ビジャレアル(スペイン) VS バイエルン・ミュンヘン(ドイツ)

 ビジャレアルが本拠を置くのは、人口約5万人の街バレンシア州ビラ=レアル。昨年5月26日に行われたUEFAヨーロッパリーグ(欧州EL)決勝でPK戦の末、マンチェスター・ユナイテッドを破った際には「史上最も小さな街から誕生した欧州王者」として話題を呼んだ(それまで人口が最も少ない街の欧州カップ戦王者は1988年のカップウィナーズカップを制した人口8万人のベルギー・メヘレンに本拠を置くKVメヘレン)。国内でも1部リーグ優勝の経験がないクラブにとって、これが初タイトルだった。

 1923年創設と100年近い歴史を持つビジャレアルだが、97年にフェルナンド・ロイグ会長が就任したことが転機となった。セラミック製造などで知られる世界的タイルメーカーのパメサ・セラミカを経営し、1600億円ほどの資産を持つ同会長は、同社の工場がビラ=レアルにあったことをきっかけに、ビジャレアルの経営権を取得。それまで2部以下のリーグが主戦場だった小クラブは、ロイグ会長の投資により1部に定着し、欧州カップ戦でも存在感を発揮するようになった。

 ロイグ会長の施策で特徴的なのは、街への投資だ。7万平米におよぶ広大な練習施設シウダ・デポルティーバを建設し、育成を重視。地域のサッカースクール37校と提携し、育成プログラムや医療体制を提供する代わりに、優先的に各スクールから有能な選手を引き抜ける契約を結んでいる。ビラ=レアル市内には16ものサッカー場を建設。人口当たりのサッカー場は欧州トップと、日常にサッカーを浸透させる取り組みも進めた。DFガスパール、MFモレノら主軸に地元出身が多いのも、決して偶然ではない。ビジャレアルのアカデミーに日本の女性指導者、佐伯夕利子さん(現Jリーグ常勤理事)が携わってきたことも、日本サッカー界にとっては重要な要素だ。

 また、ホームスタジアムを改修し、「マドリガル」から「エスタディオ・デ・ラ・セラミカ」に改称。セラミック業界の組合にネーミングライツ(命名権)を移譲し、自社のみならずスペインのセラミック企業全体が盛り上がるための取り組みも行っている。スタジアムではセラミック関連の国際イベントも実施。公共性を重視した地域密着の姿勢は、高く評価されている。

 「美しい日だ」。欧州ELで頂点に立った際、ロイグ会長はそう感慨深そうに話した。欧州CLでの過去最高成績は05-06年の4強。スペイン語で「王の街」の意味を持つビジャレアルが、さらなる“奇跡”を起こせるか、注目だ。

 そんな異色のクラブと対するのは、欧州屈指の健全経営を誇るドイツの巨人、バイエルン・ミュンヘンだ。このクラブの特長は、何と言っても欧州のビッグクラブでは異例の無借金経営。2005年に完成した本拠地アリアンツ・アレナの建設時に約480億円の25年ローンを組んだことはあるが、これも9年半で完済。クラブ創設以来、それ以外の借金はほぼなく、アリアンツ・アレナ建設の際も、安定した経営状況から異例の低金利が設定されたほどだ。前最高経営責任者(CEO)のカール・ハインツ・ルンメニゲ氏は、バルセロナの負債が1500億円以上にも及ぶことを知り、英専門局スカイ・スポーツのインタビューに「私だったら、夜も眠れないだろう。朝食中、バルセロナの負債の話を新聞で読んだときは、食事が喉に詰まりそうになった」と話したほど、健全経営を是とするのが、このクラブのポリシーといえる。

 なぜバイエルンは、それほど安定した経営を実現できているのか。それは、人件費の抑制とスポンサーなどによる安定収入の確保が完璧に近い形で実現されているからに他ならない。国際会計大手KPMGは、欧州8大リーグ王者の経営を分析した「ザ・ヨーロピアン・チャンピオンズ・レポート」を今年1月に発表。バイエルンは、その中で唯一黒字を計上した。黒字額こそ、コロナ禍の影響で180万ユーロ(約2億3400万円)にとどまったが、4億8130万ユーロ(約626億円)の赤字を計上したバルセロナとは比べるべくもない。

