“大谷ルール”が適応され交渉期間が短縮

今回の新制度は12月1日(日本時間2日)にMLBオーナー会議で正式承認されますが、今オフは従来通り上限を2千万ドル(約22億円)とする譲渡金を設定し、支払う意思があるすべてのMLB球団が選手と交渉できる制度になります。来季からは契約金を含む選手の年俸総額によって譲渡金が決められることになります。さらに大谷選手の場合は本来30日間とされている交渉期間が21日間に短縮されることも決まっており、12月23日には大谷選手の来季の所属先が決定するという流れになります。

「これって“大谷ルール”じゃないですか。いろいろありましたけど、大谷選手が欲しいメジャー球団は日本ハムに22億円を支払う。大谷選手の交渉期間が短縮されることで、FAで移籍するそのほかの選手たちの交渉に影響が出ないようにする。ルールに縛られるのではなく、状況によって柔軟に変えていけるアメリカのスポーツ界は本当に合理的ですよね」

横浜DeNA ベイスターズ前社長の池田純氏は、今回のポスティングシステムの新協定にアメリカのスポーツ界の柔軟性が表れていると言います。

ダルビッシュ有投手(ドジャース)らFAで移籍する選手たちの交渉が活性化するといわれる『ウィンター・ミーティング』が行われるのは12月10日からの5日間ということもあり、大谷選手の移籍交渉を早期に決着させることで、移籍市場全体をスムーズに進めたいというMLB選手会の思惑があったともいわれています。

ヒデキ・マツイの名前も飛び出したヤンキースの本気度

ポスティングのルールも合意に達したところで気になるのが、大谷選手の新天地です。

「このルールの適応によって財政力が弱い球団は参加できなくなりました。報道ではヤンキースの名前が一番に挙がっていますが、こういう報道のされ方も面白いですよね」

池田氏が注目するのは、大谷選手の移籍に関するニューヨークメディアの「伝え方」です。

「ヤンキースの大谷獲得の秘密兵器は松井秀喜さん。そんなニュースがニューヨークのメディアで取り上げられています。こういう報道のされ方もアメリカらしくて面白いと思います」

池田氏が指摘するのは、ヤンキースでプレーした松井秀喜氏の名前に触れることで、このニュースがさらに広がっていくという視点です。

「松井さんは現在ヤンキースのGM特別アドバイザーという役職に就いていますよね。とはいっても、GMでもないし、GM補佐でもないので大谷を獲ってくるというのは契約上、彼の仕事ではないでしょう。でも、あえて松井さんを担ぎ出すことで話題をつくって、世論を形成していくといった狙いがあるんじゃないかと思いますね」

池田氏は日本のメディアでもスポーツ新聞報道などで新監督人事構想を報道して、観測気球的にその反応を見たり、世論の後押しを圧力にするようなやり方が昔から行われていると言います。今回、ニューヨークのメディアが大谷選手獲得に松井選手の名前を出していることも、さまざまな方面からの意図が見え隠れしていると池田氏は言うのです。

実際にニューヨークポスト紙は、「ヤンキースが大谷獲得の秘密兵器を持つかもしれない」と報道し、ニューヨークデイリーニューズ紙も「ヒデキ・マツイが役割を果たすはずだ」という記事を配信しています。

「それだけヤンキースが大谷選手のことを本気で欲しいと思っているというサインかもしれませんね」

大谷選手の獲得には、ジェリー・ディポトGMが興味を明言しているマリナーズなど複数球団が獲得に乗り出しているといわれていますが、ニューヨーカーから愛され、日本で影響力を持つ松井秀喜氏の名前が浮上してきたヤンキースの本気度はかなりのものといえそうです。

見習いたいアメリカスポーツの柔軟性と合理性

「このニュースと同時に、松井さんのアメリカ野球殿堂入りの話も出てきましたよね。このタイミングで松井さんのこういう話が出てくるのも面白い。こうしたやり方も本当にアメリカらしいですね、ニュースの広げ方がうまいんです」

現地時間20日に発表された来年の野球殿堂入り候補者に松井秀喜氏が初めて名前を連ねたというニュースが話題になるタイミングで、大谷選手獲得の切り札として松井氏を登場させるあたりにも、「MLB側のメディア戦略につながっているのでは?」と池田氏は言います。

「日本人のノミネートは野茂英雄さんに続いて2人目ですが、記録だけでみれば、いろいろな声が挙がるかもしれません。それでもあえて日本人、アジア人初の殿堂入りか?という話題を持ってきた。松井さんは、その紳士的振る舞いとチームへの献身的な姿勢と忠誠心でニューヨーカーたちからの人気が今も高いのは間違いありません。こうした評価に加えて日本人のパイオニアとしての功績があれば、候補者に選ばれたことも納得ですよね」

大谷選手の話題からは少し外れますが、松井氏の殿堂候補者入りのニュースは単なるニュースではなく、MLBの日本、そしてアジア戦略的な視点で見ても効果的なのは間違いありません。

「ヨーロッパは日本と似通ったウェットな部分がありますけど、アメリカはこういうところは本当に合理的ですよね。日本人、アジア人初の殿堂入りとなれば、宣伝効果は抜群です。もう一人、イチロー選手がいますが、彼が現役を引退するタイミングで松井さんと一緒に殿堂入りなんてことになったらすごい盛り上がりになるはずです」

野球の価値を世界規模で高めながら、ビジネス戦略を展開していくMLBにとって、日本市場の存在が大きいのは間違いありません。

「大谷選手がどこに行くかはわかりませんが、ピンスストライプは似合いそうですよね。ヤンキースの大谷翔平はみんなが見てみたい。そうなれば日本でもヤンキースのユニフォームやグッズが爆発的に売れるはずです。日本やアジアでの放映権も需要が増えるはずです。MLBのこうした収益は、ヤンキースが独占するのではなく、リーグが各球団に分配する形を取るので、大谷選手の移籍はMLB全体にとっても有益なんです」

日本市場でも積極的なビジネスができるとすればMLBにとってポスティングルールの特例や、上限2千万ドル(約22億円)の譲渡金は問題にならないほど「安い金額」といえそうです。

「ポスティングシステムの話もそうですが、大谷選手の移籍をめぐる報道、そのニュースが話題になっているタイミングで松井さんの殿堂入りのニュースとたたみかけてくる。こういう動きを見ていると、MLBをはじめとするアメリカのスポーツ界は経営目線でしっかりしていて素晴らしいとつくづく思います。メディアの使い方を含めて上手ですよね。日本のプロスポーツも見習うべきところは見習わなければと思います」

<了>

取材協力:文化放送

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VictorySportsNews編集部