VAR導入を検討しているJリーグ

2018FIFAワールドカップロシアが終わり、Jリーグの試合を観戦しているサッカーファンの中には、こう思っている方もいるのではないだろうか。

「JリーグにもVARがあればいいのに――」

VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)は、ロシアW杯で大会史上初めて導入された。PKの判定や退場処分に相当するプレーのリプレー映像を、ピッチ脇に設置されたモニターで主審が確認し、ジャッジの参考にするものだ。同大会ではモスクワにモニタールームがあり、レフェリーやビデオオペレーターが様々な角度から映像をチェック。疑わしいシーンが発生した際には無線でアドバイスを送り、それを受けた主審が映像でチェックする。その際、会場内の大型ビジョンにもリプレーが流され、観客それぞれが確認できる。大会中はVARによって何度も判定が覆され、「微妙な判定が物議を醸す」という事態が激減したことで高評価を得た。

約1カ月間にわたって「VARありき」の試合を見ていたこともあり、ピッチ上にいる審判団の判断ですべてが完結するJリーグの試合を見ていてモヤモヤを覚えることも少なくない。実際、第19節清水エスパルス対サガン鳥栖の試合では、66分に金崎夢生がアフタータックルを受けて倒されたシーンがノーファウルとなり、鳥栖のマッシモ・フィッカデンティ監督が試合後に激怒した。また、第21節の浦和レッズ対鳥栖戦では、試合終了間際に李忠成が挙げたゴールが取り消され、それがどういった事例によってノーゴールとなったのか判然としなかったため、槙野智章がSNSで疑問を投げかける事態に発展している。

Jリーグは2020年からのVAR導入を検討しているという。各会場にモニタールームを整備しなければならないため高額投資が必要となり、またVTRを確認するレフェリーやビデオオペレーターも確保しなければならないなど、クリアすべき問題は多々あるが、不可解なジャッジが試合結果を左右する事態が減るのであれば、導入に向けた動きを進めるべきだと思う。

プロ野球では2010年からビデオ判定を導入

サッカー界ではVARの導入が現在進行形で進められているが、すでにビデオ判定が導入されている競技もある。ロシアW杯を見ていてVARに強い違和感を覚えなかった人は、恐らく日本のプロ野球(以下NPB)も見ている方だろう。

NPBでは今シーズンから「リクエスト制度」と呼ばれるリプレー検証が導入されている。元々、2010年からホームランの判定に限ってのビデオ判定が行われており、2016年からは本塁でのクロスプレーにも拡大されているが、今年からは「アウト/セーフの判定」および「フェア/ファウルの判定」に対しても、監督が異議申し立てをできるようになった。

内野ゴロの送球と1塁を駆け抜けるランナー、どちらが先だったか。盗塁を試みるランナーの足がベースに到達する前にタッチしているかどうか。本塁でのクロスプレー。微妙な判定が起こった時、監督はベンチから出て両手で四角形を描き、あるいは四角い枠を作って判定のリプレー検証を「リクエスト」(依頼)する。審判はリクエストがあった旨を場内に発表し、審判控室でモニターをチェックして判定を審議する。その間、場内にもリプレー映像が流されるので、観客はそれを見て一喜一憂しながらジャッジが下るのを待つことができる。微妙な判定に怒った監督が飛び出して抗議し、無意味な中断を余儀なくされるより、こちらのほうが待っている間も楽しめるし、正確なジャッジが下されるので判定に納得できる。リクエストの結果、判定が覆ることも意外に多いことを考えると、導入は正解だったと言えるだろう。

NPBはアメリカのメジャーリーグ(以下MLB)のルール変更や新制度の導入に追従する傾向がある。そのMLBでは、2014年から「チャレンジ」と呼ばれるリプレー検証制度が導入されている。基本的なルールはNPBの「リクエスト」と変わらないが、MLBでは各スタジアムに設置されたカメラをニューヨークのスタジオで一括管理。そこでオペレーターが審判とコミュニケーションを取りつつ映像を検証している。ロシアW杯のVARと似たような形態だ。

この制度を導入するために、MLBは数十億円を費やしたという。NPBでは予算の都合上、ここまで大がかりなシステムは実現できていないが、導入が実現すればより正確なジャッジを求めることができるはずだ。

アメリカではMLBに加えてNBA(バスケットボール)、NFL(アメリカンフットボール)、NHL(アイスホッケー)という4大スポーツのトップリーグすべてでビデオ判定が導入されている。NBAではニュージャージー州セコーカス、NHLではカナダのオンタリオ州トロントにリプレー検証用のスタジオがあり、MLB同様、そこで一括管理されている。NFLのビデオ判定は「インスタントリプレー」という名称で、主審がフィールド脇のモニターでリプレー映像をチェックし判断を下す。また、NHLとNFLではMLB同様「チャレンジ」が導入されている。

1969年にいち早くビデオ判定を導入した競技は?

