世界との壁は、資金の確保

ーー海外の強豪国の選手は手厚くサポートを受けていることが多いと思います。それと比べた時、環境の差は感じましたか?

西藤 フェンシング発祥の地、フランスで大会に出場した時にそれを強く感じました。フランスでは選手1人に対するトレーナーやコーチの数も多いですし、観客も大勢います。彼女や家族を連れてきている選手もいて、全員がフェンシングそのものを一緒に楽しんでいました。

フランスに限らず、ヨーロッパでは全体的に盛り上がっている印象があります。日本と違って、フェンシングが文化として根付いているんですよね。

先ほど話したよう(前編参照)に、今は太田さんの取り組みのおかげで日本のフェンシング界の環境も徐々に整ってきています。しかしフェンシングが日本でメジャーになる前は、競技そのものの認知度やサポーターの数などについて、海外と日本とでは大きな差がありました。

ーー技術に関しても、海外との差を感じることはあったのでしょうか?

初めて海外遠征に行ったのが、小学校5年生の時でした。小学生の頃は外国人と比べても体格差もそんなにないので、同世代相手には勝つことができるという印象がありました。日本人の方が器用で、テクニックの部分では上回っていますし。

でもU-17やU-20の世界大会くらいから、年を追うごとに海外選手との実力差を感じるようになりました。体格差もあれば、技術でも日本との差が広がっていくのを感じました。

若い頃は海外選手とも勝負できるけど、年齢を重ねるとフィジカル面での差が大きくなってしまう。これはきっとどのスポーツでも日本人が向き合わざるをえない課題です。

そうなると「どうすれば勝てるのか」を考えて、相手との駆け引きを仕掛けることが求められてきます。これがフェンシングの醍醐味でもあります。U-17やU-20でレベルが上がってきてからは、体も頭も使って戦うようになりました。ただただ速く動くことを追求していたころとは異なり、徐々に本気でフェンシングという競技そのものを楽しめるようになったと感じています。


ーー海外の大会で刺激を受け、具体的にどのような課題が見つかりましたか?

西藤 やはりフェンシングのコーチ、フィジカルトレーナー、栄養士やメンタルトレーナーなど、僕が知らない知識を持っている専門家にサポートしてもらうことは、成功への近道だと感じました。日本でもこういった環境を整えていくために、支援金を増やす必要があります。1人では叶えられない夢も、たくさんの方々に助けていただくことで叶えられるかもしれないです。


ーー資金の確保、というのが一つの大きな課題なのですね。

西藤 そうですね。勝ちたいという欲と同時に、「もっとこういうことがしたい」ということが当然ながらたくさんでてきます。しかしそれにはやはりお金と時間が欠かせなくて。

ーー重要な資金源の一つがスポンサーであるかと思います。スポンサーはどのように探して契約を結んでいるのでしょうか?

自分の知り合いを通じて、お話をさせていただいたり、直接企業の方に手紙を送ったりしています。もちろん一筋縄ではいきません。

ーー今後世界を舞台に戦っていく上で、具体的にどういったことをやっていきたいと考えているのでしょうか?

栄養士さんの指導を受けたいです。あとは、競技の技術向上に直接繋がることではなくても結果としてフェンシングの力に繋がる取り組みなど、視野を広くして取り組んでいきたいです。

応援は、勝つための“重要要素”

ーー西藤選手にとって、応援による力はどういった存在なのでしょうか?

たくさんの方に応援していただくことによって、「金メダルを取る」という夢は私一人のものではないと実感しています。そう思えることで、世界を相手にした時により自分に自信を持つことができるんです。「これだけたくさんの人たちが味方についてくれている」と。サポートしていただけることが、私自身の強みにもなるんです。

ーースポンサー企業や観客など大勢の人に応援されると、プレッシャーは感じますか?

西藤 そうですね。プレッシャーよりも、責任感を感じます。スポンサーさんや、サポーターの方に対して僕ができる1番の恩返しは、「結果を出すこと」だと思います。自分がピスト(フェンシングの試合場)の上に立った時、あるいは苦しい時に、「応援してくれる人がいるからここで折れたらだめだ」という気持ちに切り替えられます。やはり支援や応援は僕の強みになっています。

ーー先ほど、フランスでは実際の会場での応援も日本とは異なる環境だと伺いました。現場での応援も、力になりますよね。

はい。特にフェンシングでは、基本的な審判は全て肉眼で行われます。なので審判の判定によって、会場が盛り上がったり、ブーイングが起こったりします。

現場の応援こそ、その選手が勝ちやすい雰囲気を作っているんです。応援されるような選手になって勝つための環境を整えていくというのも、勝利に重要な要素です。

(C)Unlim

日本一を決める舞台で実感した、「ファンの力」

ーー具体的に「ファンの力」を実感したエピソードを教えてください。

西藤 2017年の全日本選手権の決勝戦で「ファンの力」を感じましたね。最初は、1-9(15本先取)で負けていました。その時、会場にいたお客さんは僕が1点重ねるたびにに声援をくれたんです。僕自身お客さんの応援で奮い立たされたましたし、僕の逆転を切望する雰囲気が会場全体に漂っていました。結果的に同点まで追いつき、最後の一本勝負で勝利したんです。この瞬間、「ファンがいなかったら負けていたな」と思いました。

ーーすごい経験ですね。

西藤 「たくさんの人が応援してくれているから、このままでは終われない」と思った自分と、「もしかしたら逆転劇、ドラマが生まれるのではないだろうか」と、期待してくれたファンが一緒になって導いた勝利だったと確信しています。応援は、みなさんの思っている以上にアスリートのチカラになっています。
かつて、私は太田さんから夢を与えていただきました。次は私が子どもたちに夢を与える番です。応援の力が、私自身の力となって、勝利に繋がっていく。そう考えると、応援してくださるみなさんと一緒に戦っていると実感します。ここにまた、フェンシングの魅力を感じますね。東京五輪では、「ファンのチカラ」を胸に、「金メダルを取る」という目標を達成したいと思います。

西藤選手を投げ銭で応援しよう!

以下に添付されている西藤選手の応援バナーから、西藤選手に投げ銭(お金を送る)という形で応援を届けることができます。東京五輪での金メダルを目指し、そしてスポーツが持つ価値を1人でも多くの方に知って頂けるよう、活動されている西藤選手を応援しよう!

前編はこちらから

「フェンシング=太田雄貴」のイメージを払拭したい。西藤俊哉が五輪にかける思い

2008年北京五輪で太田雄貴氏(現フェンシング協会会長)が銀メダルを獲得したことで、一躍認知度を高めたフェンシング。その太田氏と幼少期に真剣勝負を繰り広げたのが、西藤俊哉(さいとう・としや)だ。2017年に世界選手権・個人で銀、全日本選手権・個人で優勝。2018年にはW杯団体で銅を獲得するなど、数々の好成績を収めた西藤。前編では、東京五輪で金メダルを目指すまでのストーリーに迫った。(この取材は1年前に実施したものです。延期された東京五輪が半年前というこのタイミングで、ご本人と調整の上記事の配信をしております。)

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竹中玲央奈

著者プロフィール 竹中玲央奈

スポーツライター&編集企画。大学在学時に風間八宏率いる筑波大学に魅せられ取材活動を開始。2012年から2016年までサッカー専門誌エルゴラッソ で湘南と川崎Fを担当し、以後は大学サッカーを中心に中学、高校、女子と幅広い現場に足を運ぶ。㈱Link Sports スポーツデジタルマーケティング部に務め、AZrenaを始めとした自社メディアや外部スポーツコンテンツ・広告の制作にも携わる。