インタビュー=平野貴也 写真=松岡健三郎

Vol.1はこちらVol.2はこちらVol.3はこちらVol.4はこちらVol.5はこちらVol.6はこちら

2人が描くスポーツの未来

©VICTORY

――リーダー論や組織論を交えてお話を聞いて来ましたが、最後に「スポーツの未来」をテーマにお話しいただきたいと思います。池田さんはプロ野球の球団社長を辞められて、現在はJリーグの特任理事に就かれていますよね。

池田 今の日本では、大会毎のブームでしか盛り上がりがないように感じます。でも、ベイスターズで仕事をして、やっぱりスポーツはみんなにとって楽しいものだなと感じました。もっと、いろいろなスポーツが楽しくなれば、みんながもっと幸せになれる。そうすると、日本のスポーツは強くなるし、楽しい国になる。だから、スポーツのファンを育てる、見る人を増やす。そうすると、競技を実際に楽しむ人が増えていくから、一過性のブームではなくなる。そういうスポーツ文化を作っていきたいと思っています。現在は、大学などに関わったりもして教育にも関心がありますし、文藝春秋のスポーツメディア『Number』と組んでスポーツのビジネスカレッジなどを作ったりもしています。

――ファンの意識を変えていくことで、スポーツの世界を変えていくということですか?

池田 それもあるけど、もっと競技側が今の話を理解して変わらないといけないと思います。ベイスターズでやったことを持ち出すと、グラウンドは厳かな場所だから選手以外は立ってはいけないと言われていましたけど、私はファンの方々に入ってもらうイベントを頻繁にやり始めました。ファンがどうなったか。あの場所に立った瞬間にすごいファンになっていきましたよ。競技側が、見る人たちに寄って行く意識が変わらないといけないと思っています。井上さんたちのようにスポーツの現場をマネージメントする世界があって、スポーツを継続的に行うために人気を獲得していくビジネスの世界があって、スポーツを楽しむファンの世界がある。その3つをちゃんとつなげていかないといけないし、3つの関係をもっと理解して、そういった人材がスポーツにもっと深く携わっていくと、スポーツ全体がもっと盛り上がって、スポーツビジネスが強くなり、スポーツ振興が進み、地域でのスポーツアクティビティも盛り上がり、日本にスポーツが産業として、文化として、もっとスポーツが進んでいくと思っています。

©VICTORY

――現場に立たれている井上監督からすれば、現場以外のことを学ばなければいけないというところでしょうか?

井上 そうですね。冒頭で池田さんがスポーツとエンターテイメントの融合という話をされていましたよね。人がスポーツを見て、なぜ感動するのか。やっぱり、人が動いてとんでもない演技やアクションを起こすからだと思います。これから先、例えばAIの発達だとかITなんかもそうですし、コミュニケーションツールでもいろいろなものが発達していくと思います。我々もそれを活用することになるでしょう。しかし、最終的には、人間の発達というか、人間の発展というものが、私はこれから先もっともっと重要になるポイントになるのかなと思う部分があります。ですから、スポーツ選手として、柔道家としてのプライドを持った中で、柔道を通じて、皆さんにこれまで以上に「ああ、柔道ってすごいなって、かっこいいなと、面白いな」と言ってもらえるような競技にしていきたいと思います。

――そのために、勝つだけではないものまで目指すというお話でしたよね。

井上 そうです。五輪に関しても、勝った、負けたというだけの世界では、滅びるのではないかと思っています。やはり、社会で価値があると言われ続けるには、どうしていくべきかを考えることが大事だと思います。だから、ドーピングは絶対にダメなんです。人体を滅ぼすものを使ったら、スポーツの価値がなくなります。だから、そういうものをハッキリさせていかなければいけません。また、柔道に関して言えば、世間にも競技は知られていますし、学校の授業でも採用されているので、ある程度は知名度があると思います。ただ、もっと広まるように努力をしていかなければいけないと思っています。さまざまな話を聞く限り、我々、柔道界はまだあぐらを組んでいる状態なのではないかと感じています。いろいろなものを採り入れ、巻き込みながらやっていかなければいけないなと、今回の対談を通じてあらためて感じました。私自身のモチベーションを最大限に引き上げてもらった気がします。

