NBAや米大学へと進むアフリカ人留学生

バスケットボールの高校日本一を決めるウィンターカップが、今年も12月23日に開幕する。千駄ヶ谷の東京体育館へ正式にこの大会が移ったのは1996年の第27回大会から。同年は『SLAM DUNK』の連載が終了し、田臥勇太が能代工業1年生でブレイクを見せていた。言わば日本バスケの「メモリアルイヤー」である。

協会の運営が混乱しているときも、国際バスケットボール連盟(FIBA)の制裁処分を受けて代表活動が滞っているときも、大会の盛り上がりは変わらなかった。男子準決勝と女子決勝が行われる大会6日目、男子決勝が行われる7日目ともなれば、1万人収容のアリーナが満員状態になる。

ひと言でいえば、ウィンターカップを見れば日本バスケの未来が分かる。それはシンプルに未来の代表選手、BリーガーやWリーガーが高確率でこの大会に参加しているからだ。加えて高校バスケからは野球やサッカーに先んじた時代の潮流も見て取れる。

高校バスケにアフリカからの留学生が登場したのは21世紀初頭のこと。オン・ザ・コート数は「1」に制限されているし、10年前ほど前は留学生の是非が激しく議論され、風当たりが生じていた時期もある。ただ今では彼らの存在も日常となり、女子も含めてより多くの留学生プレーヤーが高校から来日するようになった。またセネガルや中国だけでなく、コンゴ共和国、コンゴ民主共和国(旧ザイール)と出身国も多彩になっている。

よくメディアは彼らを「留学生」「アフリカ人」と一括りにしてしまう。実際に身長の高いインサイドプレイヤーが来日しているわけだが、レベルや人柄、プレーの特徴は人それぞれだ。

2010年の大会で活躍したセネガル出身のモーリス・ンドゥール(岡山学芸館高)はオハイオ大からレアル・マドリード・バロンセストに進み、昨季はNBAのニューヨーク・ニックスでプレーしていた。2016年の大会で活躍したディアベイト・タヒロウ(帝京長岡高)はマリ共和国の出身で、来日前はスペインやフランスのクラブチームでプレーしていた。卒業後はNCAAⅠ部のポートランド大に進学している。

ただしNCAAⅠ部は世界から人材が集まり、レベル的にもビジネス的にも図抜けたカテゴリー。そこに進むのは一握りの人材で、その次のクラスは日本の大学に進む。ゲイ・ドゥドゥ(八王子高→拓殖大)は2017年秋の関東大学リーグで1年生ながら得点王に輝き、今季の優勝に貢献した。アブ・フィリップ(アレセイア湘南高→専修大2年)も関東1部のリバウンド王を獲得している。彼らは高校3年間を日本で過ごしており、適応や言葉の問題もない。アフリカ人留学生を受け入れる有力校が増え、関東1部で活躍する選手が増えてきた。

岡山学芸館高出身のモーリス・ンドゥールは昨季、NBAニューヨーク・ニックスでプレーした/(C)Getty Images

Bリーグを見ると今季はウィンターカップ卒業生のジュフ・バンバが、拓殖大から川崎ブレイブサンダースに加入した。ファイ・サンバ(明徳義塾高→天理大/現・滋賀レイクスターズ)やファイ・パプ月瑠(延岡学園高→関東学院大/現・ライジングゼファー福岡)のように日本国籍を取得して「帰化選手枠」の強みを生かしている選手もいる。

実のところ「アフリカから選手をスカウトする」のは日本の高校バスケに限った話でない。日本も「世界」の一部として人脈のネットワークとつながっている。トップ・オブ・トップの逸材はアメリカのハイスクールやカレッジ、ヨーロッパのクラブチームに向かうのかもしれない。一方で日本の高校で才能を磨いて次の良いステップを掴む選手もいる。

日本のラグビー界はバスケより20年近く早いタイミングで、留学生の受け入れを始めていた。2015年ワールドカップの南アフリカ撃破を見ても分かるように、その利を既に大きく享受している。リーチ・マイケルのように日本国籍を取得し、代表のキャプテンを任された選手もいる。

