ノルウェーならではの事情

 ハーランドは今シーズン前の7月、ドイツ1部リーグのドルトムントから5年契約で移籍してきた。当たりの激しいドイツでも89試合で86得点の驚異的な成績を収めた。海外メディアによると、スペイン1部のレアル・マドリードやバルセロナなども食指を伸ばし、争奪戦が繰り広げられていた。

 看板に偽りはなかった。8月7日のウェストハム戦でリーグデビューを果たすと、その試合で早速2得点した。世界屈指のレベルを誇るプレミアリーグで10月21日時点で、10試合に出場して15ゴール。欧州チャンピオンズリーグ(CL)を含めてハイペースで点を取り続けている。ハイライトの一つが、10月2日の名門マンチェスター・ユナイテッドとのダービーマッチ。ここで3得点して6―3の勝利に大きく貢献。リーグ史上初となるホームゲームでの3試合連続ハットトリックの快挙も成し遂げた。マンチェスターUで出番が減った37歳のスター、ポルトガル代表ロナルドとは対照的な躍動ぶりに、現地では「ハーランド時代の到来」との声も出てきた。

 長髪を後ろで結んでゴールに向かう姿は〝怪物感〟満載。ベースには身体能力の高さがある。父親も元ノルウェー代表のサッカー選手でマンチェスターCへの所属歴があり、母親は陸上七種競技の元国内チャンピオン。ハーランド自身は5歳のときに立ち幅跳びで1㍍63をマークし、現在でも世界記録という。お国柄もある。ノルウェーでは子どもに地域のスポーツクラブに通うよう推奨される。国内には1万以上の組織があるといい、伸び伸びと運動に取り組む環境がある。また「スキーを履いて生まれてくる」というくらいスキーが盛んなこともあり、10代前半までは距離スキーをはじめハンドボール、陸上と複数の競技に打ち込んだことも、さまざまな動きに対応できることにつながっている。マンチェスターCを率いる名将グアルディオラ監督も「得点することに関し、彼には信じられないほどの本能がある」と絶賛する。

コスパ良し

 得意は左足で力強さや速さを兼ね備えているが、特に秀でているのはゴール前での嗅覚。ワンタッチのキックでネットを揺らす場面が目立つ。長身を利したプレーも持ち味の一つで、打点の高いヘディングはもちろん、味方の素早いクロスにスライディングしながら合わせる場面も秀逸。並の選手であれば届かないような場所にも長身から足を伸ばしてボールに触る芸当を披露する。味方との呼吸も大事で、加入してすぐにこれだけの結果を出しているのはベルギー代表のデブルイネをはじめ、いいパスを出せる選手がそろっている証しでもある。

 順調なステップアップは当然のことながら金銭的評価に表れている。ノルウェー国内のクラブからキャリアをスタートさせ、最初に海外に移ったのが2019年1月で行き先はオーストリアのザルツブルクだった。海外メディアによると、このときの移籍金は500万ユーロ(約7億4千万円)だった。日本代表の南野拓実とチームメートになったこのクラブで27試合の出場で29ゴールと結果を残した。

 翌2020年1月には早くもドルトムントへ加入し、このときの移籍金が2千万ユーロ。1年で一気に4倍に急騰したことになる。新天地でも20歳のときに欧州CLで史上最速、そして史上最年少で通算20得点到達など次々と記録を塗り替えていった。そして今回、欧州ビッグクラブの一つのマンチェスターCに移ったときが6千万ユーロと、今度は3倍となった。ただ英メディアによると、これは今夏のプレミアリーグ移籍金では9番目の高さにとどまった。現在の報酬は週給で推定約40万ポンド(約6700万円)。ここまでは対価以上の働きを見せており、コストパフォーマンスも良い。

 課題も指摘されていた。ドルトムント時代に激しいプレーによってけがが多かったことで、今後も続くようだとさらなる飛躍への妨げになりかねない。この点についてグアルディオラ監督は懸念を打ち消している。「われわれには素晴らしいドクターや理学療法士たちがついている。おかげで常に90分間プレーできているし、それは昨シーズンのドルトムントにはなかったものだ」と自信を示している。

痛手と期待

 ハーランドのいないW杯の開幕まで1カ月を切った。1986年メキシコ大会のマラドーナ(アルゼンチン)のように、その大会を象徴するような選手が出現すると、盛り上がりに拍車がかかる。前回の2018年ロシア大会では当時19歳だったフランスのFWエムバペがブレーク。驚異的なスピードを武器に鮮烈なプレーで優勝の立役者となり、一気にスターダムにのし上がった。その後も順調に実績を上乗せ。今では、米経済誌フォーブス(電子版)が発表した世界のサッカー選手長者番付で、所属するパリ・サンジェルマンからの年俸や個人のスポンサー収入などを合わせ、1億2800万㌦(約191億円)で初の1位に輝いた。

 2位がアルゼンチン代表のメッシで1億2千万㌦、3位がロナルドで1億㌦と試算された。フォーブスによると、ともに30代後半のメッシとロナルド以外がトップになるのはここ8年で初めての出来事。両巨頭をかわし、世代交代の流れが着実に押し寄せている。ちなみにハーランドは初のトップ10入りを果たして3900万㌦で6位にランクインした。

 W杯は五輪、ラグビーW杯と合わせて「世界三大スポーツイベント」と称される。エムバペの躍進に表されるように、W杯は選手が誇りと名誉を懸けて戦う場であると同時に自身の市場価値を高めうる舞台でもある。例えば、日本でも欧州CLなどは有料放送中心だが、W杯本大会の代表の試合は地上波で放映される。世界中から注がれる視線は桁違い。それだけに、ハーランドにとって出場できなかったことによる痛手は否定できない。ただカタールで他のトップ選手たちがプレーしている期間、ハーランドは体を休めることができる。「自分は常に得点することを目指し、多くのトロフィーを獲得したいと思っています。またサッカー選手としても成長したいと願っており、このクラブで成し遂げられると確信しています」と向上心豊か。12月にプレミアリーグが再開した後にどんな歴史をつくっていくのか。新世代エースの爆発ぶりに期待が膨らむ。


高村収

1973年生まれ、山口県出身。1996年から共同通信のスポーツ記者として、大相撲やゴルフ、五輪競技などを中心に取材。2015年にデスクとなり、より幅広くスポーツ報道に従事