「応援してあげなければならないもの」といった残念な価値観
――太田さんはスポーツ番組の編成を担当されていたそうですが、最初はパラスポーツに関する知識はなかったそうですね。
2015年の春ぐらいに「パラリンピックのドキュメンタリーをやってもらうから、いま抱えている業務をすべて引き継いでほしい」と言われました。選手も全然知らないし、いま思えば、当時は僕自身が「パラリンピックってかわいそうな人たちが頑張っている場所」「応援してあげなければならないもの」といった残念な価値観でいたので、「パラリンピックをやるんですか?」とすごくいやな顔をしてしまったと思います。それが、2020年まで5年にわたり世界最高峰のパラアスリートに迫るWOWOWのパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」の始まりでした。
――まずはネットでググるところから始めた、とか。
「パラリンピック」「アスリート」「メダリスト」といったキーワードをひたすら調べました。オリンピックだったら、有名なアスリートって、いるじゃないですか。ウサイン・ボルトとか、マイケル・フェルプスとか、エフゲニア・メドベージェワとか。2日間くらい調べると、そういう感じの選手に行き当たるのが、何となく分かったんです。(ロシア生まれ、アメリカ育ちの車いすランナー)タティアナ・マクファデンは色んな記事に出てくるなとか、(ブラジルの競泳選手)ダニエル・ディアスは本当にすごいんだろうなぐらいは分かるようになりました。しかし、“グーグル先生”では限界ありますので、現場を観てみないと、どうしようもないと思うようになり、2015年7月、英グラスゴーで行われたパラ水泳の世界選手権に行かせてもらいました。
ポジティブなエネルギーが詰まっている
――そこで価値観が変わった?
すごく変わりました。会場に入った瞬間に、「おお、これはすごい」と思いました。それは、自分が先ほどお話したような残念な価値観を持っていたから、その反動の振れ幅もあると思うんです。プールサイドでは各国の選手がウォームアップをしていました。みんな各国の代表ジャージを着ていますよね。アメリカ、イタリア、ブラジル、オーストラリア、日本……。まず、それが世界大会っていう感じがすごくしたんですよ。
そこぐらいはもちろん受け入れられるんですけど、みんなが笑っていたんですよね。車いすの人、手足がない人、目が見えない人……いろんな選手はいるんですけど、みんなが笑いながらコミュニケーションを取っている。多分、「久しぶり!元気かい?」とか、「その義足かっこいいね」とか、話しているんでしょうけども、その雰囲気が、なんだかすごく開かれた場所に感じました。各国の代表が集まっている緊張感プラス、互いを認め合うというか、その世界にいるみんなが持っているポジティブなエネルギーが詰まっている気がして、こんなものは見たことがないと思ったんです。
――実際の大会はいかがでしたか?
すごかったですね。日本でも何回かパラスポーツの大会は見ましたけど、観客が作り出す雰囲気という意味でも、大会の会場演出という意味でも、全く違いました。当時の日本ではまだ、選手がゴールすると、まばらにパチパチと拍手が聞こえる程度の雰囲気になる場合も少なくないのを見てしまっていましたから。
大会中、1週間くらいいると、水泳だと選手は複数の種目に出るじゃないですか。ある選手は泳ぐ度に金メダルを獲得したり、世界記録を出す。そんな光景を目の当たりにしました。それからはあの選手を調べようぜ、とか興味が止まらなくなってしまったんです。
「超人=我々とは違う世界にいる違う人たち」になってしまう
――タイトルの「WHO I AM」はどうやって決まったのですか?
タイトルも、取り上げる選手も決まってない段階でグラスゴーに行ったんですけど、最初は「超人」とか「グレイテスト・パラリンピアン」とか、そんな感じなのかなとなんとなく思っていました。
その3ヵ月後、10月のドーハでのパラ陸上世界選手権も見に行ったんですが、実際に選手と話をすると、僕なんかより人生をエンジョイされているんだろうな、とすごく思わされたんです。彼らのことを「かわいそうな人たち」などと少しでも思っていた僕たちの方が社会においてはよっぽどかわいそうな存在だな、と。そんなことを仲間内で話していたんです。
自分が味わった、この体験を見てもらう人にしてもらうべきだし、バリアを崩したいなと思ったんです。「超人」と言ってしまったら、僕らがたとえいい意味で発信したとしても、「我々とは違う世界にいる違う人たち」になってしまうと思いました。決して「超人」というアプローチが間違っているとは思っていませんが、僕らは違う考え方をしたいと思ったんです。
パラリンピアンたちは会うと、オリンピアンよりもカジュアルな印象です。それは世界における認知度だったり商業的な理由もあるのかもしれないけど、話せば友達にだってなれるし、かつトップアスリート。彼らの競技を見ていると、自分自身に返ってくる感じがするんです。自分の人生はどうなんだろう、自分も明日頑張ろう、と。
日本に暮らしていると、「自分について教えてください」って言われたら、言うのは名前、職業、年齢、いっても趣味くらいですよね。でも、彼らは自分の夢や家族のことを、こちらが「もういいです(笑)」というくらいまでしゃべってくれるんです。自分について、あんなに語れるのは、すごいなって思ったんです。そこで、「テーマを『自分』にしない?」となったんです。番組を観てくださる方に、「あなたは彼らのように『自分』と向き合い、誇りを持って人生をエンジョイできていますか?」と示したかったんです。
それなら、普遍性があるし、壁もない。等しく与えられた人生という舞台で、輝いているか、輝いていないか、という物差しで、取材対象と向き合った方が人のバリアを壊せるんじゃないか、と。そして、会議の中で、後輩のプロデューサーが「WHO I AM(=自分、私自身)」というタイトルを発案してくれたのです。
(続く)
次回は「世界のパラアスリートの生活」について
「WHO I AM」とは?
WOWOWと国際パラリンピック協会(IPC)が、2020年の東京オリンピック・パラリンピックまでの5年間にわたって、世界最高峰のパラアスリートたちに迫るパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ。
勝負の世界だけでなく、人生においても自信に満ちあふれる彼らが放つ「これが自分だ!=This is WHO I AM.」という輝きを描く本シリーズは2018年、世界最高峰のテレビ賞「国際エミー賞」にノミネートされるなど国内外で高く評価されている。
太田慎也(おおた・しんや)
大阪府吹田市出身。2001年WOWOW入社。編成部でスポーツ担当やドキュメンタリー企画統括を経てドキュメンタリー番組のプロデューサーに。日本放送文化大賞グランプリやギャラクシー賞選奨を受賞。「WHO I AM」では国際エミー賞ノミネート、アジア・テレビジョン・アワードノミネートの他、ABU(アジア太平洋放送連合)賞最優秀スポーツ番組、日本民間放送連盟賞 特別表彰部門 青少年向け番組優秀(2年連続)などを受賞。