また今では「ラグビー留学生」の多くが日本に根付き、その子弟が大学ラグビーに登場している。昨年のウィンターカップで活躍していたオト・ジョシュア・輝恵(八王子高→帝京大でラグビーに転向)も、トンガ出身でラグビー元日本代表のオト・ロペティ氏を父に持つ。

延岡学園高でプレーしたジュフ・バンバは、拓殖大を経て今季から川崎ブレイブサンダースに加入した/(C)Getty Images

高校のうちに経験した「世界」が成長を加速させる

日本バスケの強化を考えても、留学生の存在は極めて大きかった。「大学を卒業してから初めて2メートルを超す選手とマッチアップする」というような緩い環境でプレーしていたら、選手育成は今以上に立ち遅れていただろう。ビジネスであろうとスポーツであろうと、世界から逃げていたら世界には届かない。

過去のウィンターカップを思い出してはっきり言えるのは「高さとパワーに頼ってプレーしていた選手は行き詰る」現象だ。しかし留学生の台頭により「疑似国際試合」の環境が生まれ、日本の誇る逸材も工夫をしないと太刀打ちできないようになった。ミニバスなどからしっかりとファンダメンタルを身に付けた選手が増えているという基盤の整備や、アウトサイドからの得点を重視する世界の潮流もあり、今の高校バスケ界は大型で万能な選手が増えている。

昨年の大会も西野曜(196センチ/近畿大附属高→専修大)、赤穂雷太(195センチ/市立船橋高→青山学院大)、山口颯斗(191センチ/正智深谷高→筑波大)、岡田侑大(188センチ/東山高→拓殖大)など大柄でもスキルの高い選手が目白押しだった。

現在はゴンザガ大でプレーする八村塁は明成高の選手として2013年からウィンターカップを3連覇し、自らも3年連続で優秀選手に輝いた。彼は17年7月に開催されたU-19世界選手権で10位の好成績に貢献。203センチと体格的にはNBAの「標準体型」だが、高い運動能力で、大学2年となった今季はドラフト候補として名も挙がる存在になった。高3の時点で彼は相手が留学生を圧倒してしまうレベルだったが、早いうちから「世界」を経験したことで成長が加速した。

スポーツ界にとどまらない社会の国際化が、高校と日本のバスケに与えた影響も大きい。八村は富山育ちだが、父がベナン出身。今大会の注目選手の一人で、1年生ながら福岡大大濠高の高校総体制覇に貢献した横地聖真もガーナ人の父を持つ。また11月の日本代表合宿に15歳で招集された田中力(横須賀市立坂本中)は父がアメリカ人。バスケ、球技に限らず外国出身の親、祖父母を持つ育成年代の有望なアスリートが今は多い。

在日コリアン、チャイニーズのアスリートは昔も今も無数にいる。張本天傑(名古屋ダイヤモンドドルフィンズ/日本代表)のように、親の仕事の関係で幼少期に来日した選手もいる。近年は東アジアやアメリカにとどまらずアフリカ、アラブと全世界から来日し、そのまま家族を持つ人も増えた。イラン人の父を持ち、MLBで活躍するダルビッシュ有の例を挙げるまでもないだろう。

シェーファーアヴィ幸樹(ジョージア工科大)は日本育ちで、八村とともにU-19日本代表で活躍したセンタープレーヤーだ。彼はセント・メリーズ・インターナショナル・スクールでプレーしており、高校バスケの枠外でプレーをしていた。

そういったインターナショナルスクール以外にも、横須賀や横田といった大きな米軍基地内にはアメリカと同じ教育を受けられる教育機関がある。バスケの競技レベルもかなり高いようで、Bリーグの選手も輩出している。例えば広島ドラゴンフライズに今季から加入したハンターコートは日本国籍だが「ヨコタハイスクール」出身だ。彼らはダブルのバックグラウンドを持つユニークな存在だが、間違いなく「日本人プレーヤー」だ。

日本人の親を持ち、アメリカで教育を受けて「逆輸入」される人材もいる。日本代表で活躍し、昨季はシーホース三河でプレーしていた高橋マイケルがその先駆者。他にも富山グラウジーズの青木ブレイク、U-19日本代表の榎本新作(ピマ・コミュニティ・カレッジ)といった名が挙がる。