池田 スポーツは、勝負の世界で結果が問われますよね。勝負の世界だから、勝ち負けは大切です。でも、プロセスや人材もしっかりと評価しないといけないと思います。スポーツの世界にも「その世界で偉い人」が、たくさんいると思います。そういう偉い人たちが、刹那的な勝ち負けで、世論が色々と責任論を問うたりするときに、トカゲの尻尾切りのように、世論に影響を受けて突然の現場のマネージメントを変えてしまうことが少なくありません。結果は大事な判断の材料ですけど、それだけでなくプロセスも大事にして、監督の適性や素養を日本スポーツ界全体が見るようになることが大切だと思います。本当に、組織づくりや今に適したマネージメントをできる人材は、そう多くはない。競技だけでなく、その競技の振興のために、自分に足りない部分を素直に補える意識で、多様な業界の人材と交流できることも、そうした組織づくりにまで意識が及ぶ人は、その世界に人だからこそ最も重要。ビジネスの世界だって、本当の社長、ができる人材は本当にそう多くはない。トップアスリートの世界にいた井上さん自身が、マネージメントや組織論、これからの柔道界、スポーツ界にすごく理解がある。それは重要で、すごく未来を感じますね。

――スポーツの発展を願う一人として、お二人の今後の活躍に期待しています。本日は、お忙しい中、ありがとうございました。

Vol.1へVol.2へVol.3へVol.4へVol.5へVol.6へ


今回対談した2人の書籍がポプラ社より発売中

『改革』(著・井上康生)、『しがみつかない理由』(著・池田純)、それぞれが書いた書籍を読めば、今後連載される2人の対談内容の理解が深まります。

井上康生・著『改革』(本体1500円+税)は、「なぜ井上康生は日本柔道を再建できたか?」をテーマにロンドン五輪後からリオ五輪までの4年間の「井上改革」について記したものです。柔道に関心のある方だけなく、停滞する組織に関わる方などにも参考になる一冊です。


井上康生(いのうえ・こうせい)

全日本柔道男子監督。東海大学体育学部武道学科準教授。柔道家。シドニー五輪100kg級金メダル、アテネ五輪100kg級代表。2016年のリオデジャネイロ五輪においては、1964年の東京五輪以来となる「全階級メダル獲得」を達成する。同年9月に、2020年の東京五輪までの続投が発表された。著書に『ピリオド』(幻冬舎)、監修書に『DVD付 心・技・体を強くする! 柔道 基本と練習メニュー』(池田書店)がある。

池田純・著「しがみつかない理由」(本体価格1500円+税)は、「ベイスターズ社長を退任した真相」がわかる一冊で、赤字球団を5年で黒字化した若きリーダーが問う組織に縛られず、自分だけができることをやり抜く生き方について書かれています。


池田純(いけだ・じゅん)

1976年1月23日横浜市生まれ。早稲田大学商学部卒業後、住友商事株式会社入社。その後、株式会社博報堂にて、マーケティング・コミュニケーション・ブランディング業務に従事。企業再建業務に関わる中で退社し、大手製菓会社、金融会社等の企業再建・企業再生業務に従事。2005年、有限会社プラスJを設立し独立。経営層に対するマーケティング・コミュニケーション・ブランディング等のコンサルティングを行う。2007年に株式会社ディー・エヌ・エーに参画。執行役員としてマーケティングを統括。2010年、株式会社NTTドコモとのジョイントベンチャー、株式会社エブリスタの初代社長として事業を立ち上げ、1年で黒字化。2011年、株式会社ディー・エヌ・エーによる横浜ベイスターズの買収に伴い、株式会社横浜DeNAベイスターズの初代社長に就任。2016年までコミュニティボールパーク化構想、横浜スタジアムの運営会社のTOBの成立など様々な改革を主導し、5年間で単体での売上が52億円から100億円超へ倍増し、黒字化を実現した。2016年8月に初めてとなる自著「空気のつくり方」(幻冬舎)を上梓。


平野貴也

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト『スポーツナビ』の編集記者を経て2008年からフリーライターへ転身する。主に育成年代のサッカーを取材しながら、バスケットボール、バドミントン、柔道など他競技への取材活動も精力的に行う。