 デロイトの「フットボール・マネー・リーグ」によると、バイエルンの20-21年の事業収入はマンチェスター・シティ、レアル・マドリードに次ぐ3位の6億1140万ユーロ(約794億円)。一方で、売上高に対する人件費率は58%と、さきの「ザ・ヨーロピアン・チャンピオンズ・レポート」で唯一の60%以下を記録している(マンチェスターCは財務諸表非公表のため不明)。こちらも110%いう異常な人件費率となっているバルセロナとは比較にならない数字。元西ドイツ代表のストライカー、ルンメニゲ氏が長年CEO、同じくウリ・ヘーネス氏が会長を務める“2トップ”体制でチームをマネジメントし、大物選手獲得でのマネーゲームに走らずチーム状況に合わせた堅実で的確な補強を進めてきた効果が、こんなところにも表れている。また、コロナ禍においても、多くのスポンサーとの契約が変更されずに維持されたことが、安定性の大きな要因になっているとKPMGは分析する。

 今後は、そうして築かれてきた堅実経営の“DNA”を、昨年7月にルンメニゲ氏の後任としてCEOに就いた元ドイツ代表GKオリバー・カーン氏らが引き継ぐことになる。現役引退後はオーストリアのゼーブルク大学で経営学のMBAを取得し、ハーバード大学のスポーツエンターテインメント産業の経営コースを履修するなどしてきたカーン新CEOに、ルンメニゲ前CEOは「バイエルンという名の船を、これまで同様、素晴らしい航路に導いてくれるだろう」と期待を寄せている。

 黄色のチームカラーから「エル・サブマリーノ・アマリーリョ(=イエローサブマリン)」の愛称を持ち地域密着の経営を貫くビジャレアルと、他のビッグクラブとは異なる欧州サッカー界屈指の健全経営を維持する「ディーローテン(赤い軍団)」ことバイエルン。欧州CLの上位進出クラブの中では異色の経営哲学を持つ両クラブが、4強進出を懸けて激突する。



『“経営目線”で見る欧州チャンピオンズリーグ』・<了>

“経営目線”で見る欧州チャンピオンズリーグ 「チェルシー VS レアル・マドリード」編

UEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)の準々決勝以降の戦いが幕を開ける。8強に進出したクラブは、資産家オーナーやソシオ(クラブ会員)など経営面に特色を持つチームであることを踏まえ、“オーナー目線”“経営目線”でそれぞれのクラブを分析。第3弾は4月6日(日本時間7日午前4時キックオフ)にファーストレグ、同12日(同13日午前4時キックオフ)にセカンドレグが行われる「チェルシー - レアル・マドリード」の試合を取り上げる。

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“経営目線”で見る欧州チャンピオンズリーグ 「マンチェスター・シティ VS アトレティコ・マドリード」編

UEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)の準々決勝以降の戦いが幕を開ける。8強に進出したクラブは、資産家オーナーやソシオ(クラブ会員)など、いずれも経営面に特色を持つチームとあって、今回は“オーナー目線”“経営目線”でそれぞれのクラブを分析する。第2弾は4月5日(日本時間6日午前4時キックオフ)にファーストレグ、同13日(同14日午前4時キックオフ)にセカンドレグが行われる「マンチェスター・シティ - アトレティコ・マドリード」の2クラブを取り上げる。

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“経営目線”で見る欧州チャンピオンズリーグ 「ベンフィカ VS リバプール」編

UEFAチャンピオンズリーグ(欧州CL)の準々決勝以降の戦いが幕を開ける。8強に進出したクラブは、資産家オーナーやソシオ(クラブ会員)など、いずれも経営面に特色を持つチームとあって、今回は“オーナー目線”“経営目線”でそれぞれのクラブを分析する。第1弾は4月5日(日本時間6日午前4時キックオフ)にファーストレグ、同13日(同14日午前4時キックオフ)にセカンドレグが行われる「ベンフィカ - リバプール」の2クラブを取り上げる。

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VictorySportsNews編集部