現在ゴンザガ大でプレーする八村塁は、明成高時代にウィンターカップ3連覇に導いた/(C)Getty Images

“国際化”の進む日本社会とリンクするバスケ界

「アフリカの才能が高校バスケに集まる」というのが、この10年の傾向だった。一方で「日本の才能が高校生年代から海を渡る」トレンドが今後は強まるだろう。日本代表のポイントガードを務める富樫勇樹はアメリカのモントローズクリスチャン高校で技を磨いた。前述の横地も2016年にオーストラリアに設立された「NBAアカデミー」から誘いを受けたと聞く。田中力の進路選択はまだ正式に発表されていないが、英語の堪能な彼ならばなおさら海外という選択肢はあり得る。

日本代表PGの富樫勇樹は、高校生のうちから海を渡り技を磨いた/(C)Getty Images

さらにBリーグの各クラブはユースチームを持ち始めており、強化の軸がそちらに移っていくのかもしれない。ウィンターカップは高校生年代の逸材が集結する大会だが、その枠に収まらない選手が増える可能性は高い。

しかしサッカー界では選手権が有望選手の出ない大会になっても、変わらぬ盛り上がりが続いている。競技を問わず「高校生活の集大成」には、プロだと出せない味わいがある。また観客にバスケ少年&少女が多いのもこの大会の特徴で、彼らにとっては出場選手たちがよりリアルな憧れの対象なのだろう。

国際化は「崇高な理想」でなく実際に起こっている現実だ。ことによると泥臭い、人間臭いプロセスでもあるが、バスケ界はそこに踏み込んで糧を得つつある。国外にルーツを持つ選手の活躍を見て「日本人はバスケに向いていない」と卑屈になるファンがいるかもしれない。しかし日本人の枠そのものが変わっているのが21世紀で、彼らも「我々」だ。そもそも今の時代に日本社会、スポーツ界が世界から孤立して動くことはあり得ない。

高校バスケのエンターテイメント性はどちらかといえばミクロなもので、選手や監督といった個に焦点を当てた発信が多い。それも素晴らしいのだが、マクロの動きに目を向けると、ダイナミックな日本社会とバスケ界のありようが見えてくるだろう。

<了>

[ユニ論]ユニフォーム・サプライヤーの最新勢力状況(Bリーグ2017-18編)

2シーズン目を迎えたBリーグ。B1とB2の計36チームのうち、8チームがユニフォームサプライヤーを変更した。他競技のブランド進出も目立っている。(文=池田敏明)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

今さら聞けない田臥勇太。能代工高、NBA、そして栃木ブレックス

Bリーグ設立初年度となる2016-17シーズンは、リンク栃木ブレックスの優勝で幕を閉じた。優勝の立役者であり、また長年にわたり日本のバスケットボール界を牽引してきた男が田臥勇太だ。日本人選手としては数少ないNBA出場歴を有する彼は、36歳という年齢でも依然日本のトップレベルで活躍し続けている。なぜ、田臥の進化は止まらないのか。日本バスケ界の顔といえる男の経歴を振り返る。

VICTORY ALL SPORTS NEWS
「世界観」の演出で観客を惹き付ける 千葉ジェッツが示すBリーグの可能性大河チェアマンが語るBリーグの未来 必要なのは「居酒屋の飲み会をアリーナでやってもらう」という発想「体罰」という言葉を使うの、やめませんか? 暴力を美化しがちなスポーツ現場に思う

バスケ男子日本代表、東京五輪へ向けた『サバイバルレース』の開始

2020年の東京オリンピック。バスケットボールの男子日本代表は、ここに出場することを悲願として業界一体となって強化に取り組んでいる。バスケットボールは『開催国枠』が保証されていない。2019年のワールドカップで世界のベスト16に入ることが求められているが、現在の世界ランキングは50位。当たり前の強化では間に合わないのは明らかな状況で、『当たり前ではない』取り組みが行われている。(文:VICTORY SPORTS編集部)

VICTORY ALL SPORTS NEWS

大島和人

1976年に神奈川県で出生。育ちは埼玉で、東京都町田市在住。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れた。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経たものの、2010年から再びスポーツの世界に戻ってライター活動を開始。バスケットボールやサッカー、野球、ラグビーなどの現場に足を運び、取材は年300試合を超える。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることが一生の夢で、球技ライターを自称している。