 今年はペンシルベニア州のランカスターCCで6月2日まで開催され、賞金総額は1200万㌦(約19億円)だった。笹生が2021年に初優勝したときの賞金は100万㌦。3年で一気に2・4倍に増額となり、2位の渋野も129万6000㌦(約2億300万円)を得た。昨年比でも総額1100万㌦、優勝200万㌦からのアップだった。

 他のメジャー大会でも最近は賞金の増額が相次いでいるが、全米女子オープン選手権の突出は、ある企業の存在抜きには語れない。今年2月、大会を主催する米国ゴルフ協会(USGA)が金融サービス会社、アライ・ファイナンシャル(Ally Financial)と複数年契約を結んだと発表。全米女子オープンのスポンサーにも就き、大会名に「presented by Ally」と付けられた。同社は以前から女子スポーツの地位向上を目指し熱心に活動。特にテレビCMやWEB広告などでのメディア露出において、男女平等を目指している。契約の際、USGAのマイク・ワン最高経営責任者(CEO)は次のようにコメントした。「アライはスポーツ界で公平性への情熱を持ち、地位を確立している。そのブランド価値と行動は、われわれと完璧に一致している」と歓迎した。

 男女格差を表す「ジェンダー・ギャップ」は世界的な問題となっており、スポーツ界でも多方面で変化が起きている。テニスでは、2007年にウィンブルドン選手権など四大大会の全てで賞金の男女同額が実現した。女子サッカーの強い米国では2022年、代表チームの全試合の報酬を男女で同額にすると発表された。ゴルフのメジャーでは、例えば同じくUSGA主催の男子の全米オープン選手権は総額2150万㌦、優勝賞金430万㌦と、まだ開きがある。

2%で数千万円の違い

 笹生の賞金額が目を見張ったことには、もう一つ理由がある。総額に対する優勝賞金への配分率が前回までの18%から20%に引き上げられたためだ。一般的な米女子ツアーでの比率は15%という。例外的に、限定人数で実施される最終戦のCMEツアー選手権は今年から総額1100万㌦、優勝400万㌦で行われるが、他のメジャーの直近大会でも15%界隈に収まっている。今年既に行われたシェブロン選手権は総額790万㌦で優勝120万㌦。他の3大会は去年ベースで、全米女子プロ選手権が総額1000万㌦に対して優勝150万㌦、AIG全英女子オープンが合計900万㌦で1位に135万㌦、エビアン選手権は650万㌦のトータルに対して優勝100万㌦となっている。
 
 仮に全米女子オープン選手権で今年も優勝者への配分率が18%のままだったら、笹生の獲得額は216万㌦の計算になる。2%の違いでも、実際とは24万㌦(約3800万円)もの差があった。USGAのワンCEOは20%にした理由を次のように説明した。「男子のPGAツアーのビッグイベントを含め、いろいろな例を参考にしながら判断した。やはり勝つことは重要になってくる」。優勝者は名実ともに、世界最高の舞台を制した栄誉に浴している。

 今年で第79回を迎えた全米女子オープン選手権は現在実施されている女子のメジャーでは最も長い歴史を誇る。加えて大会名に「全米」とうたわれているように、その国のナンバーワンを決める〝ナショナル・オープン〟の意味合いを持つ。地元選手たちは特に意識することが多く、それだけステータスが高い。第1回は1946年にマッチプレーで争われ、1953年からは現在のように主催がUSGAとなった。このときの賞金総額が7500㌦。今ではその320倍となった。女子プロゴルフ界の発展とともに大増額を遂げている。

グリーン上の悲喜

 今年の大会は「パット・イズ・マネー」という、ゴルフの格言を想起させる場面が節目で起きた。笹生は4日間を通し、スコアへのパットの貢献度が全体1位だった。ポイントの一つが第3ラウンドの最終ホール。1・5㍍のパットをしぶとく沈めてボギーにとどめた。「簡単じゃなかった。入って良かった」と踏みとどまり、3打差5位で迎えた最終ラウンドの逆転につなげた。対照的に、最終ラウンドをトップで出た強豪のミンジ・リー(オーストラリア)は78と崩れて9位。敗者の弁を次のように述べた。「序盤のバーディーチャンスで何度かパットが入らず、そこからうまくいかなくなった」とグリーン上に原因を求めた。

 渋野のハイライトの一つとなったのが第3ラウンドの14番。カラーからの10㍍をパターで狙った。球はラインに乗って転がり、カップの縁で止まった。しかし、その後ころりと落ちて劇的なバーディー。打った後の間隔から〝14秒の奇跡〟などと評された。最終ラウンドの12番では約7㍍の長いバーディーパットを沈めてガッツポーズ。トレードマークの笑顔を浮かべた。全体を通してもシャフトを軟らかいものに替えてショットの安定につながった。昨年はポイントランキングで80位以内に入れず、今季のシード権を逃した。不振が続いていたが光明を見いだしたようだ。

 大舞台での日本勢の〝ワンツー・フィニッシュ〟という快挙は、テレビのワイドショーを含めて大きく取り上げられ、女子の注目度向上に寄与。国内ツアーでも女子の盛り上がりが継続している。各国の男女平等度を順位付けした2024年版「ジェンダー・ギャップ報告」が6月12日にスイスのシンクタンク、世界経済フォーラムから発表され、日本は調査対象146カ国中118位と低迷。先進7カ国では依然最下位だった。経済、教育、健康、政治の4分野での格差を数値化した結果だが、ゴルフ界では好パットを好成績に結び付けながら、国内外で女子選手たちの活躍が光っている。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事