球技では他に、テニスの「ホークアイ」が有名なところだろう。10台のカメラでボールの軌道を解析し、ライン際のボールがインなのかアウトなのかを瞬時に判定できるシステムだ。こちらも選手の「チャレンジ」によってビデオ判定が行われ、場内の大型ビジョンにはCG映像が映し出されて瞬時にジャッジが下される。ロシアW杯で日本対ポーランドの一戦をご覧になった方なら、川島永嗣が相手のシュートをかき出した場面で「ゴールライン・テクノロジー」のCG映像がテレビ画面に映し出され、ノーゴールの判定になったことを覚えているだろう。これと同じようなシステムが、テニス界では2006年から使用されている。

バレーボールでも「チャレンジ」制度が導入されているが、興味深いのはチームの監督と審判が直接コミュニケーションを取るのではなく、ベンチに備え付けられた専用のタブレットを使って申告する点だ。選手交代やタイムアウトも同じタブレットが使われるという、意外なほどハイテクなシステムだ。導入当初は無線LANが繋がらなかったり、監督が操作に不慣れでうまく使いこなせなかったりといった問題も出ていたようだが、今では自前のタブレットを駆使して即座にデータを分析し、選手に指示を出す監督が現れるなど、ハイテク機器なしには成り立たないスポーツになりつつある。

格闘技界でもビデオ判定は当たり前になっている。例えば柔道は、2000年シドニー五輪の男子100キロ超級決勝で篠原信一が味わった“世紀の大誤審”をきっかけにビデオ判定導入の機運が高まり、2007年から本格導入されている。また、ボクシングはWBC(世界ボクシング評議会)が2008年からビデオ判定を本格導入している。日本ボクシング連盟の山根明前会長に忖度した、いわゆる“奈良判定”の影響により、今年のインターハイでビデオ判定が導入されたのは記憶に新しいところだろう。

いち早くビデオ判定を取り入れたのは大相撲で、1969年導入とかなり歴史が古い。別室で審判員がモニターをチェックしており、微妙な判定の時には土俵下の勝負審判と協議を行う。最終的な判断は勝負審判に委ねられるのだが、かといって直接VTRをチェックするわけではないので、精度を高めるためには多少のルール改正が必要かもしれない。

再審にデポジットが必要な体操

採点競技では体操の「採点への審理請求」を取り上げたい。採点に納得がいかない場合は、スコアが出た直後にコーチが抗議することができるのだが、その際に“デポジット”として現金を添えなければならないのだ。金額については、抗議1回目は300ドル(約3万3000円)、2回目は500ドル(約5万5500円)、そして3回目は1000ドル(約11万1000円)と定められている。現金を手渡すのは、抗議が頻発して競技の進行が妨げられるのを避けるため。そして請求が通って判定が覆れば現金は戻ってくる。

印象的だったのは2012年ロンドン五輪の男子総合団体決勝だろう。内村航平が最終種目のあん馬を終えた後、いったんは総合4位という結果が出たものの、日本のコーチ陣がすぐさま抗議してスコアが上方修正され、一転して銀メダル獲得となた。

その際、日本のコーチ陣が審判員にドル紙幣を手渡していたため、このシーンだけが切り取られて「買収か?」と騒ぎになったのだが、実は正式なルールに則って“デポジット”を手渡していただけにすぎず、抗議が通ったため300ドルも返金されている。

映像技術やネットワーク環境の進化により、スポーツ界ではビデオ判定が当たり前のものになりつつある。「審判の権威がなくなる」という声もあるが、見る側、そしてプレーする側としてはミスジャッジや疑惑の判定に対するストレスが軽減され、勝負の公平性が保たれるという大きな利点がある。もちろん試合を裁くのは人間の審判であるべきだが、最新のテクノロジーを駆使しつつ、それぞれの競技をさらに発展させていってほしいものである。

<了>

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池田敏明

大学院でインカ帝国史を専攻していたが、”師匠” の敷いたレールに果てしない魅力を感じ転身。専門誌で編集を務めた後にフリーランスとなり、ライター、エディター、スベイ ン語の通訳&翻訳家、カメラマンと幅広くこなす。