一過性の「勝敗」にとらわれない取り組みを

©荒川祐史

現在、スポーツ庁は日本版NCAA設立を目指して動き出している。しかし、現時点では不透明なことも多い。日本版NCAAは一つの大学でコントロールすることは難しく、参加する各大学が、先進的にスポーツに取り組んでいくことが不可欠だ。

明治大学。日本人であれば、その名前を聞いたことがないという人は、ほとんどいないはずだ。様々な競技のトップアスリートを輩出しており、スポーツ界にも、その名前は轟いている。ところが、明治大はスポーツの大学ではなく、スポーツに関する学部もない。それは、スポーツを課外活動として、本流に組み込んでこなかったからだ。

明治大では、課外活動でしかないスポーツだが、日本社会では明治大の絆やアイデンティティであり、ブランドの象徴でもある。周囲のイメージに追いつき、スポーツを明治大のストロングポイントにするためには改革が必要だと、前横浜DeNAベイスターズ社長であり、Jリーグ特任理事やラグビー協会特任理事を務める池田純氏は訴え、4つの問題点を指摘する。その要約は以下の通りだ。

1.体育会が旧来からの運営に依存した体質のままであり、大学側も積極的にスポーツ振興、推進、発展に邁進可能な“組織”と“人材”が存在しない
2.運営面においても、不祥事、経理、財務、人事など、コンプライアンスが必要最低条件とされる現社会において、時代遅れと問題視されることが散見
3.勝ち負けの面においても、アマチュアスポーツ界を牽引しプロスポーツ界が注目してメディアが報道する、システムや指導者が誕生していない
4.旧来型アマチュアリズム、旧来型大学スポーツ運営の限界に達していると捉えるべき

2020年の東京オリンピック開催に伴い、スポーツは時代の潮流となっていく。国もスポーツ庁を創設し、15兆円規模の産業化を目指している。そのスポーツ庁は、平成30年までに日本版NCAAの創設を目指しており、大学スポーツへの期待と注目は高まっている。

その状況を踏まえて池田氏は、「これだけ大きな明治大は、自分たちの大学のスポーツを、まずは自分たちでどうにかすることが、一番大切なのではないかと思っています」と語る。そのために、まず取り組むべきは「明治大学スポーツ推進機構」といった組織をつくり、スポーツのこと、学生の教育のことを考えていくことだと持論を展開する。

「学生アスリートの教育と未来が、第一義であるべきと思っています。また将来的に、明治大学が大学スポーツのけん引役となるために、これからの明治大学のスポーツをその組織が作っていかなければいけません。今年、何部が勝った、何部が負けたという勝ち負けの話は、非常に大切なことです。けれども、それは一過性のことであり、明治大学が社会から本質的な評価を得るためには、継続的な取り組みを戦略的に組織としてやっていき、社会から評価されることが、すごく必要なんじゃないかなと私は思っています」

ラグビーのサンウルブズのCBOを務める同氏は、ラグビー界の話を例に出し、さらにかみ砕いて説明する。

「2015年のワールドカップで、五郎丸歩選手を擁するラグビー日本代表は南アフリカ代表に勝ちました。でも、その時の興奮とかラグビーのブームって去ってしまいました。その後にラグビーが、例えばプロリーグをきっちりつくっていくとか、世界の中で戦うリーグ戦に日本のチームが入り、そのトップレベルを発展させていくとともに、普及や教育をしっかりしていく、6歳以下の子供や小学生、中学生、高校生にもラグビーに接触する機会、触れる機会をしっかり育てていく。色々な事を戦略的にやっていかないといけません。2019年にラグビーのワールドカップが日本に来ますが、2015年のときと同じことを、もう一回繰り返してはならないのです。ラグビーの熱を定着させるためには、各々が個別に個別の最適な事を考えていても難しい。みんなが努力しています。その努力を、統括的に、戦略的に発展させていく組織が、プロスポーツはもちろん、大学スポーツにも必要なのです」

すでに民間企業と連携をとっている大学も

©VICTORY

日本版NCAA設立に向けてスポーツ庁が動き、大学スポーツ界は転換期を迎えている。その中で、池田氏は「遅れをとったり、誤った選択をすることは、後世に渡って明治大学のブランドを毀損することにつながる」と警鐘を鳴らす。しかし、今年4月から明治大の学長特任補佐兼スポーツアドミニストレーターを務める池田氏は、「すでに他の大学に若干の遅れをとっているのではないかなと感じています」と明かす。

たとえば、筑波大はスポーツメーカーのアンダーアーマー社のブランドである株式会社ドームの安田秀一代表取締役に学内スポーツ改革の陣頭指揮を執らせるとともに客員教授に迎え、スポーツの組織を作るための準備、検討を始めている。

