6月7日、タイのプーケットで行われていたISU総会。「五輪後の状況は皆、分かっていると思う。メディアや世間は我々のことを注意深く見ている。ISUの信頼性が疑問視されている。それを忘れてはいけない」と語るISUのシュミット事務局長の姿が象徴的だった。北京五輪では、ドーピング違反が発覚したワリエワに対して、スポーツ仲裁裁判所(CAS)が五輪出場継続を容認した判断が波紋を呼んだ。世界反ドーピング機関(WADA)の規定で16歳未満の選手は知識や判断能力の点で責任を負えない「要保護者」とされており、そこに該当するとの判断だったが、その是非を巡って世界中で物議を醸すことになり、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が一時、五輪の年齢制限の引き上げを理事会で協議する考えを示すまでに発展した。

 そもそもISU総会では年齢制限についての議論がたびたび話し合われてきた。フィギュア女子では、一般的に成長期を迎える前の方が、得点差が大きく出る高難度のジャンプを跳びやすいとされる。五輪金メダリストは最近8大会で2006年トリノ五輪の荒川静香を除くと全員が10代。その一方、トップ選手が故障や食事制限による体重管理、燃え尽きなどを理由に、若くして第一線から離れることが懸念されていた。

 1998年長野五輪で史上最年少15歳の金メダリストとなったタラ・リピンスキー(米国)は燃え尽き症候群、2018年平昌五輪女王のアリーナ・ザギトワ(ロシア)も翌年の世界選手権を制すと、翌シーズンから活動を休止した。状況を重く受け止め、18年にはオランダ連盟が「成熟した選手がバランスの取れたプログラムを見せる必要がある」と17歳以上にするよう提案し、20年にはISUのヤン・ダイケマ会長が引き上げを検討する意向を表明した。選手委員会が加盟国・地域を対象に20年12月と21年1月に実施した調査では86・2%が引き上げに賛成していた。

 年齢引き上げについての土壌ができつつある中で、決め手となったのがワリエワ騒動だったと言える。議案をISU評議員会が提案したことも本気度の表れだろう。総会では、ロシア連盟が「フィギュアの選手寿命を延ばすことは非常に重要だが、女子のシングル選手が五輪で勝利するとすぐに引退するというのは真実ではない。他の競技でも五輪後に辞める選手はいる。それは商業的な問題だ。フィギュア選手は競技会よりもショーで稼ぐ場合が多く、彼女らをスポーツにとどまらせるには大会の賞金を上げるなど、経済的なモチベーションを考える必要があり、年齢制限を引き上げることで問題は解決しない」と主張するも、反対意見はわずか。各国が相次いで賛成意見を述べ、ある北欧の連盟が「チルドレンファースト、アスリートセカンド」と訴えると、大きな拍手が起こった。「16歳以上に引き上げ、様子を見るべきだ」との修正案も否決。17歳への引き上げ案は賛成100票、反対16票で可決された。ロイター通信やAP通信など、世界の有力メディアが速報し、WADAのバンカ委員長も「素晴らしい判断。北京五輪から学んだようだ」と歓迎した。

 この決定により、昨年の全日本ジュニア選手権を制し、4回転ジャンプとトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を跳ぶ13歳の島田麻央(木下アカデミー)は、10月生まれでシーズンが始まる7月1日より前に17歳に達する条件を満たせないため、2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪のシーズンに出場できなくなった。年齢制限を巡っては、浅田真央が規定にわずか87日足りず、2006年トリノ冬季五輪に出場できなかったケースがある。ISUは引き上げの理由について、心身の負担を避けるため「骨格や筋肉が発達し、精神的に成熟する時間を確保できる」と説明した。今回のルール変更により、夢の舞台から遠ざかった選手がいることも事実。今後の検証も必要だ。

 リピンスキーさんは8日、インスタグラムで「これが若い選手に対する組織的なドーピングと虐待の答えなのか」「このルールでどうやって選手を守るのか。世界的なスキャンダルから自分たちの身を守っただけ」とISUの決定を批判した。「シニアの大会に出られない15歳は同じ壊れたシステムの下でトレーニングを続ける。目にしないだけで、闇に葬り去られることになる」との言葉も重く受け止めなければならない。


VictorySportsNews編集部