他にも筑波大は、同大学のビジュアル・アイデンティティとなるスポーツエンブレムを策定。そのエンブレムを採用したユニフォームを8競技で着用することを決めた。大学会館の別館ホールには、アンダーアーマーと組んでグッズを買えるショップをつくり、学生にグッズやユニフォームが浸透するような施策もスタートさせている。さらに、つくば市の中心部には2020年東京五輪・パラリンピックまでに7,000人から8,000人を収容できるアリーナ施設を建設する意向で、大学に所属する運動部のスポーツの試合はもちろん、プロスポーツ団体の試合やコンサートなども開催することも可能になっていくという。

また、早稲田大もアシックスと業務提携を結び、スポーツにおける様々な研究を進めるとともに、大隈講堂の向かいにショップをつくり、早稲田大のロゴ入りグッズや早稲田レッドのグッズを販売している。筑波大や早稲田大は、民間の力を活用しながら、大学で直接スポーツに関わっていない人にとっても、ユニフォームなどのグッズを通して、その大学のスポーツがアイコンになるような工夫を始めているのだ。

池田氏は、「大学スポーツ振興の推進事業の8大学に選ばれた大学というのは、体育大学であるとか体育の学部がある、なしに関わらず、やはり一歩先を行っているんではないかなと思います」と指摘した。

では、このビハインドを取り戻すために、明治大はどのような施策を打つべきなのか。池田氏は、以下の4つの課題を挙げた。

1. 学生の教育と支援……学生アスリートや将来的にスポーツに関わりたい学生に対し、大学としてのサポートを充実させる。

2. 不祥事・コンプライアンスの欠如……コンプライアンス教育と管理を統括し、組織によるリスク管理を徹底

3. 大学のブランディング……選手名や部活名だけではなく、所属先である大学自体の発信を強化し、明治大学ブランドの価値を向上

4. 収益化……体育会名簿や関連施設、学生アスリートの権利を管理し、明治大学のスポーツ資産を収益化

「先にも挙げた明治大学スポーツ推進機構(仮)が、明治大学の各部を統括管理し、この4つの課題に取り組み、懸け橋となることで、明治大学と学生アスリートや部活の双方に大きなメリットが生まれてくるはずです」と池田氏は力説する。

明治大は今後、スポーツにどう取り組むのか

©VICTORY

試合で勝った、負けたということが重要ではあるものの一過性であるのに対し、こうした大学全体での取り組みは普遍的なものだ。明治大でスポーツに関わった人たちが社会に出たとき、スポーツビジネスを理解していたり、しっかりとした教育を受けることができていれば、卒業後の未来も明るくなるだろう。

明治大のOBであり、現在イタリアのインテルで活躍する日本代表DF長友佑都選手も「大学時代に、もし大学にJリーグのことを教えてくれる学部があったり、Jリーグのビジネスを教えてくれる学部があったり、インテルやイタリアリーグのビジネスを教えてくれたり、クラブ経営を教えてくれたりする学部があったら、自分と関りがあるサッカーのことですから、より興味を持って学べたと思いますし、良かったと思います」と話している。

現在、明治大にはスポーツ学部はないが、他大学を見渡しても、スポーツビジネスを含めたスポーツ全体の教育を凝縮できているスポーツ学部というのは存在しない。スポーツビジネスとポーツ科学の両方を学べる学部をつくることは、先進的な取り組みにもなっていくだろう。

だからこそ池田氏は、まだまだ明治大に大学スポーツを牽引する存在になるチャンスがあると強調する。

「日本版NCAAは、すごく大切です。現在、明治大はその8校の中に入っていませんが、明治大がスポーツ振興を進めていけば、自ずと声はかかるはずです。そうなれば国も先進的な事例として波及させてくれるでしょう。明治大学が自分たちのスポーツをしっかりと振興できる組織をつくること。そこが、この大学のスポーツを変えていく始まりとして、重要なポイントかなと思っています」

このシンポジウムには、スポーツ庁参事官の仙台光仁氏をはじめ、明治大学学長の土屋恵一郎氏、明治大学副学長の柳沢敏勝氏、明治大学硬式野球部前監督の川口啓太氏、明治大学体育会監督会理事長の松尾覚氏、明治大学駿台体育会会長の関根宏一氏らが登壇者として参加した。会場は満席となり、立ち見も出るほどの盛り上がりを見せ、多くの学生がスポーツに関心があることも示された。池田氏の話を聞いた仙台スポーツ庁参事官は、「本当にこの取り組みが明治大学で実現されれば、まさに日本の大学スポーツの最先端ということになるんではないか」と、そのプランに太鼓判を押している。

日本を代表する有名大学が、今後、スポーツ界においてどれだけ大きな存在になっていくのか。その岐路に立つ明治大が、どのような活動を進めていくのかは、スポーツ界全体の注目するところだ。

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VictorySportsNews編集部